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「そういえば、君と二人だけで出かけるのは初めてじゃなかったかな」


 馬車に揺られながら、エンティはそう言った。

 ドランがふらっとエンティの元を訪れて「付き合ってくれよ」とのことだったから、軽い気持ちでそれを受けた。

 まさかそれが馬車に乗ってまでの遠出になるとは、引き受けた時には予想すらできなかった。


「そういや、そうだな。今までは姫様やミアが一緒にいたからな。まあ、それが嫌ってわけでもないんだが」

「そうだね。大抵四人でいたから、こうして二人だけなのは新鮮でもあるよ」

「違いないな」


 そこで、二人は顔を見合わせて笑い合った。


「で、そろそろ目的を話してくれないかな。君が僕を騙そうとか、そういうことをしないのはわかっているけど、それでも目的がわからないのは不安になるよ」


 エンティは思い出したようにそう聞いた。

 出発する時から急な話だったこともあって、今回の目的すらほとんど聞いていなかった。


「ん? そういや、まだ話してなかったな」

「全く、用意周到な君らしくもない」

「ま、お前を連れて行こうと思ったのは、出発する直前だったからな。確かに、準備不足だったのは否定できんか」


 エンティに指摘されて、ドランはふっと笑みを浮かべていた。


「と、随分と道が悪いみたいだね」


 そこで馬車が大きく跳ねて、エンティは崩れそうになった体勢をどうにか整える。


「そうみたいだな。まあ、王都付近でもなきゃ、まともな道なんて少ないだろうよ」


 ドランは慣れているのか、馬車が跳ねてもそこまで体勢を崩すようなことはなかった。


「ああ、そういうものか」


 以前フィルイアルと一緒に王都に向かった時は快適だったこともあって、エンティは納得したように頷いた。


「で、今向かってるのはデュークの領地だな」

「デュークって……確か、休暇前に君に取引? だったかを持ち掛けてきた」

「ああ。あの野郎、本当にうちに来たみたいでな。まあ、それは俺も勧めたから非難するつもりはねえけど。ただ、その際に俺の名前を出したみたいでな」


 ドランはそこで、小さく息を吐いた。


「君の名前を? でも、それと今回の遠出と、一体何の関係があるんだい」


 エンティは話が全く掴めずに首を傾げる。デュークの件と今回の遠出を結び付ける要素が全く思い当たらなかった。


「あいつが持ってきた物は、確かに他のよりも品質は良かった。だから、不利な条件を押し付けられるのは他に原因がある……と、親父は判断した。普段なら、商会の誰かが下見に行くんだが、俺の名前を出されたせいで、俺が行くことになっちまった。面倒なことこの上ない」


 ドランは心底から面倒そうにしていた。


「い、いや。君も商会の人間なんだから、そういったことには慣れているんじゃないの」

「慣れているとか、関係ねえよ。面倒なもんは面倒だ。商会の人間だって、知られないようにしないといけないし」

「は、はは。それは大変だね」


 大きく息を吐くドランに、エンティは適当な慰めの言葉をかけた。


「まさか、それで僕を巻き込んでやろう、とかはないよね?」

「それはねえよ。お前、名前知らねえけど、貴族に勧誘されてるんだろ。何となくだが、あの女の子もデュークも同程度の家柄だろうからな。今のうちに貴族の領地がどんなもんか、下見しておくのも悪くないだろ」


