新しい戦術
「で、先生。ゴブリンはどんな習性があるんですか」
「基本的に、単独行動をすることは少ないな。後は洞窟などに籠っていて、食糧を調達する時には外に出て略奪をすることもあるな」
道すがら、エンティはクラースにゴブリンの習性を聞いていた。クラースの口調は相変わらずだったが、それでも説明が丁寧なところも変わらなかった。
「だから、討伐する時はこちらから奴らの住処に行くことになるな。そして、洞窟の中はどうなっているのか、外からでは全くわからない……どういうことか、わかるな」
時々試すような聞き方をするのも、クラースの教え方だった。
「……迂闊に踏み込むと、迷っているところを襲われかねない、と」
そのせいもあってか、エンティは必然的に自分で色々と考える癖がついていた。
「半分正解だ。奴らは洞窟の物陰に斥候を立てていることがある。つまり、こちらの動きが丸見えになっていると考えた方がいい」
「先んじて、斥候を倒すべきでしょうか」
「それができればいいが、上手くいかない時もある。かといって、端から物陰に魔法を撃ちこむのは効率が悪い。だから、自分が隠れるならどこに隠れるか、を考えてみろ」
「なるほど」
クラースに言われて、エンティは頭を巡らせる。洞窟の中で自分が隠れるのなら、どのような場所に隠れるか。隠れた場所から周囲を見渡しやすく、かつ自分の姿が見えにくい場所。
そう考えると、おのずと候補が絞られてくるように感じられた。
「あなた、いつもこんな感じで教わってたの」
二人のやり取りを見て、フィルイアルが唖然としたように言う。
「大体そうだけど、何か問題でもあったかな」
「あなたが色々と面白いことを思いつく理由、何となくわかった気がしたわ。学院ではこんな込み入ったことは、教えてくれないもの」
フィルイアルは小さく首を振った。
「学院では基本的なことを教えるからな。俺は冒険者だから、どうしても実戦的なことを教えがちになる。だが、基本ができていないと応用が効かないことも多い。そういうこともあって、俺はエンティに魔術学院で学ぶことを勧めたわけだが」
そんなフィルイアルに、クラースは基本を学ぶことの重要性を説いた。
「それは、わかっていますけど……エンティは独創的過ぎて、負けていられないって思いまして」
それを受けて、フィルイアルは小さく笑う。
「人には向き不向きがある、自分にできる範囲でやればいい」
「はい」
フィルイアルに対しても自分と同じ口調や態度のクラースを見て、エンティはルベルが教員に向いている、と言っていた理由が何となく理解できた。
「そろそろ目的地に着いたようだな」
クラースは少し大きめな洞窟の前で足を止めた。中は暗くて外からでは様子が全くわからなかった。
「ここで立ち止まっていても仕方ない。入るぞ」
クラースに言われて、三人は頷いた。
「ミア、斬れない剣を使っているのから、強化をかけるけど」
エンティはミアに近寄ると、そう口にした。前にベレスと戦った時、斬れない剣のせいで苦労したことを思い出したからだ。
「大丈夫。今日は別の剣」
「そうなの。いつの間に新しい剣を調達したんだい」
ミアが新しい剣を調達したということに、エンティは少し驚いていた。
「依頼を受けるとなったら、あの剣だと不都合。だから、新しい物を調達した」
「この辺りで、武器を扱っている店なんかあったかな」
冒険者ギルドがある街だから、武器を扱っている店があってもおかしくはない。だが、エンティはそういった店がどこにあるのか全く知らなかった。
「ドランの店、思ったよりも良い剣が揃ってた。ベレスの報酬でそれなりの物が買えた」
ミアはすっと腰元の剣を引き上げた。
エンティに剣の違いはよくわからなかったが、ミアがそう言うのなら問題ないのだろう。
「思ったよりも、開けているわね」
少し進んだところで、フィルイアルがそう声を上げた。その言葉通り、洞窟の中にしてはそこそこ広く、物陰なども見当たらない。
「ここに斥候はいない、と考えていいでしょうか」
「一見すると、な。だが」
クラースは少し先の暗闇を指差した。
「あそこに魔術を撃ってみろ」
「はい……アイスジャベリン‼」
クラースに指示された通り、エンティは魔術を放った。
「ギャッ!」
暗闇の中で小さな悲鳴が上がった。
「ほう、威力も詠唱速度も申し分ない。しっかりと学院で学んでいるようだな」
それを見て、クラースはエンティのことを褒める。
「あ、はい。ありがとうございます」
クラースが褒めることはあまりなかったので、エンティは少し恐縮してしまっていた。
「と、話が逸れたな。こういった闇に紛れて斥候がいる場合もある」
クラースは悲鳴がした方に歩いて行く。そして、何かを拾い上げて戻って来た。
「未熟な魔術師では、こう上手くはいかないが。当たり所が良かったのかも知れないがな」
クラースは氷漬けになったゴブリンの死体を軽々と持ち上げていた。
「斥候がいたってことは、もっと奥へ行けば集団がいる、と」
