表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/91

ゴブリン退治

「あの子、絶対にあなたのことが好きよね」

「は?」


 依頼を探している最中、フィルイアルが不意にそんなことを言うのでエンティは間の抜けた声を上げていた。


「どうしたんだい、急に」


 それでも気を取り直して、フィルイアルがそんなことを聞いてきた真意を問いただす。


「あなたって、年下に好かれるのかしら。意識はしていないだろうけど、さりげなく相手の視線に合わせる気遣いもできて、きちんと話も聞いてあげられるし。あの子が好きになるのも無理はない、か」

「フィル? 別にあの子とはそういった関係じゃなかったけど。それに、仮にそうだったとして、君がそれを気にする必要はないよね。それとも、あの子に何か気になることでもあったのかい」


 妙に少女のことを気にするフィルイアルに、エンティはそう聞いた。


「何となく、ね。ただ、あなたの交友関係がちょっと気になっただけ」


 だが、フィルイアルはそれとなくはぐらかした。


「そう、実はどこかの貴族様の隠し子、とかだったら大変だと思ったけど。そういうわけじゃなさそうだね」

「私はそこまでわからないわよ。ちょっと可愛い子だったから、変なことをされていないか気になっただけよ」

「まあ、その最低限だけは超えなかったからね、一応」


 エンティはふっと息を吐いた。孤児院にいた時は全く気にしていなかった、というよりそこまで気を回す余裕がなかった。それでもそれに手を出さなかったのは、大臣の悪事が明るみに出ることを避けるためだったのかもしれない。


「姉さん、それくらいで。わたし達の目的、忘れないで」


 依頼を受けに来たのに、全く関係ない話を続ける二人にミアは諭すように言った。


「……そうね」


 それを受けて、フィルイアルは掲示されている依頼を眺める。


「採取依頼は、それなりにあるね。討伐依頼は……僕達で受けられそうなのは、ゴブリン退治くらいか。でも、ゴブリンは数も多いし知能もあるから、今の僕達では厳しいかな」


 エンティは依頼を確認すると、そう口にした。新米冒険者向けなのか、採取関係の依頼はそれなりの数が揃っていた。その反面、討伐系の依頼は難易度の高いものが多く、一番簡単なのがゴブリン退治だった。