 冗談半分で聞いたエンティに、ドランは真面目な顔でそう答える。


「そう、か。気を使ってもらって悪いね」


 ドランが自分に気を使って誘ってくれたのを知って、エンティはそう言った。


「おいおい、そこは悪いなんて言葉じゃないだろ」

「そうだね、ありがとう」

「それでいいんだよ」


 ドランはニッっと笑みを浮かべた。


「しかし、ここは思っていた以上に道が悪いみたいだね。馬車ってこんなに揺れるものなのかい」


 ガタガタと揺れる車内に、エンティは何気なく疑問を口にしていた。


「馬車なんて、こんなもんだぞ。高級な馬車なら、話は違ってくるかもしれないけどな。これでも、そこそこのをあてがってもらったんだが」


 ドランは窓の外から路面の様子を見る。


「ああ、こりゃ酷えわ。ここまで整備されてないとは思わなかったぜ」


 そして、少し呆れたように口にする。


「そんなに酷いのかい」

「もしかしたら、これが原因で不利な条件を押し付けられてるんじゃねえか、と思うくらいには、な」

「これが原因で、かい」


 エンティは路面が酷いと条件が不利になるというのが理解できなかった。


「例えばの話だが、海に近い場所と遠い場所。どっちの方が魚の値段が高いと思う」

「うーん、やっぱり、遠い方じゃないかな。運ぶのも大変だろうし……って、そういうことか」


 エンティは納得したように手を叩いた。


「そういうこった。いくら良い物でも、それを必要な場所に届けられなきゃ意味はねえ。あくまで、これは考えられる原因の一つに過ぎねえけどな」


 エンティが理解したのを見て、ドランは小さく頷いていた。


「到着しましたよ、坊ちゃん」


 そこで、馬車が停まって御者が声をかけてきた。


「ありがとな。日帰りの予定だけど、もしかしたらもう少しかかるかもしれん。その時は」

「はい、全て承知しております」


 御者は軽く一礼する。


「じゃ、行くか」


 ドランは慣れた様子で馬車から降りた。


「わかった」


 エンティもそれに続いてゆっくりと馬車から降りる。


「しかし、長いこと馬車に揺られていると疲れるね」


 凝り固まった体をほぐすように、エンティは全身を大きく伸ばした。


「商会には、毎週のように下見に行くのもいるみたいだからな。全く、俺には到底真似できねえよ」


 ドランもまた、全身を大きく伸ばす。


「それで、具体的には何をするんだい」

「農家と鉄工所、それと周囲の色々、かな」

「なるほど」

「この様子だと、農家の方が近そうだな」


 二人は近場の農家に向けて歩き出した。

 

「思っていたよりも、活き活きとしてるな」


 ドランは農家の人間が農作業に打ち込んでいる姿をみて、そう呟いた。


「活き活き、かい」

「生きるために仕方なくやってるのと、自分から積極的にやるんじゃ、作業の内容は大違いだからな。その点、ここの人間は良い仕事をしているぜ」

「確かに、ね」


 エンティは頷きながらも、自分がリズの所へ行っても活き活きと働けるのだろうか、と考えていた。リズ本人はエンティことを評価してくれるが、他の人間はそうとも限らない。


「おや、珍しいね。こんな場所に若い人が来るなんて」


 物珍しそうな顔をして、農家の人間が声をかけてきた。


「珍しいですか」


 いきなり声をかけられることにも慣れているのか、ドランは落ち着いた様子で対応する。


「そうだねぇ。うちの麦は良い物作ってると自負はしてるけど、それが正当な評価をされないとなると、若い人は嫌がって逃げちまうんだよ」

「どういうことですか」

「うちの麦は、他よりも安く買い叩かれるんだよね。品質が悪いなら、まだ納得はできるんだけど」


 そこで、農家の人間は大きく溜息をついた。


「そうですか。ですが、地道な努力はいずれ報われますよ」

「あんた、若いのに達観したような事いうねえ。なら、もう少し頑張ってみるかね」


 ドランの言葉に農家の人間は驚いたように目を見開いた。

 そして、そのまま農作業に戻っていく。


「デュークの言ったことは事実、か。最初から疑っていたわけじゃないが。品質に関しては親父のお墨付き。にも関わらず買い叩かれるとなると……」


 ドランは考え込む。


「まだ、全部を見て回ったわけじゃないよね。結論を出すのは、早いんじゃないかな」

「それも、そうだな」


 エンティにそう言われて、ドランは顔を上げた。


「しかし、ここは歩きにくいね。農家の道って、みんなこんなもんなの」

「いや、ここまで酷いのはそうそうねえよ」

「そうか。なら、作った麦を運ぶのも大変そうだね」

「ああ、そうか。やっぱりそれか」


 エンティが何気なく言った言葉に、ドランが食いついた。


「どういうことだい」

「この道、これが全部の原因だよ。良い物を作っても、それをスムーズに運べなきゃ意味がない。ここの問題は道が悪すぎることが全てだ」

「でも、道が悪いだけでそこまで……」

「お前が思っているよりも、道の状態ってのは大事なんだよ。いや、助かったぜ。お前連れてこなかったら、こんなに早く気付けなかった」

「そうかい。それなら良かったけど。なら、もう帰るのかな」

「いや、せっかく来たしもう少し見て行こうか。お前、酒場の方は問題ないか」

「うん。最近は卒業後のこともあるから、って休みを多めに貰っているというか、休まされているっていうか」


 もうすぐ卒業するわけだから、学費を稼ぐ必要もなくなってきていた。ハンナもそれを察していたようで、エンティに対して卒業後のことを考えろとばかりに休みを多く取らせるようになっていた。


「それなら、今日は泊まっていくか。貴族の領地がどんなもんか知るいい機会だしな」

「でも、僕はお金をそんなに……」

「気にすんな、俺が持ってやる」

「そんな、悪いよ」

「お前のおかげで問題点がわかったんだ、それくらいはさせてくれよ」

「君なら、すぐに気付けたと思うけどね。でも、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 ここで断ってもドランに押し切られそうということもあって、エンティはその提案を受け入れた

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