下水道
「スライムというと、下水道というのが定番なのかしら」
目的地の下水道に着いて、フィルイアルはそう口にした。
「お姫様は下水道なんかに入るのは、お嫌かい」
「……嫌じゃないと言ったら、嘘になるわね」
からかうように言うドランに、フィルイアルは苦笑いする。
「でも、行くんだよね」
エンティはフィルイアルに声をかけた。
「そうね。ここで怯むくらいなら、最初からギルドの依頼でお金を稼ごうとは思わないもの」
「姉さん、無理はしないで」
ミアはフィルイアルの手をすっと握った。
「ありがとう、ミア。行きましょう」
フィルイアルはミアに答えるようにその手を一瞬だけ握り返すと、空いている方の手で下水道の先を指差した。
「心配しなさんな。最近の下水道はお前らが思っているよりも綺麗だぜ、多分」
「多分、って」
ドランがらしくなくいい加減なことを言うので、エンティは思わず膝から崩れ落ちそうになっていた。
「いや、俺も話に聞いただけで、実物を見るのは初めてだからな。確信は持てんよ」
それを見て、ドランは軽く笑い声を上げる。
「一応、明かりはあった方がいいな」
ドランは近くに落ちていた木の枝を拾い上げると、魔術で火を付けた。
「松明代わりかい、気が利くね」
「お前の影響だよ。こんなこと、普通に魔術師やってたら思いつかんぜ」
ドランが先に入る形になって、下水道に入っていく。
「広い、ね」
下水道の中が思いの外広く、エンティはそう声を上げていた。
「そうね。それに、思っていたよりも綺麗に掃除されているみたいね」
それに続くように、フィルイアルもそう言った。
「これは思っていたよりも、綺麗になってるな。下水道の掃除って意外と給金が良いって話だから、なり手は多いって聞いてはいたが、ここまで綺麗になっているとは思わなかったな」
ドランも意外だ、というように周囲を見渡した。
「と、いうことは。スライムが出たのは最近?」
「ほう、どうしてそう思った?」
ミアが小首を傾げながら言うのを見て、ドランが興味深いというように聞いた。
「ここは定期的に掃除が行わている。だけど、スライムがいるなら掃除はできない。それでもこれだけ綺麗、ということは」
ミアは少し考えながらもそう返事をした。
「ああ、俺もそれで合っていると思うぜ」
「ミア、あなたがそんなことを言うなんて、意外ね」
普段は自分の意見をあまり表に出さないミアがそんなことを言うので、フィルイアルは意外そうにミアの方を見る。
「色々と考えることは、剣の上達にも繋がると思って」
ミアは少し照れ臭そうにそう言った。
「さて、これだけ綺麗だとスライムが襲ってきてもすぐにわかりそうなものだけど」
エンティは周囲を見渡したが、これといって不審な点は見受けられなかった。
「そうね。奥の方にいるのかもしれないから、もう少し先に進んでみましょうか」
フィルイアルに促される形になって、四人は周囲を警戒しながら先に進む。
「思っていたよりも見通しがいいから、これいらねえな」
ドランは手に持っていた松明を水路に投げ捨てた。
まるでそれを合図としたかのように、スライムの群れが飛び掛かってくる。
「おいおい、こんなにどこに隠れてたんだよ」
「下がって」
ミアは前に踏み込むと、スライムの群れに向けて剣を振り下ろした。
「!?」
手応えがあまりになかったので、ミアは怪訝そうな表情になっていた。
「ミア‼ 斬れてないわ」
フィルイアルが叫ぶのを聞いて、ミアは大きく飛び退いていた。次の瞬間、ミアがいた場所にスライムが飛び掛かっていた。
飛び退いていなかったら、確実にスライムの餌食になっていただろう。
「剣が効かないのか。ちょっと厄介だね。見た目や性質からして、水属性は効きが悪そうだし」
「あら、あなたは水属性しか使えないってわけでもないでしょう。それに、ここにはあなた以外にも魔術が使える仲間が三人もいるのよ」
エンティが困ったような顔をしていると、フィルイアルはエンティの背中を軽く叩いた。
「……そうだね。ちょっと、水属性に固執し過ぎていたかもしれない。ありがとう、フィル」
エンティは一瞬だけフィルイアルの方を見やると、不敵に笑みを浮かべる。
「水以外を使うのは、久々だけどね。ファイアストーム!」
