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内乱の予兆

「帰ってきたはいいけど、思った通り退屈よね」


 王宮の自室で、フィルイアルはそう呟いていた。

 

「姫様、お気持ちはわかりますが」


 近くにいたミアが窘めるように言う。いくら護衛とはいえフィルイアルの自室にまで張り付いている必要はないのだが、フィルイアルが話し相手としてミアを呼びつけていた。


「わかっているわよ。それに、誰もいないから少しくらい愚痴ってもいいじゃない」

「わたしが話し相手になりますから、少し控えてください」


 なおも不満げな態度を崩さないフィルイアルに、ミアは呆れつつもそう言った。


「やっぱり、学院での生活の方が楽しいわ。王宮にいると、息が詰まるようなことが多いもの」

「それでも、以前よりは嫌そうな振る舞いはしませんよね」

「一応、王族としての義務を果たしているだけよ。面倒だけど」


 そこで、フィルイアルは小さく息を吐いた。


「姫様、よろしいですか」


 部屋の扉がノックされて、外からそう声が聞こえてきた。

 フィルイアルはミアに目配せするが、ミアも心当たりはないというように首を振った。


「誰かしら?」

 

 フィルイアルは外に向けてそう言った。


「大臣のイビリアです」


 外からそう返ってきたが、フィルイアルはその大臣が自分の元を訪れるような理由が思い当たらなかった。


「それで、どういった用件かしら」

「長くなりますので、中に入れてもらえますか」


 そう言われて、フィルイアルは更に相手の思惑がわからなくなっていた。わざわざ自分の元を訪れて、立ち話程度では済まない話をしたい大臣がいるとは思えなかったからだ。


「どう思う?」

「わかりません。でも、追い返すのは得策でないでしょう」

「そうね……わかったわ、入ってちょうだい」


 フィルイアルがそう言うと、扉がゆっくりと開いた。


「失礼します、姫様」


 イビリアは音を立てないように扉を閉めると、恭しく一礼する。

 顔を上げて初めてミアの存在に気付いたのか、一瞬だけ顔をしかめた。


「ミアもいたのか」


 そして、吐き捨てるように言う。ミアは身分が低いから、大臣クラスの貴族ともなれば当然の対応ともいえた。


「あら、私の護衛が私の部屋にいることの、何が問題なのかしら」


 それを見て、フィルイアルは厳しく問い詰める。


「い、いえ。お一人だと思っていたので、少し驚いてしまいまして」


 フィルイアルに問い詰められては、さすがにイビリアも頭を下げざるを得なかった。


「姫様、わたしは気にしていませんから」

「あなたがそう言うなら、この件は不問にするわ」

「はっ、ありがとうございます」


 ミアが助け舟を出す形になったこともあり、イビリアは頭を下げたまま内心で歯軋りしていた。

 さて、一応こちらが優位に立てたわね。

 その様子を見て、フィルイアルはミアと目配せする。


「それで、どういった用件かしら」


 フィルイアルがそう言うと、イビリアは頭を上げた。


「はい。姫様はこの国についてどうお考えですか」

「……随分と不躾ね。全く問題がないとは思わないけど、お父様はしっかりと国を治めているし、お兄様も後を継ぐには十分なお方よ。現状、取り立てて問題があるようには見えないわ」


