スライム討伐
「へぇ、お前ら三人でゴブリン二十匹以上を狩ったのか」
ドランが感心したような、意外とも取れるような感じでそう言った。
「まあ、ね。先生が斥候の位置を教えてくれたから、思っていたよりも簡単に済んだよ」
「先生? ああ、学院に来る前に魔術を習っていたっていう先生か。確か、冒険者だったんだよな。それを踏まえても、三人で二十匹以上狩るのは新人だと難しいらしいぜ」
「というか、僕はほとんど出番がなかったよ。フィルとミアが二人でほとんど片付けちゃったから」
エンティはフィルイアルとミアがゴブリンの群れを相手にして、自分の出番がほとんどなかったことを思い出して苦笑していた。
「まあ、ゴブリンは知能があるとはいえ、ベレスに比べれば身体能力は劣るからな。ミアが本気を出せば、十匹くらいは簡単にやれるだろうが。だが、お前の出番がないくらいフィルが活躍するとは思わなかったな」
「ああ、それは……」
ドランに話を振られて、フィルイアルは少し困ったような顔になった。
「ん? 何かあったのか」
それを見て、ドランは何気なくそう聞いていた。
「私、ちょっと魔術の命中精度に難があるのよね。だから、魔術を剣にかけて斬りつけたのだけど……たった一回の戦闘で、剣が駄目になっちゃったわ」
フィルイアルはゆっくりと首を振った。
「面白いことを考えたな。あ、エンティの強化魔術を参考にしたのか」
ドランはそれがエンティの強化魔術を参考にしたものだと気付いて、軽く手を叩いた。
「ええ。強化魔術を武器にかけられるのなら、属性魔術も同じことができるんじゃないか、って思ったのよ。でも、一回で壊れるとなると実戦的じゃないわね」
「なら、エンティに強化魔術をかけてもらった上で、属性魔術をかければいいんじゃないか」
「それは私も考えたのだけど……いつでもエンティがいてくれるわけじゃないし、当てにし過ぎていていざ、って時に困るのもどうかと思って」
ドランがそう提案するが、フィルイアルはそれをやんわりと否定した。
「なるほど。しかし、フィルも剣が使えたんだな。ああ、ミアの方が技量あるから、わざわざ自分が剣を使う必要はないって思ったのか」
「あなた、本当に察しがいいわね。少し、気味が悪いくらいよ」
ドランがあまりに的確な指摘をするので、フィルイアルは思わずそう口にしていた。
「ま、これでも色々と見る目は鍛えられているからな」
ドランは声を出して笑う。
「全く、私が政治に関わるようになったら、あなたを参謀として雇いたいくらいよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるな。まあ、本当にどうしようもなくなったら、その時は頼むわ」
フィルイアルは割と真剣に言っていたが、ドランは冗談だと思ったのかそれほど重く受け止めていなかった。
「それよりも、依頼」
ミアが掲示板を指差した。
「ああ、そうだね」
エンティはミアの指差した先を見る。
討伐系の依頼もそこそこ並んでいたが、リザードマンやゾンビといった高度な物が多く、いくら四人でもこれらを討伐するのは難しいように思えた。
「あ、ちょっとこれは難しい依頼が多いな。さすがに今の俺らじゃ、これを討伐するするのは難しいか」
ドランは掲示板を見ながら顎に手を当てる。
「あっ、このスライム討伐の依頼とかは割といけそうだね。ランクD~Eくらいの依頼みたいだし」
エンティはその中で比較的簡単な依頼を見つけた。スライムの生態は詳しく知らないが、ゴブリン討伐と同程度か、難易度が低いような依頼だった。
「お、スライムは珍しいな。油断すると溶かされるが、魔術が良く効く相手だ。今の俺らなら、そう苦戦する相手じゃないと思うぜ。これを受けるか」
ドランがそう言うので、三人は頷いた。
「決まりだな。前は俺抜きで面白いことしてくれたようだから、今回は俺も頑張らせてもらうか」
