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休暇の予定

「進級試験も無事終わったようだ。幸いにも、諸君は全員合格しているから安心してほしい」


 一日の授業を終えてから、ルベルはそう口にした。

 事前に結果は知らされていたとはいえ、実際にルベルに言われると生徒達も試験が無事に終わったという実感が湧いてきていた。


「さて、明日から長期休暇に入るわけだが、休暇が終われば諸君は無事進級だ。あと一年だけこの場で学ぶことになるわけだが、以前話したようにきちんと先の事を考えておくように」


 少し浮足立っていた生徒達は、その言葉で気を引き締める。


「良い表情だ。その様子なら、今度の休暇も有意義に過ごせるだろう」


 生徒達の表情を見て、ルベルは満足したように教室から出て行った。


「そうか、あと一年しかないんだな。俺も適当に店でも手伝おうとか考えてたけど、他の道も考えた方が良いかもしれないな」

「そうだね。僕はどうしようかな……属性がないから、魔術関連の仕事は難しそうだし」


 ルベルが出て行ってから、エンティとドランはそんなことを言い合っていた。

 少し前にも将来のことを考えるように言われていたが、進級が決まったこともあってそれが現実味を帯びてきていた。


「お前はここに残るんだろ。前の休暇の時はどうしてたんだ?」

「酒場で仕事をしたり、冒険者ギルドで仕事の依頼を受けたりしていたかな」

「そうか……」


 エンティの言葉に、ドランは考え込む素振りを見せた。


「なあ、良かったら俺もギルドの依頼を受けたいんだが、構わないか」

「それは構わないけど、急にどうしたんだい」


 思いもしなかったことを言われて、エンティは小首を傾げる。


「お前には戦闘のセンスがあるように思うんだよな。だが、それは先天性のものじゃなくて、実戦で身に付けたようなものに感じるんだ。だから、お前と一緒に依頼を受ければ、俺もそれにあやかれるんじゃないかって思ってな」

「僕にそんなものがあるとは、到底思えないけどね」


 ドランがそう言うのを聞いて、エンティは半信半疑というように言った。もちろん、ドランが適当なことを言うとは思っていないのだが、実際にそんなものがあるのかと言われれば、いまいちピンとこなかった。


「ま、こういうのは本人は意外とわからんもんだぜ。一応、親父に通わせてもらってるから、休暇中は店を手伝う約束もあるからな。だから、俺の手の空いた時になるが、いいか」

「僕としては、断る理由はないよ。一人で依頼を受けるよりも、ドランが一緒にいてくれれば心強いしね」

「話が早くて助かるぜ。じゃ、手の空いた時にお前の寮に行くから、よろしくな」


 ドランは軽く手を上げると、そのまま教室から出て行った。


「当然姫様とミアは王宮に帰るだろうし、ドランが一緒にいてくれれば少し割の良い仕事もできそうだね」


 エンティは何となくそんなことを考えていた。さすがに今度の休暇で王宮に招かれることはないだろうし、フィルイアルとミアも帰郷するから基本的に一人で行動することになる。だから、限定的とはいえドランが一緒にいてくれることがありがたかった。


