指導
「じゃ、君の魔術を見せてもらおうかな……と、その前に君の属性を聞いていなかったね」
エンティは訓練所でリズの魔術を見せてもらおうとして、まだ属性を聞いていなかったことを思い出した。
「あ、それを知っていた方がやりやすいの」
そう言われて、リズはそれもそうか、といった表情を向けた。
「まあ、そうだね」
「あたしは、水属性よ。君と同じかな」
「いや、僕は属性がないんだよ。色々な事情があって水を使っているけど」
リズの返答に、エンティは少し違和感を覚えていた。属性がないというのは前例がないことだから、さすがに知らないということはないと思っていたからだ。
「あー、そういえば、最初属性を調べていた時、誰か属性がないって先生が驚いていたっけ。あれ、君だったの」
そこで、リズは思い出したように言った。
「そこは覚えていたけど、それが誰かまでは覚えていなかった、ってことかな」
「そうそう。あたしも親に無理矢理ここに入れられたからさ。特に魔術に詳しいってわけでもなかったし。だから、属性がない? それって珍しいんだ、くらいにしか思ってなかったよ」
リズはあっけらかんと笑っていた。
「君は本当に……まあ、他人事だし、気にしないっていうのも当然かもしれないけど」
「でも、今なら少しわかるよ。属性がないってことが、大変だってこと」
エンティが小さく息を吐くと、リズは真剣な顔になっていた。
「そんな状況でも、自分で考えて工夫して。そして、他の生徒にも負けない結果を出している君は、本当に凄いって、改めてそう思ったから」
「……僕は、できることを必死になってやっているだけだよ」
真っ直ぐに称賛の言葉を向けられて、エンティは一瞬鼓動が跳ね上がるのを感じていた。フィルイアルやミアにそういったことを言われることはあるが、他の生徒に言われたのが初めてだったからかもしれない。
「謙虚だね。もう少し自慢してもいいと思うけど」
「はは、それができれば苦労しないよ。君の魔術を見せてもらおうかな」
リズにそう言われて、エンティは思わず笑みを浮かべてしまう。
「じゃ、あたしの魔術を見てもらおうかな」
リズは右手に魔力を集中させた。
その様子を見る限りでは、特に問題はなさそうに見えた。
「アイススラッシュ‼」
リズが放った氷の刃は、的に直撃したもののそれを壊すまでには至らなかった。
「あれ? 前は壊せたんだけどな」
それを見て、リズは不満げな声を上げていた。
「前は壊せて、今は壊せなかった、か……ということは、君にはあれを壊せるだけの力はある。でも、それが安定してできない、ってことか。魔力を安定してコントロールできていないのかもしれないね」
エンティは自分の右手に軽く氷を纏わせる。そして、それを指先に集中させるとそれは細くて鋭い針のようになった。
「アイスニードル‼」
指先から放たれた氷の針は的を破壊することはできなかったが、貫通して小さな穴をあけていた。
「すごいね。見た目は頼りなさそうだったのに、あの的に穴開けちゃったよ」
エンティが放った針が見た目が細くてすぐに壊れそうだったこともあってか、リズはかなり驚いていた。
「同じこと、できるかな」
「えっ、あたしが、同じことをやるの?」
エンティがそう言うと、リズはどうして、といったようにエンティの方を見る。
「君は魔力のコントロールが苦手なように見えるんだ。だから、こうやって魔力のコントロールをすることから始めた方がいいかな、って」
エンティは前にミアにやってみせたように、今度は風の刃を指先に集中させた。
「別の属性でも、同じことができるんだ」
「ウインドスラッシュ‼」
風の刃が的を両断していた。
「これ簡単そうに見えるけど、結構大変なんだよね。意外と集中力も必要だし」
「あたしに、できるかな」
「無理にできるようにならなくてもいいよ。あくまで、君の弱点を克服するための課題だから。僕の予想が正しければだけど、君は上手くできないと思っているし」
「ちょっとそれ酷くない? でも、君の言うことにも一理ありそうだから、反論できないのがね」
エンティに否定的なことを言われて、リズは不満げな顔を作っていた。
「見てなさいよ。君をびっくりさせてやるんだから」
リズは意気込むと、指先に魔力を集中させる。
「どう、あたしだってやればできるんだから」
エンティの物ほどではないにしろ、リズは細く鋭くなった氷の針を自慢げに見せた。
「いいね。じゃ、それを的に向けて撃ってみようか」
リズの指先が小刻みに震えているのを見て、エンティはそれを的に撃つように促した。
「えっ……そ、それはちょっと難しいかな」
そして、その返答もエンティの予想通りだった。
「だろうね。指先に魔力を集中させるだけでかなり無理をしているのがわかるよ。むしろ、そこまでできていることが僕の予想外でもあったんだけど」
