意外な依頼
「さて、今日はどうしようか。確か、酒場は休みだったから……」
授業が終わって、エンティはぼんやりと考え事をしていた。普段から授業や仕事に追われていたこともあってか、酒場が休みだと時間を持て余してしまいがちだった。
「また、図書館でモンスターの生態でも調べようかな」
ギルドでの仕事を受けることが多くなってから、エンティは暇な時はモンスターの生態を調べることが多くなっていた。
もちろん、自分達の技量では手に負えないような依頼を受けるつもりなかったが、以前のベレスのようなことが起こらないとは限らない。知識があるに越したことはないと考えていた。
「ちょっと、いいかな」
そんなことを考えていると、全く聞き慣れない声で話しかけられた。
声のした方を見ると、年相応といった感じの少女がいた。貴族の家柄なのだろうが、フィルイアルやミアとは違った印象を受けた。
フィルイアルは王族らしく高貴な雰囲気があり、ミアはその護衛という立場のせいか大人びた印象もあった。
だが、目の前の少女はよく言えば親しみやすい、悪い言い方をすると貴族らしくないといった感じだった。
「何か……いえ、何でしょうか」
エンティは少女の雰囲気に流されて、思わず普通に喋りそうになっていた。どうにかそれを取り繕って言葉を訂正する。
「そんなにかしこまらなくてもいいけどね。あたしはそこまで身分が高い家の貴族じゃないし」
少女は軽い口調で言うと、すっと距離を詰めてきた。
「それで、僕にどういったご用件でしょうか」
「あら、意外と女の子慣れしているのね。それとも、あたしはそんなに魅力ないのかな」
距離を詰めてもエンティが落ち着いているのを見て、少女は意外そうな顔になっていた。
「いえいえ、あなたは十分に魅力的だとは思いますよ。でも……」
「さすがに、姫様には敵わないか。君、姫様ととっても仲が良いし」
エンティがそう言いかけると、少女は納得したかのようにけらけらと笑っていた。
「そんな失礼なことを言うわけないでしょう。平民が貴族に懸想したら不敬でしょう、って言おうとしたんですが」
「あら、そう。別に比較対象が姫様なら失礼も何もないわよ。それに、あたしはそんなこと気にしないし」
「そうですか。それで、用件は」
話が大幅に逸れていったので、エンティは呆れを隠しつつも軌道を修正する。
「そうそう、君に用があったのよね。ちょっと、あたしの頼みを聞いて欲しいんだけど」
「頼み、ですか」
「そ。あたし、このままだと卒業できるか怪しいんだよね。だから、あなたに魔術についての考え方を教えてもらおうかと思って」
「卒業できるか怪しい、ですか。僕の目から見て、そこまで劣っている生徒がいるようには思えませんが」
少女の言葉に、エンティは疑念を抱いていた。魔術の実技訓練の時にさりげなく他の生徒の様子を見ていたが、著しく劣っている生徒がいたようには見えなかったからだ。
「あたし、自分で考えるの苦手なんだ。今までは教わったことを実践してれば良かったけど、これからはそうもかないよね。だから、それが一番できている君に教えてもらおうと思ったんだけど」
「そうでしたか」
エンティは納得したように答えた
少女が軽そうな口調で喋っていたこともあって、自分の実力やこれからのことを真剣に考えていることを意外に思った。
「あたしの方が教えてもらう立場だから、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。普通に話してくれていいわ」
「そうで……と、そうかい。なら、普通に喋らせてもらうよ」
「へぇ、随分とあっさり受け入れるのね。少しは遠慮するかと思ったけど。やっぱり、姫様と仲良くしているから、身分の高い人と接するのは慣れているのかしら」
少女は値踏みするようにエンティを見る。
「まあ、そんなところかな」
「ま、いいわ。あたしも気軽に接してくれると助かるし。と、その前にあたしの名前を言ってなかったわね。あたしはリズよ、よろしく」
「よろしく、リズさん」
「リズでいいわ。代わりに、あたしもエンティって呼ばせてもらっていいかしら」