エンティは炎を竜巻のように下から吹き上げさせた。かなりの数のスライムが巻き込まれて、宙を舞った。
「雷は効くのかしら。ま、試してみないとわからないわね……ライトニングブラスト!」
フィルイアルが放った電撃が、数匹のスライムを貫いた。
「おいおい、炎属性をそこまで上手く使われると、自信なくずぜ……フレイムアロー!」
ドランは苦笑いしつつも、普段と変わらない炎の矢を放った。だが、それは一本ではなく複数本を一度に放つものになっていた。
「よく言うよ。僕は一度に複数なんて放てないよ」
それを見て、エンティは舌を巻いていた。普通なら一本のところを複数本にするのは、中々できることではない。
「剣が効かないのなら……ウインドカッター!」
残っているスライムに、ミアは風の刃を放つ。剣では斬れないスライムも、魔術には抵抗力がないのかあっさりと両断された。
「さて、と。この場はひとまず落ち着いたようだね」
その場のスライムが全滅したのを見て、エンティは周囲を見渡した。
「そうね。まさか、剣が効かないなんて思わなかったけど。ミアの魔術が見れたのは良かったわね」
フィルイアルはミアの方を見やった。
「本当の達人なら、あの程度の相手は難なく斬り伏せる。わたしも、まだ未熟」
ミアは小さく首を振る。
「でも、水路に火を落とした途端で飛び出してくるなんて。スライムは炎が苦手なのかしら」
「それなら、スライムがいるかどうかは、水路に炎を放てばわかるってことか」
「なるほど、その方法で行くか」
四人は少し進んでは水路に炎を放つことを繰り返した。
先程は急に襲い掛かられたせいで慌ててしまったが、今度は心の準備ができている。
次々と襲い掛かってくるスライムを難なく処理していくと、行き止まりに突き当たった。
「ここで、最後ってことでいいのかしらね」
フィルイアルは行き止まりの前で立ち止まると、そう呟いた。
「ああ、この下水道はほぼ一本道だって話だからな。恐らく、スライムは全滅させたってことでいいだろうな」
「それなら、早く外に出ようか。思っていたよりも明るくて綺麗だったとはいえ、暗くてじめじめした場所に長く居続けるのは、あまり気分が良い物じゃないからね」
ドランがそう言うのを聞いて、エンティはそう言って小さく息を吐いた。自分でも意外だったが、こういった場所があまり得意ではなかったようだ。
「あなたがそんなことを言うなんてね。苦手なことなんて、何もないって顔してるのに」
「僕だって、苦手なものの一つや二つはあるよ。それよりも、フィルは大丈夫なのかい」
「思っていたよりも、私は大丈夫だったみたいね」
フィルイアルは自分でも意外だったのか、少し不思議というような顔になっていた。
「うわ、眩しいな」
外に出た時、思っていたよりも日の光が強くてエンティは目を手で覆っていた。
「暗い所から外に出たからな。眩しく見えるのも無理はないぜ」
三人もエンティと同様に、手で目を覆って陽射しを避ける。
「あ、服が」
目が慣れてきた頃、ミアがそう声を上げた。
「服? あ、思っていたよりも凄いことになってるね」
エンティは自分の服を軽く見渡して、所々が溶かされていることに気付く。それはエンティだけではなく、他の三人も同じだった。
「暗くて気付かなかったわね」
フィルイアルは溶かされた服に手をやった。
「その服、高かったんじゃ」
「まさか。討伐依頼に高価な服なんか着ないわよ」
「それもそうか。でも、この服のままじゃ何かと不便だね。ドラン、君の店で見繕ってもらっていいなかな」
エンティはドランに服を見繕うように依頼した。
「……別にいいけどよ。まさか、お前がそんなことを言うなんてな」
それが意外だったのか、ドランはまじまじとエンティの顔を見る。
「ま、僕も色々と思うところがあるってことだよ」
「それなら、今回の依頼の報酬で見繕ってやるよ。さっさと報酬を貰いに行こうぜ」
「もちろん、私達の分も見繕ってくれるのよね」
フィルイアルはドランよりも一歩前に出た。
「……ああ、わかったわかった。まとめて面倒見てやるよ」
「よろしく」
ミアにまで言われて、ドランは思わず頭を抱えそうになる。
「ま、頼られるのも悪くない、か。おい、さっさと行くぞ」
だが、すぐに思い直して前に進みだした。