「そういうことだ。用心して進むぞ」
クラースはゴブリンの死体を近くに投げ捨てた。
「でも、こうしているとどこに歩いているのかわからなくなるね」
暗闇の中を進みながら、エンティはそう呟いた。
暗闇の中を進んでいると、前に進んでいるのか横に進んでいるのか方向感覚がわからなくなりそうになってくる。
「そうね。何も目印がないと、どこを進んでいるのか」
フィルイアルも同意するように言った。
ミアの方を見ると、口にはしないものの同じことを考えていることがわかった。
「そろそろ、だな」
クラースが足を止める。
その先は洞窟の中とは思えないほど明るく、何かが騒いでいるようだった。
ゴブリンの群れが十数匹、好き勝手に騒いでいた。
「あれが……」
それを見て、エンティは思わず身を隠していた。あちらはまだこちらに気付いていないようだが、気付かれたら面倒なことになりそうだ。
「あれが全部と思うなよ。先にも言った通り、俺は手を出さん」
クラースに言われて、三人は互いを見やって頷いた。
「ミア、行ける」
「当然」
フィルイアルの言葉を受けて、ミアは一気に駆け出した。
「ミア、出すぎ……って、心配はなさそうか」
ミアがあまりに早く飛び出したので、エンティはそれを止めようとした。だが、ゴブリンの群れに飛び込んだミアがあっという間に数匹を斬り伏せたのを見て、その必要はないと思い直した。
「エンティ、続くわよ……サンダージャベリン!」
「うん……アイスジャベリン!」
ミアを援護するように、二人は魔術を放った。
ミアを取り囲もうとしたゴブリン達は、雷に貫かれ氷漬けになる。
「ミア、あまりに早く飛び出すから、驚いたよ」
その場のゴブリンが全滅したので、エンティとフィルイアルはミアの所に向かった。
「油断するつもりはないけど、ベレスに比べたら明らかに劣る。多分、わたし一人でも問題なかった」
心配するエンティに、ミアは何でもない、というように答える。
「あの子は雷属性か……範囲をカバーするような術は、雷向きではないが。もしかして、命中精度に難があると考えているのか」
クラースはフィルイアルの魔術に違和感を覚えていた。雷は威力と速度に優れる術だが、範囲を攻撃するのには向いていない。むしろ収束させた方が効率的だ。
「まあ、いいか。お前達、ここは……」
クラースが三人に声をかけようとすると、どこに隠れていたのか二十匹前後のゴブリンが三人を取り囲んだ。
「さて、この数はあの剣士のお嬢さんでも厳しいか。上手く三人で連携を取れば何とか、か」
「囲まれたわね」
三人は互いに背を向ける形になって、ゴブリン達に対峙していた。
「じわじわと間合いを詰めてる?」
ゴブリン達がすぐに襲い掛かってこず、ゆっくりと間合いを詰めてきていることにミアは気付いた。
「なるほど、魔術を簡単に使わせないつもりか」
「そういうことね。それなら……」
フィルイアルは懐から短剣を取り出した。
「フィル?」
「ミア、二人で前に出るわよ。エンティは後方からお願い」
フィルイアルに言われて、ミアは頷く。
「さあ、私の新しい力。見せてあげるわ」
エンティの気のせいでなければ、フィルイアルの短剣が雷を帯びているようにも見えた。
そして、それは気のせいではく、フィルイアルが斬り伏せたゴブリンは感電していた。
「ど、どういうこと……まさか、剣に直接魔法を? いや、でもどうしてそんな」
「エンティ、呆けてないで」
呆然としているエンティにゴブリンが飛び掛かり、それをフィルイアルが斬り伏せる。やはり、そのゴブリンの体は帯電していた。
「詳しい話は、後でね」
「あ、ああ」
どうにか気を取り直すも、ほとんどはフィルイアルとミアが倒してしまい、エンティはその討ち漏らしを片付けるくらいだった。
「思ったよりも、上手くいったわね」
フィルイアルは満足気に剣をしまおうとする。が、その剣はボロボロに崩れ落ちた。
「あ……」
刀身どころか、持ち手すらも崩れた剣をフィルイアルは言葉なく眺めていた。
「終わったな」
ゴブリンが全滅したのを確認して、クラースがこちらに歩いてきた。
「中々面白いことを考えるな、そちらのお嬢さんは。まさか、魔術を剣にかけて斬りつけるなんて普通は思いつかない」
そして、フィルイアルにそう言った。
「はい。私、命中精度にちょっと難があるかなって思っていまして。なら、直接剣にかけて斬りつけたらどうか、って思いまして。でも、一回で剣がボロボロになるなんて」
「剣に直接魔術で攻撃しているようなものだからな。剣が壊れるのも無理はない」
「そうですか……毎回剣を新調するわけにもいきませんし、これは没ですね」
フィルイアルは仕方ない、というように小さく首を振った。
「まあいい。依頼も終わったことだし、帰るとしよう。正直、俺が来る必要もなかったか」
「いえ、先生が来てくれて、心強かったです。ありがとうございました」
余計なお節介だった、というように言うクラースに、エンティは大きく頭を下げた。