 イビリアの問いかけを怪訝に思いつつも、フィルイアルはそう答えた。


「おっしゃる通り、国王陛下は名君ですし、皇太子殿下も後継ぎとして申し分ない方です。ですが、お二方……特に皇太子殿下は非情なところもあらせられます」


 イビリアは深刻な顔を作ると、訴えるように言う。


「お兄様が、非情? 何を根拠にそんなことを言うのかしら。それに、国政に携わるのだから、ある程度の非情さは必要ではないかしら」


 思ってもみなかったことを言われて、フィルイアルは困惑していた。確かにアストニアは厳しい一面もあるが、非情とまで非難されるほどとは思えなかった。


「この前、リシュー大臣が罷免されたことはご存じですか」

「リシュー? ああ、あの件かしら」


 その名前を聞いて、フィルイアルは件の不正大臣のことを言っているのだと察した。


「はい。リシュー大臣はこの国に尽くしてきました。にも関わらず、たかが孤児院の資金を横流ししただけで罷免とは、少し処分が重すぎるかと」

「たかが、孤児院ですって」


 それを聞いて、フィルイアルは勢い良く立ち上がった。そして、イビリアにゆっくりと詰め寄っていく。


「ひ、姫様?」


 その剣幕に、イビリアは一歩後退りしていた。


「孤児なんて、もう後がない子供達なのよ。その最後のよりどころを隠れ蓑にして自分の懐に入れるような大臣、罷免されて当然よ。それくらいのこともわからないのかしら」

「で、ですが。これまで国のために尽くしてきたお方です。もう少し、情状酌量の余地はあるのではないですか。それを、皇太子殿下はああもバッサリと」


 フィルイアルに気圧されながらも、イビリアはどうにか反論する。


「私は、お兄様のしたことが間違っているとは思わないわ」


 だが、フィルイアルははっきりとそう言い切った。


「……噂は、本当だったようですね」

「どういうこと?」


 神妙な顔つきになったイビリアに、フィルイアルは落ち着きを取り戻していた。


「いえ、ここ最近の姫様は王族として相応しい振る舞いをするようになった、と聞いています。その様子からして、それは事実のようですね」


 イビリアはすっと手を出して、フィルイアルに座るよう促した。

 あまりの態度の変わりように、フィルイアルはイビリアが何を考えているのかわからなくなっていた。

 それでも、考える時間を作るためにゆっくりと椅子に座った。


「姫様、あなたが国王陛下の後を継ぐつもりはありませんか」


 フィルイアルが座った頃合いを見計らって、イビリアはそんなことを言い出した。


「……私が、お父様の後を継ぐ? 何を企んでいるのかしら」

「皇太子殿下も、後を継ぐのに十分なお方です。ですが、リシュー大臣の件もありますし、不信を持っている貴族も少なくはありません」

「それで、代わりに私を立てると? 仮に私がお兄様の代わりに後を継ぐとして、賛同する貴族も多くはないでしょう。それに、私は今まで王宮で自分勝手にやり過ぎたわ。それが少し改心した程度でどうにかなるものかしら」


 フィルイアルはイビリアの真意を聞き出すために、敢えて前向きに受け取っているような態度を見せた。


「そんなことはありませんよ、姫様。姫様が本気で後を継ぐつもりなら、賛同する貴族も多くいます。後は、姫様次第です」


 フィルイアルが前向きだと感じてか、イビリアは説得するように言った。


「少し、考えさせてもらえるかしら。それと、私に賛同してくれる貴族のことを教えてもらえると助かるわ」

「そうですか。さすがにこんな話を急にされて即答は難しいでしょう。ですが、あなたに賛同する方のことを教えるのは、あなたがこの話を受けると決めてから、です」

「それもそうね。わかったわ」

「では、良い返事を期待していますよ」


 イビリアは一礼すると、入ってきた時と同じように部屋を出て行った。


「どう思うかしら」


 イビリアが出て行った後で、フィルイアルはミアに意見を求めた。


「皇太子殿下に後を継いで欲しくない貴族が一定数いるのは、間違いないでしょう。リシューを罷免したことで、次は自分でないかと思っている連中だと思いますが」

「そうね。その連中が、私を担ぎ上げて国王に即位させる。そして、私に恩を着せることで自分達の身を保証させる。そんなところかしら」


 二人の見解はほぼ一致していた。


「困ったわね。これは私が王宮に残ったら、間違いなく国が割れるわ。学院を卒業したら、お父様やお兄様の手助けをするつもりだったのに」


 フィルイアルはたまらずこめかみに手を当てていた。


「相手もしたたかですね。姫様が賛同する貴族の名前を聞き出そうとしたのを、さりげなく断っていますし」

「さすがに、そこで名前を明かすほど馬鹿じゃなかった、ってことね。そこまで馬鹿だったら、ここまで苦労しなくて済んだのに」


 ミアの言葉を聞いて、フィルイアルは脱力するように椅子の背もたれにもたれかかった。


「どうします」

「あんな話をした以上、私の行動は監視されるでしょうね。下手をしたら、お父様やお兄様に接触することもできないかもしれないわ」


 フィルイアルはもたれかかった状態で、今後どうしたらいいのかを考えていた。だが、これといって良い考えが思い当たらずに手詰まり感が拭えなかった。


「なら、代わりにわたしが」

「言葉が足りなかったわね。私達の行動が、よ」

「確かに」


 ミアは俯いて考え込む。


「いずれにしても、私は王宮に残らない方がよさそうね。幸い、魔術学院である程度のことは学んだから、王宮に留まらなくてもどうにかなると思うし」

「それが、いいと思います」

「でも、あなたに悪いことになったわね。私が王宮に残れば、あなたにも相応の待遇を与えられたのに」

「わたしのことは、気にしないでください。それに、国が割れたらそれどころではなくなります」


 申し訳なさそうなフィルイアルに、ミアはゆっくりと首を振った。


「ごめ……ありがとう、ミア」


 フィルイアルは謝罪の言葉を言いかけて、お礼の言葉に言い直した。謝罪だと、ミアに怒られそうな気がしたからだ。


「はい」


 それをくみ取ってか、ミアは優しい笑みを浮かべていた。



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