「そろそろ、僕も帰ろうかな」


 エンティはゆっくりと席から立ち上がった。何気なく教室を見渡すと、ほとんど生徒達は残っていなかった。


「あ、姫様まだいるんだ……って、ミアもいるのは当然か」


 フィルイアルとミアがまだ残っているのを見て、エンティは何気なく呟いていた。一応挨拶しておこうか、と考えているとあちらの方からこちらに近付いてきた。


「エンティ」

「姫様、何か用事がありますか」


 フィルイアルに声をかけられて、エンティはそう答えた。


「固いわねぇ。ここには私達しかいないんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに」

「いや、さすがに誰が聞いているかわかりませんから」


 何故か面白くなさそうな顔をするフィルイアルに、エンティは窘めるように言う。


「姫様」


 ミアも同様にやや厳しい視線をフィルイアルに向けた。


「わかっているわよ。少し、冗談を言っただけじゃない」


 二人に窘められて、フィルイアルは不満そうな顔をする。


「それで、姫様。帰郷の挨拶をしにきてくれたのですか」


 話が逸れかけたので、エンティは改めて用件を聞いた。自惚れでなければ、フィルイアルと自分はそれくらいの挨拶は交わせる仲だとも思っていた。


「帰郷の挨拶? そんなわけないじゃない」


 だが、フィルイアルから返ってきたのは予想外の言葉だった。


「えっ?」


 その言葉に、エンティは少なからず衝撃を受けてしまう。フィルイアルとはそれくらい許される仲だと思っていたのは、自分だけだったのだろうか。


「私、帰らないわよ」

「は?」


 全く予想すらできなかった言葉に、エンティはまじまじとフィルイアルを見てしまう。


「何よ、そんなにじろじろと見て。私、そんなに変な事を言った覚えはないわよ」


 フィルイアルは解せない、というようにエンティを見た。


「あ、いえ。てっきり、姫様は王宮に帰るものとばかり」


 エンティは何とか考えをまとめると、どうにか言葉を紡ぎ出した。


「前の時は、あなたのことをあったから帰ったけど。今度は、戻って来なくてもいいってお墨付きをもらっているわ」

「いや、いいんですか。国王陛下や皇太子殿下に顔を見せなくても」

「前は色々とやり過ぎちゃったっていう自覚もあるし、今回は戻らないことにしたわ」


 フィルイアルは小さく舌を出した。


「それで、帰らないことはわかりました。なら、姫様は……ああ、酒場で働きますか」


 エンティは納得したように頷いた。フィルイアルが帰らないということは、当然酒場で働くことになる。王宮に行かされるよりは、ずっと平和的は日々が送れるだろう。


「それもあるけど、私、もう少しお金を稼ぎたいのよね。だから、酒場が休みの時は私と一緒にギルドの依頼を受けてほしいの」

「あ、そういうことですか。僕としては、むしろありがたい申し出なんですが……」


 そこで、エンティは言い淀んだ。ドランとの約束もあったから、どうしたものかと考えてしまう。


「何か問題があるのかしら」

「いえ、ドランにも同じことを言われていまして。もっとも、ドランは店を手伝わないといけませんから、手の空いた時だけですが」

「それなら、一緒に依頼を受ければ問題ないわよね」

「はは、それはそうですね。どうして、そんな簡単なことに頭が回らなかったのだろうね」


 フィルイアルに言われて、エンティはたまらず苦笑してしまう。色々と驚かされたこともあってか、こんな簡単なことすら思いつかなくなっていた。


「ということは、状況次第では四人で依頼を受けられるわけね。思いの外、大きな依頼も受けられるかもしれないわね」

「四人? ってことは、ミアも帰らないのかい」


 エンティはミアに視線をやった。


「当然。わたしは姫様の剣、姫様が帰らないのにわたしが帰る理由はない」


 それを受けて、ミアははっきりと言い切った。


「私は帰っていいって言ったんだけど。ミアも大概に頑固よね」


 ミアに押し切られたことを思い出して、フィルイアルは小さく首を振った。


「姫様は、誰かが見ていないと平気な顔で無茶をしますから」


 ミアはフィルイアルをじっと見る。


「最近は、そこまで無茶はしていない……と、思うわよ」


 フィルイアルも自覚があるのか、強くは言い切れなかった。


「それに、人間相手以外に剣を振るうのも、悪くないですから」


 ミアは腰元の剣にそっと手をやった。ベレス相手にも鋭い太刀筋を見せていたが、やはり人間とそれ以外の相手では勝手が違ってくるのだろう。


「まあ、姫様もミアもそのくらいで。確かに僕も稼げるならそれに越したことはありませんし、ミアがいてくれるなら心強いよ」


 エンティはフィルイアルとミアを交互に見やった。


「そうね。確か、明日はお店休みだったわよね」

「そうですね。なら、明日ギルドの前で待ち合わせ、でいいですか」

「そうね。良い依頼があったらいいわね」

「あと姫様、無理に早く来なくていいですからね。姫様を待たせるとか、心臓に悪いですから」


 エンティは前にフィルイアルと待ち合わせをした時、フィルイアルが早く来ていて驚かされたことを思い出していた。


「どういうこと?」


 それを聞いたミアが、よくわからないというようにエンティに聞いてくる。


「あ、前に姫様と待ち合わせした時、僕も結構早めに行ったんだけど、姫様が先に来ていたんだよ。あの時はもう、驚かされたな」

「姫様」


 エンティとしては何気なく答えたのだが、おおよそを察したミアがフィルイアルを厳しい目で見ていた。


「な、何かしら」

「エンティと二人だけで、依頼受けましたね。あれほど、無茶はしないでくださいと言いましたよね」


 視線を逸らしたフィルイアルに、ミアは詰め寄った。


「大丈夫だよ、ミア。それほど無理は依頼は受けていないから」

「なら、いい」


 エンティに言われて納得したのか、ミアは渋々ながら引き下がった。とはいえ、狼退治の依頼を受けたと素直に言っていたら、更にややこしいことになっていただろう。

 それに気付いたフィルイアルが、エンティに向けてありがとう、というように片目を閉じた。

 エンティはミアに気付かれないように、小さく頷いた。

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