「おいおい、仮にもベレスを退治したメンバーが口にしていい言葉ではないな」

「あ、先生」


 声のした方を向くと、クラースが立っていた。


「学院は長期休暇か。確かに、休暇が長いと持て余すからな。酒場の仕事以外にこういった依頼を受けるのもいいだろう」


 学院の生徒だったこともあって、クラースはエンティ達が長期休暇の最中だと気付いていた。


「ルベル先生が、教員として勧誘できなくて残念だと言っていましたよ」

「……懐かしい名前だな。俺の学院生活で、数少ない友人だったか。今度、俺は元気にやっていると伝えておいてくれ」

「はい」


 クラースの態度からして、ルベルとは本当に良き友人だったのだろうと察せられた。


「で、ベレスを退治したお前達が、ゴブリン退治を避けるのは何故だ」

「僕の友人が、ただの獣よりも知能がある相手の方が恐ろしいことがある、って言っていました。だから、知能があるゴブリンは何をしてくるのかわからない怖さがあります」


 クラースに聞かれて、エンティはそう答える。以前ドランに言われたことが、どことなく頭の中に残っていた。


「その友人は、陰謀渦巻く世界で生きているようだな。お前とあまり変わらない年齢で、そんなことを言える人間はそうそういない」


 クラースは感心したように言った。


「はい、僕の自慢の友人です」


 ドランが褒められたことが嬉しくて、エンティは胸を張っていた。


「並の人間なら、ベレスを倒したことで有頂天になりそうなものだが。慎重なのはいいが、冒険者として大成するのなら……と、お前達はまだ冒険者ではなかったな」


 冒険者として大成するなら、慎重なだけでは駄目だと指摘しようとして、クラースは思い直したように言った。


「はい。まだ魔術学院の学生ですから、無理な依頼を受けて学業に支障をきたすわけにもいきませんから」


 それを聞いて、エンティはゆっくりと頷いた。


「どうして、ゴブリン退治が厳しいと考えている」

「そうですね……僕達はゴブリンに対する知識が全くありません。何をしてくるかわからない、というのが大きいですね」


 クラースの問いかけに、エンティは少し頭を巡らせてからそう答えた。


「ベレスの時もそうだっただろう」

「あの時は、本当に無我夢中でしたから。それに、いくらベレスが強いとはいえ、相手は一匹でした。ですが、ゴブリンは相当に数がいます」

「良い答えだ。自分達に何が足りないのかをしっかり自覚し、格上を倒したからといって調子にも乗らない。学院できちんと学んでいるようだな」


 エンティの答えに、クラースは満足気に頷いた。


「試していたんですか」

「いや、結果的にそうなっただけだ。そうだな、今回のゴブリン退治、俺も一緒に行こう」

「えっ!?」


 クラースが思いがけないことを言うので、エンティは思わず声を上げてしまう。


「何か問題でもあるのか」

「いえ、先生はBランクですよね。ゴブリン退治なんて、割が合わないんじゃないですか」


 何の問題がある、という顔をしているクラースに、エンティはそう言った。

 エンティ達からすればこの依頼で得られる報酬はそれなりのものだが、クラースからしたら大した金額にはならないだろう。


「勘違いするな。俺はただ付いていくだけだ。手を出すつもりもない。最も、口は出すがな」

「それって……」

「気にするな。後進に道を示すのも、先達の役割、だそうだ。全く、あいつのお人好しがこちらにも移ってしまったかな。それに、お前がどれだけ魔術を学んだのか、この目で見てみたいというのもある」


 エンティに真正面から見据えらえて、クラースは仕方ないというように笑った。


「それは、依頼よりも緊張しますね」


 エンティは素直な感想を口にする。学院では一切の妥協せずに魔術を学んでいたという自負はあるが、それでもクラースに自分の魔術を見られるとなると緊張してしまう。


「馬鹿なことを言うな。と、お前の仲間に相談もせずに決めてしまうのはまずいな。ということだが、お二人さん。ゴブリン退治の依頼、俺も付き合わせてもらえないかな」


 そして、クラースはフィルイアルとミアの方に向き直った。相手が女性ということもあってか、普段よりも丁寧な口調だった。


「あ、いえ。腕の立つ冒険者の方と一緒に依頼を受けられるのなら、これほど心強いことはありません。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。ね、ミア」


 フィルイアルはそう言うと、ミアの方に視線をやった。


「はい」


 それを受けて、ミアは小さく頷いた。


「そうか。なら、この依頼を受けることにしよう」


 クラースは掲示されている中から、ゴブリン退治の依頼書を手に取った。


「この依頼を受けたいんだが」


 そして、受付に依頼書を提出する。


「クラースさん? あなたBランクですよね。申し訳ないのですが、この依頼はもっとランクの低い冒険者に回してもらわないと」


 クラースがゴブリン退治の依頼を提出してきたことに、受付嬢は驚いて抗議してきた。どうやら、ある程度ランクが上がると難易度の低い依頼は受けられなくなるようだった。


「ああ、すまないな。説明不足だった。俺はこの三人に助言をするだけだ。この三人が依頼を受けるのなら、問題ないだろう」


 クラースは後ろにいた三人の方に片手をやった。


「えっと、あなた達は……と、まだ新人さんですね。名前を伺ってもいいでしょうか」


 受付嬢は三人に目をやるが、顔と名前が一致しないようでそう聞いてきた。

 さすがにBランクの冒険者ともなると名前を覚えているようだが、ランクの低い新人となるとそうもいかないらしい。


「エンティです」

「フィルイアルです」

「ミア、です」


 三人が名乗ると、受付嬢は書類をパラパラとめくり出した。


「エンティさんに、フィルイアルさんに、ミアさんですね……」


 そこで、受付嬢の手が止まった。


「あ、あなた達。初任務でベレスを退治したって……」


 そして、震える声でそう言った。


「ああ、そうか。この人はいつもの人じゃないから、僕達のことは知らなかったのか」


 その様子を見て、エンティはそう呟いた。さすがに受付嬢も休みがないわけではないだろうから、毎日同じ人というわけにもいかないだろう。


「どうして、これでEランクなんですか」

「さすがに、ギルドも一つの依頼だけでランクを上げるわけにもいかないだろう。だから、妥当な処置だと思うが」


 クラースは絞り出すように言う受付嬢を落ち着かせるように、ゆっくりと言葉を口にした。


「は、はい。そうですね。実績はともかく、ランクからも妥当な依頼かと思います」


 受付嬢はどうにか落ち着きを取り戻すと、依頼の手続きを始める。


「確かに、依頼は受注しました。では、頑張ってくださいね」

「色々と、手間をかけたな。疲れただろうから、少し休むといい」


 クラースが受付嬢を労うように言うと、受付嬢は小さく頷いた。


「行くか」

「はい」

「よろしくお願いします」

「お願いします」


 クラースに促されて、三人はそれぞれ頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