「どうして僕の……って、姫様が散々僕の名前呼んでましたね」
エンティはどうして自分の名前を知っているのか、と聞こうとして、フィルイアルが度々自分の名前を呼んでいたことを思い出した。
これがドランだけだったら気にも留まらないだろうが、さすがにフィルイアルが呼んでいれば嫌でも覚えてしまうだろう。
「そういうこと」
「わかったよ、リズ。それで、君はどういったことを改善したいと考えているのかな」
エンティはリズを見据えると、彼女がどういったことで悩んでいるのかを聞いた。
「そうね……何となくだけど、魔術の威力にムラがあるような気がするの。凄い威力になったり、全く威力がなかったり」
リズは少し考えてから、ゆっくりと自分の現状を話した。
「なるほど、威力にムラがある、と。そうなると集中力に問題があるのかな。それとも、目標に到達する前に分散してしまっているのか」
エンティは自分なりに仮説を立ててみる。自分が魔術を使う時は、そういったことがなかったこともあって、これくらいしか思いつかなかった。
「集中力、ね。確かに、あたしは集中するの苦手かも。やっぱり君は凄いよ」
リズは思わずエンティの手を取っていた。
「ちょっと、リズ」
「あ、ごめん」
エンティに言われて、リズは慌てたように手を離した。
「後は実際に君の魔術を見てみないと、何とも言えないかな。まだ、訓練所は使えたよね」
「ええ。二期生は授業後に訓練所使えたわ」
「なら、行こうか」
「え、今から?」
まさか今から行くとは思っていなかったのか、リズは驚いたようにエンティの顔を見る。
「早い方がいいよね。それとも、今日は何か予定あったかな」
「別に予定はないけど、あなたはいいの」
「自分から頼んでおいて、遠慮するのもどうかと思うけど」
「それなら、お願いしようかしら」
リズがそう答えたので、エンティは席から立ち上がる。
「エンティ、今日は……」
フィルイアルはエンティに声をかけようとして、言葉が止まった。ドランやミア以外の生徒と一緒にいたことに驚かされていた。
「あ、姫様。何か」
「い、いえ。今日は……」
フィルイアルは今日は酒場が休み、と言いかけて隣にいるリズに目をやった。さすがに酒場で働いていることを他の生徒に知られるわけにはいかなかった。
「姫様、今日は彼をお借りしますけど、構いませんか」
「か、借りるって……別に、エンティは私の物じゃないわ」
リズに言われて、フィルイアルは首を振った。
「そうですか。いつも一緒にいますので、てっきり」
リズは意味ありげな笑みを浮かべると、少し冷やかすように言う。
「姫様、何か用事ありましたか。すみませんが、今日は彼女が先約なので」
「いいわよ。大した用事じゃなかったし。また別の機会でも」
「そうですか。じゃ、僕らはこれで」
エンティは軽く会釈すると、リズと並んで教室を出た。
「まさか、エンティと私達以外の生徒が仲良くなるなんてね」
二人の背中を見送ってから、フィルイアルはそう呟いた。
「姫様、意外ですね」
隣にいたミアも同じ感想だったのか、フィルイアルに声をかける。
「エンティと他の生徒が仲良くなるのは、悪いことじゃないとは思うわ。でも、何だか面白くないような気分ね」
「嫉妬ですか」
「……嫉妬、かどうかはわからないわ。でも、私もことを評価してくれた数少ない人だから、独占したいっていうのはあるかもしれないわね」
フィルイアルはふっと息を吐いた。
「でも、それは間違ってます」
「ええ。それは気付いているわ。だから、面白くないって思っても何かしようとは思わないわよ」
「余計なことを言いましたね」
「構わないわ。これからも、私が間違っていると思ったら指摘してもらえるかしら」
ミアが控えめに謝罪すると、フィルイアルは柔らかい笑みを浮かべた。
「はい。わたしは姫様の剣です。ですが、それだけでは駄目だと気付かせてくれたのもエンティですから」
「私達は良き友人を得たわね。卒業したら、この縁はなくなってしまうかもしれないけど、それまでの間は良き付き合いをしたいものだわ」
フィルイアルの言葉に、ミアは小さく頷いていた。