「あたしが無理してるって、わかっていて言ったわけ? 君、見かけによらず意地悪だね」
エンティが笑みを浮かべて言うと、リズはむっとしたように返した。その拍子に、指先に集中させていた氷が霧散していた。
「あ」
それを見て、リズは小さく声を上げた。
「僕がこれを覚えたのは、必要に迫られてのことだからね。それでも、火や雷で同じことをするのは中々難しいかな」
エンティは指先に火を宿らせる。だが、氷や風の時のようには安定して凝縮することができなかった。
「君でも、できないことがあるんだね」
「火は広がる性質があるし、雷は少しでも気を抜くと霧散してしまうからね」
エンティは軽く指を振って炎を消し去った。
「君がそれなら、あたしはもっと頑張らないと、だね」
「君は僕のことを、完全な魔術師とでも勘違いしていたのかな。そもそも、僕はまだ魔術師としては未熟だし、属性がないっていう不利を背負っているんだから」
「あたしの目からは、そんな風には見えないけどな」
リズはどこか納得できなさそうに言うと、もう一度指先に魔力を集中させる。
「ちょっと、肩に力が入り過ぎているかな。それから、指先にも。魔力を集中させるのに、必要以上に力を入れる必要はないよ」
「言われてみれば、そうだね」
リズはふっと息を吐いて全身の力を抜いた。
「あ、本当だ。さっきよりも楽にできている気がする」
「なら、今度は的に向けて撃てるんじゃないかな」
エンティがそう言うと、リズは小さく頷いた。
「アイスニードル‼」
リズが放った氷の針は、的を貫くと小さな穴を開けた。
「嘘……あんなに、簡単にできるなんて」
自分が放った魔術が的に穴を開けたのを見て、リズは信じられないというように呟いた。
「何となく、コツを掴んだみたいだね」
「やっぱり、君は凄いよ。あたしが悩んでいたことを、こんなに簡単に解決しちゃうんだから」
感極まったのか、リズはエンティの手を取ってはしゃいでいた。
「ちょっと、リズ。嬉しいのはわかるけど」
エンティは困ったように口にする。そこそこ強い力で手を取られていたこともあって、無理に離すことができなかった。
「あ、ごめん。嬉しくって、つい」
リズは慌てたようにエンティの手を離した。
「やっぱり、君に頼んだのは間違いじゃなかったかな。ありがと」
「いや、僕は少し手助けをしただけだよ。あくまで、君が頑張ったからさ」
礼を言うリズに、エンティは大したことはないというように小さく首を振った。
「ねえ、エンティ」
「何かな」
「エンティは、卒業してからどうするか、決めてるの」
「……いや、まだ決めていないけど」
リズがそんなことを言うので、エンティは疑念を抱いていた。
「あたしの家に仕えてくれないかな」
「君の家に、かい」
エンティは冗談かとも思ったが、リズの表情は真剣そのもので冗談を言っているようには見えなかった。
「うん、君は頭も良いし機転も利く。これだけの人材を無視するのは惜しいよ」
「僕のことを評価してくれるのはありがたいけど、リズにそこまでの権限があるのかい」
エンティは貴族社会のことはわからないが、リズにそういった採用を決めるほどの権限があるとは思えなかった。
「もちろん。だってあたしは次期当主なんだから。それに、お父様の代から仕えている人達もいずれはいなくなるもの。だから、新しい人材の登用は当然よね」
だが、リズは大きく胸を張ってそう答えた。
「なるほど、将来を見据えた登用、ってことか」
「で、どうかな。悪い話じゃないと思うけど」
「そうだね……悪いんだけど、即答はできないかな。僕にとっても良い話だってことはわかるんだけどね」
普通に考えれば、平民の自分がそれほど身分が高くないとはいえ、貴族の家に仕えられるのだから悪い話どころか破格の待遇といっていい。
だが、どうしてかエンティは即答することができなかった。
「そう。でもまだ時間はあるから、ゆっくり考えてくれないかな。もちろん、良い返事を期待しているけど」
「一応、前向きに検討させてもらうよ」
「うん。今日はありがとう。おかげで、卒業できる目途がついたよ」
「でも、油断したら駄目だよ。あと、毎日一回はさっきのを練習してね」
「うっ……君に言われなかったら、絶対に練習しようなんて思わなかった」
エンティが練習するように言うと、リズは痛い所を突かれたというように言った。
「君はちょっと調子に乗りやすいみたいだからね。一応、釘は刺しといたよ」
「……ますます、君が欲しくなったな。あたしの弱点とか、全部お見通しで助言してくれるんだもん」
「買い被り過ぎ、だよ」
気のせいでなければ、リズの視線が獲物を狙う獣のようにも見えて、エンティは身震いしそうになっていた。
「絶対に、落として見せるから。あたし、こう見えてもしつこいんだよ」
「お手柔らかに、ね」
そう宣言するリズに、エンティはたまらず苦笑してしまった。




