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穏やかな長期休暇

「明日から長期休暇か。先のことも考える必要もあるし、かといって鍛錬も手を抜けないしな。中々に大変そうだ」

「そうだね。僕も卒業試験のことを考えると、ちょっとばかり頭が痛いよ」


 翌日から長期休暇ということもあって、二人はそんな会話を交わしていた。


「お前の口からそんな言葉が出るなんてな。はっきり言って、魔術の技量に関してお前を上回る奴なんかうちの組にいるとは思えないが」

「やっぱり、属性がないからね。最初のうちはあまり目立たなかったけど、最近は魔術の威力で他の生徒に劣っているな、って感じる時もあるよ」


 意外そうに言うドランに、エンティはやや自嘲気味に答えた。

 少し前にリズに魔術の指導をした時も、リズの魔術の方が自分の魔術の威力を上回っていることを痛感していた。

 同じ水属性だったからこそ、その威力の差が浮き彫りになった感じだった。


「俺から見れば、それほど差があるとは思えないが」

「色々と誤魔化しているからね。真っ向から同じ属性でぶつかり合ったら、敵わないと思う」

「逆に言えば、それがお前の強さに繋がっているんだろうな。俺が同じ立場だったら、お前と同じようにできないぜ。それに、相手の得意分野にわざわざ付き合ってやる義理もないしな」

「はは、確かにそうだね」

「そういうことだ。じゃ、また休暇後に」


 ドランは右手を握るとすっと前に差し出した。


「ああ」


 エンティも右手を握って、軽くドランの拳と突き合わせる。


「じゃあな」


 ドランは軽く手を振って教室から出て行った。


「相変わらず、仲良しだね」


 その様子を見ていたのか、リズが笑顔でそう言ってきた。


「リズは実家に戻るのかい」

「そうだね。こっちに残って君に教えてもらおうかな、って考えたけど。さすがに帰らないと親がうるさいし。でも」


 リズはそう言うと、指先に小さな氷を作り出した。


「毎日、君に言われたことは続けているから」

「以前よりも、ずっと良くなっているね」


 最初に見た時よりもリズの魔術が安定しているのを見て、エンティは率直な感想を口にする。


「えっ、そう。ありがと」


 リズは嬉しそうに言うと、指先に作った氷を消し去った。


「じゃ、またね」


 リズはそれだけ言うと、そのまま教室を出て行った。

 しばらく会えなくなるにしては軽い挨拶だったが、それもリズらしいと言えた。


「あなたが私達以外の生徒と話をしているのは、珍しい光景だったわね」


 フィルイアルは穏やかな笑みを浮かべていた。そして、いつものようにその隣にはミアが立っている。相変わらず無表情にも見えるが、ある程度付き合って見ると僅かだが表情があるのもわかるようになっていた。


「姫様、それにミアも」

「さすがに今度は帰らないわけにはいかないし、気乗りはしないけど帰ることにするわ」


 フィルイアルは心底から気乗りしない、といった感じで言う。ここまで王宮を嫌がる王女というのはそういないだろう。


「姫様、気持ちはわかりますが」


 その様子を見て、ミアが窘めるように言った。


「わかっているわよ。今後のことを考えたら、お父様やお兄様に相談しないといけないこともあるし」


 ミアに窘められて、フィルイアルは不満げな表情を作っていた。


「さすがに、今度は一緒に王宮に来いなんて言わないですよね」


 エンティは周囲を気にしながら、小声でそう言った。

 

「まさか。さすがにそんなことは言わないわ」


 フィルイアルは笑顔を作ると、ゆっくりと首を振った。


「まあ、そうですよね」


 エンティは思わず苦笑してしまう。


「姫様。名残惜しいでしょうが、時間もせまっていますから」


 ミアが囁くように言うと、フィルイアルは不満げな顔になっていた。


「もうそんな……仕方ないわね。じゃ、エンティ。また休暇後に会いましょう」

「はい、姫様もお元気で」


 フィルイアルに笑顔を向けられて、エンティも笑顔を返した。始めの頃こそ、フィルイアルの笑顔を直視できないこともあったが、今では随分と慣れてきたこともあって受け止めることもできるようになってきていた。