ドランは依頼書を手に取った。
「あら、あなた達」
受付に向かうと、今日は登録をした時の受付嬢が担当だった。
「今日は四人そろっているのね。また、ちょっと難しい依頼を受けるのかしら」
砕けた口調になっているのは、四人とある程度顔見知りだという認識だったからだろう。
「あ、今日はこの依頼で」
ドランが依頼書を差し出すと、受付嬢は少し意外そうな顔になった。
「あなた達なら、簡単な依頼だと思うわ。でも、冒険者として上を目指すなら……と、あなた達はまだ学生だったわね。学業に支障が出ない程度に頑張って」
受付嬢はクラースと同じようなことを口にしかけて、四人が学生だったことを思い出した。
「あなたはかなり手慣れていますね。若く見えますけど、実は長く勤めていたりします」
「はは、こんなおばさんにお世辞を言っても何にもならないわよ」
ドランがお世辞とも本気とも取れるようなことを言うと、受付嬢もそれに呼応するように答えた。自分でおばさんとは言っているが、多く見積もっても二十代半ばくらいの容姿に見受けられる。
「そうですか。こちらとしても、あなたのような手際が良い人が受付だと助かるんで、これからもよろしくお願いしますよ」
「アリシアよ」
受付嬢が突然名乗ったので、四人は互いに顔を見合わせる。
「あなた達とは、長い付き合いになりそうだから」
アリシアはそう言うと、軽く片目を閉じて見せた。
「なら、今後ともよろしくお願いしますね、アリシアさん」
「では、気を付けて」
アリシアに見送られて、四人はギルドを後にした。
「そういや、お前がいた孤児院、国から監査が入ったらしいな」
不意に、ドランがエンティにそう言った。
「そうみたいだね」
「何だ、知ってたのか」
エンティが驚きもせず淡々と答えたので、ドランは意外そうな表情になっていた。
「僕としては、君がそのことを知っていたのが意外だったけど」
「あー、そういうことか。ひめ……フィル、あんたが関わってたのか」
そこで何かを察したのか、ドランはフィルイアルの方を見た。
「ええ。エンティから話を聞いて、何か裏があると思ったからお父様とお兄様に調査を依頼したのよ。まさか、ここまでの大事になるとは思わなかったけど」
それを受けて、フィルイアルはゆっくりと頷いた。
「今回の件、黒幕の大臣が相当な大物だったからな。親父も相当驚いていたよ。以前、取引を持ち掛けられたこともあったんだが、どうもに胡散臭いってその取引は断ったって言ってたな。ま、親父の人を見る目は確かだった、ってことか」
「あの大臣から取引を持ち掛けられて断るなんて、あなたのお父さんは物事をしっかり見れる人なのね。並の商人なら、即飛びつくような案件だったんじゃないかしら」
「ああ、俺も軽く話を聞いただけだから、詳しくはわからんが。確かに、並の商人ならすぐに飛びついてもおかしくないほど、良い条件ではあったみたいだな」
「さすがにこの国でも一、二を争うほどの商会である、フォール商会のトップね」
フィルイアルはふっと笑みを見せた。
「まあ、不正大臣を処分できたようだし、まともじゃなかった孤児院も健全に機能するようになったし、いいことずくめだな」
それを受けてか、ドランも笑みを浮かべていた。
「僕も孤児院のことはずっと気がかりだったんだ。一人だけ抜け出したことが、ずっと気がかりだったんだ。おかげで、心の荷が下りてすっきりしたよ」
そこで、エンティは改めて感謝の意を込めてフィルイアルの方を見た。
「なら、今日の依頼も期待していいかしら」
それを受けてか、フィルイアルはそんなことを口にする。
「もちろん。でも、また君達だけで終わってしまうかもしれないけどね」
「そうならないように、頑張ってもらえるかしら」
少しからかうように言うエンティを、フィルイアルは真っ直ぐに見据えていた。
「もちろん」
エンティはそれを受け止めると、ゆっくりと頷いた。




