進級
「進級しても、使う教室は変わらないのか。ということは、今年の新入生は去年の卒業生が使っていた教室を使うってことなのかな」
いつも使い慣れた教室の席に座って、エンティはそう呟いた。以前孤児院にいた時に学校の話を聞いたことがあったが、その時は進級すると教室も変わると聞いていた。
学校によって違いもあるのだろうし、全部が全部同じとも限らないということだろう、と納得する。
「よう、元気そうだな」
そんなことを考えていると、ドランが隣の席に座った。
「やあ、君も元気そうで何よりだよ」
「お前達のおかげで、中々に濃い休暇を過ごせたな。最初は冒険者の真似事なんかしても、って馬鹿にしていた部分もあったが、いざやってみると中々に勉強になることもあったぜ」
「君からしたらそうかもしれないけど、僕はある意味で生活がかかっているからね。勉強云々は二の次だよ」
ドランの言葉に、エンティは苦笑いを交えつつ答える。ドランとの立場の違いに文句を言うつもりはもちろんないが、それでも立場が違えば考え方も違ってくるものだと思わされた。
「そうやって、必死になってやっている方が色々と身に付くのかもな」
そんな会話をしていると、次々と生徒達が入ってくる。去年と変わらない人数になったので、全員無事に進級できたことが伺えた。
「どうやら、全員無事に進級できたようだな。ま、俺らはともかく貴族の皆様は落第したとなったら大事だろうからな」
「まあ、それはそうかもしれないけど。それにしても、もう少し言い方があるよね」
ドランが棘のある言い方をするので、エンティは呆れるように言う。
「いや、実際問題大変だぜ。貴族って連中は面子を大事にするからな。もし落第なんてことになったら、強制的に退学させられるだろうぜ」
「そんなものなのかな。まあ、僕には縁のない世界だから、どうでもいいと言えば、どうでもいいけど」
所詮は他人事ということもあってか、エンティは興味なさそうに答えた。
「姫様に気に入られている人間が言う言葉じゃねえぞ。むしろ、姫様の方が貴族連中よりも重圧でかいだろ」
「姫様は別だよ。まあ、最初は色々あったし、こんな関係になるなんて思わなかったけど」
フィルイアルとのことを思い出して、エンティはふっと息を吐いた。
「はは、そうだな。お前のおかげで俺も姫様と関係持つことになっちまった。ま、そこらの貴族連中よりもずっとまともな人だったけどな」
「そうだね」
ドランの言葉を、エンティはゆっくりと肯定する。人を見かけで判断してはいけない、ということを身をもって体験したと思っていた。
「諸君、全員進級できたようで何よりだ」
ルベルは教室に入ってくると、開口一番そう言った。
「去年は基本的なことを教えていたが、今年からは応用的なことを学んでもらうことになる。去年も話したが、学院を卒業した後のことを少しずつ考えておくように」
そして、全員を軽く見渡した。
その言葉で、その場の雰囲気が引き締まる。
「まあ、今すぐどうこうというわけでもない。無論、諸君がどこに仕官しても、別の道を選んでも問題ないようにしっかりと教えていくつもりだ」
それを察したのか、ルベルは雰囲気を和らげるように優しく言葉を続けた。
「良い表情だ。では、これから授業を始める」
生徒達の表情が幾分和らいだのを見て、ルベルは授業を開始する。
「去年の授業で十分に魔術の基礎は学んできたと思う。魔術の型は一人一つ、と言われるほどに幅がある物だが……それは、諸君も十分に実感しているだろう」
それを聞いて、頷く生徒や納得したような表情をする生徒もいた。エンティもまた、その言葉を強く受け止めていた。
同じ属性の魔術でも、使う人間が異なれば全く違う術になる。また、他人の術を真似ることもできれば、全く新しい術を編み出すこともできる。
一口に魔術といっても、それは千差万別と言っても良かった。
「それは各々で使いやすい術を見出していけばいい。また、自分の属性を極めることも大事だが、それ以外の属性も怠らないように。特定の属性が効かない相手、というのも珍しくはない。もっとも、それを優先的にやっている者もいるようだが」
気のせいでなければ、ルベルの視線がエンティの方に向けられたようにも思えた。
「まあ、僕の場合は属性がないから必然的にそうせざるを得ないんだけど、ね」
それを受けて、エンティは小さく呟いた。
「まずは基礎威力を上げることを重視していく。よって、実戦訓練における的は今までよりも耐久力の高い物を使うことになる。最初は今までのように壊せずに驚くかもしれないが、徐々に壊せるようになるだろう」
ルベルは普段と変わらない口調で落ち着いた説明を続ける。
「また、魔術を極めていけばこんなことも可能になる」
ルベルは右手に炎を、左手に氷を宿らせた。
それを見て、生徒達が驚きでどよめいた。まさか、同時に二つの魔術を、それも異なる属性を使えるとは誰も思わなかったからだ。
「火と水は相性が悪いから、同時に使うことは推奨しないがな。もしやるのなら、火と風、水と雷を同時に使うといいだろう」
ルベルは両手から炎と氷を消し去った。
「ここまでやる必要があるかどうかは疑問だが、な。同時に異なる系統の魔術を使うとなると、相応の技術を要するし、扱うのも大変になる。最悪の場合、魔術が暴発しかねない。だから、無理にこれをやる必要はない。頭の片隅にでも覚えておけばいい」
そして、新しい教本を手に取った。
「今日は座学だから、実技的な話はこの辺りにしておこう。座学の方も、今までの基礎的なものから深く踏み込んだものになる。今までの基本的なものから、一気に踏み込んだことを教えていくから、しっかりと学ぶように。では……」
ルベルは座学の授業を始める。
エンティはルベルは生徒達に適度な緊張を与えてその気にさせるのが上手いと感じていた。かといって、緊張させすぎるようなことはせず、適度に力を抜くようなことをすることも怠らない。
「クラース先生が教員に向いている、って言っていた理由がわかる気がするよ」
ルベルはクラースに言われて教員になった、と言っていたが、その理由が何となくわかったような気がしていた。
「さて、ここからは僕の先行的優位もなくなるだろうし、頑張っていかないとね」
今までは先に魔術を学んでいたから、その分他の生徒よりも優位に立てていた。だが、これからはその分は全くなくなると言ってもいい。それに胡坐をかいていたつもりはなかったが、そういった慢心がなかったとは言い切れない。
「それに、新しいことを知ることができるのは、何だかんだで楽しそうだ」
エンティは期待と不安に胸を躍らせつつも、目の前の授業に集中した。