 

「エンティ、また」


 傍から見れば、ミアの表情は変わっていないようにも見えるが、エンティには親愛の表情が向けられているのがわかった。


「ミアも元気で」


 エンティがそう返すと、ミアはコクリと頷いた。


「あ、休暇どうやって過ごそうか」


 二人がいなくなってから、エンティは小さく呟いていた。最初の休暇の時は王宮に連れて行かれるというとんでもない経験をしたし、次の休暇の時はフィルイアルやミア、それにドランとギルドの依頼を受けていた。


「思えば、最初の休暇の時は気が休まる時もなかったな……次の休暇の時も、何だかんだで色々やってたし」


 エンティはゆっくりと立ち上がって、軽く腕を伸ばした。


「まあ、お金はいくらあっても困るわけじゃないし、酒場での仕事を増やそうかな」



「エンティ、今日はどうしたんだい。心ここにあらず、って感じだよ」

「あ、すみません」


 ハンナに何度目かの注意を受けて、エンティは頭を下げた。自分としては普段通りにしているつもりなのだが、気を抜くとつい考え事をしてしまう。


「やっぱり、フィルちゃんがいないと寂しいのかい」


 からかうような、心配するような口調でハンナがそんなことを言った。


「……そうかも、しれませんね」


 ハンナの指摘が的確だったこともあって、エンティは思わずそう答えていた。フィルイアルが一緒にいることが当たり前になっていて、いざいないとなると喪失感すらあった。


「冗談のつもりだったんだけどねぇ。フィルちゃん、どこかの貴族様なんだろう。貴族様が酒場で働くなんてこと自体も驚きなのに、あんたとも仲良くなっちまうなんてねぇ」

「あ、やっぱり気付いてましたか。まあ、立ち振る舞いとか見ればわかっちゃいますよね。でも、それに気付いていながらよく採用しましたね」

「これでも、人を見る目はあるつもりだよ。フィルちゃんは悪い子じゃないってのはすぐわかったし、わざわざ働きたいっていうからには何か事情があるって思ったからね」


 ハンナは自慢げにそう言った。酒場で大勢の人間と関わっているから、嫌でも人を見る目が身に付いてしまうのかもしれない。


「僕も詳しい事情はわかりませんが、フィルもお金が必要だったみたいでして、それで僕がここを紹介したんですけど」

「あんたも人がいいねえ。ま、フィルちゃんのおかげで助かってるのも事実だから、そこはありがたいと思ってるよ」

「僕も、フィルのことは甘く見ていましたよ。どうせ長続きしないって。でも、今ではしっかりと働いているんですから、貴族様を甘く見てはいけませんね」


 エンティは素直な感想を口にしていた。フィルイアルはここで働くのは長続きしないと思っていただけに、今まで続いていることに驚かされると同時に感心もしていた。


「ま、それはそれとして」


 ハンナはエンティの両肩を軽く掴んだ。


「な、何ですか」


 威圧されるような形になって、エンティは少したじろいていた。


「フィルちゃんがいなくて寂しいのはわかるけど、フィルちゃんの穴を埋めるくらい頑張ってもらわないとね。まずは薪を用意してもらおうかね」


 ハンナはエンティの肩から手を離すと、すれ違いざまに軽く背中を叩いた。


「は、はい」


 決して強い力ではなかったが、エンティは弾かれたように外に向けて走り出した。


「確かに、フィルがいないくらいでこんなことになってちゃいけないよね。もう少ししたら、ずっと会えなくなるんだから」


 少しずつでも、フィルイアルがいないということに慣れていこう。

 エンティはこれもいい機会だと思うことにした。

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