後始末
「これは由々しき事態だ。よもや、学院に暗殺者が侵入し、よりにもよって姫様のお命を狙うとは……状況からして、内通者がいたとしか考えられん」
ガオレは深刻な表情をしていた。
「はい、私も学院長と同様の意見です」
ルベルもまた、深刻な表情をしているのがわかった。普段からあまり表情を変えないルベルがここまでなのだから、状況がいかにまずいのかと思い知らされる。
「学院長。それから、ルベル先生。今回の件、私は学院に責任を問おうとは思いません」
そんな二人に、フィルイアルは落ち着いた口調で言った。
「いや、しかし……今後も同じことが起こらないとも限りません。再発防止の対策は、しっかりと行うべきかと」
ルベルはフィルイアルの方を見る。
「ええ、それはもちろんお願いしたいです。幸い今回は被害がありませんでしたし、襲われたのが私だったのも良かったです。ですが、他の生徒達に被害が及ぶようなことは絶対にあってはいけませんから」
「……姫様。あなたはそうおっしゃいますが、もし姫様の身に何かあれば、学院の存在そのものが揺るぎかねません。どうか、ご自分の身をしっかりと案じてください」
フィルイアルが自分が襲われて良かった、と言い出すのでガオレは窘めるように言った。
「そう、ですね。私がそれを望まなくても、周囲がそれを許さないでしょうから。ミアがいてくれることもあって、少し自分の身を軽く見ていたかもしれません。今後は、気を使うようにしますね」
フィルイアルは自分の発言が迂闊だったことに気付くと、謝るように言った。
「で、何で僕達までここにいるんだろうね」
三人の会話を聞きつつ、エンティは隣にいるドランに囁いた。暗殺者の一件が表沙汰になったら学院全体、特に生徒達に動揺が生じてしまう。そういった配慮もあって、この件は当事者以外には伏せられている。
「そりゃ、俺達も関係者だからだろ。今後の方針とか、俺達も無関係じゃいられないからな」
ドランはそう囁き返す。
「面倒なことになったね。試験の結果もうやむやになった感があるし」
「お前なぁ、あんなやばい奴に襲われたのに試験の結果の心配かよ」
「まあ、ベレスに比べれば、ね」
呆れたように言うドランに、エンティは小さく首を振った。あの暗殺者もかなりの腕だったのかもしれないが、どうしてもベレスに比べるとあまり大したことのない相手に思えてしまう。
「ありゃ確かにやばかったからな。だが、知能がない獣と知性がある人間は全く別物だ。それは忘れるなよ」
「わかった」
ドランに忠告されて、エンティは頷いた。
「確か、君がミアに対して剣を持つなと指示したのだな」
ガオレは若干の疑いの目をルベルに向けた。
「私がミアに帯剣を許可しなかったのは事実です。ここは魔術学院であり、あくまで試験は魔術で行うべきだからです。状況からして、私が疑われるのも無理はないでしょう。ですが、ミアの帯剣不許可は、私以外の全教員が当然の処置だと受け止めているはずです」
それを受けても、ルベルははっきりと言い切った。
「いや、すまない。状況が状況なだけに、いらぬ詮索をしてしまった。君のことは特に信頼していたから、もしも裏切られていたらと思うとつい、な」
ルベルの落ち着いた態度に、ガオレも自分が余計なことをしたと気付かされた。
「暗殺者は、何か喋りましたか?」
そこで、ミアが小さいがはっきりとした声でそう聞いた。
「一切何も喋らないな。あの手の人間が、そう簡単に依頼主のことを吐くとも思えないが」
ルベルは少し困ったように答える。暗殺者が何か吐いてくれれば、もっと楽になったという思いがあったのだろう。
「自死する可能性が、あります」
「それについては、十分に配慮はしている。もっとも我々にできることなど、たかが知れているかもしれないが」
「あくまで、推測、ですが」
ミアはそう前置きしてから続けた。
「相手は、わたしの剣を脅威とみていました。だから、わたしが剣を持っていない時を、狙ったと。恐らく、そこまで金額を積めなかった、と思います」
そして、フィルイアルの方をちらっと見やる。
エンティもミアが何を言わんとしているのか、おおよその検討がついていた。
「ミアは、ブルグンドが怪しいと思っているのね」
フィルイアルに言われて、ミアは頷いた。
「何か、心当たりがあるのですか」
ガオレが少し期待するようにフィルイアルを見る。
「残念ですが、彼ではありませんね。確かに彼は私を恨んでいて、刺客を送る可能性だけならあります。ですが、現実的にそれはほぼ無理ではないかと。彼にはそれだけの伝手も交渉力もありませんから。それに、私に刺客を送りたい人間など、心当たりが多すぎて検討もつきません」
フィルイアルはゆっくりと首を振った。
「姫様、そういうことは事前に仰っていただけますか。事が起こってからでは、遅いのですよ」
「いえ、実際に行動する愚かな人間がいるとは思いませんでしたので。それについては、私の怠慢だと言われたら、否定できませんね」
ガオレの口調に僅かだが責めるようなものが混じっていたので、フィルイアルは言い訳するように答える。
「確かに、姫様を暗殺しようなどと、普通の人間なら考えませんな。ですが、刺客を送る人間心当たりが多すぎるとは、いささか感心できません」
「学院長、それよりも」
話が逸れてきたので、ルベルはそれを修正する。
「うむ。今後同じことが起きないようにする、だな。だが、内通者がいる可能性がある以上、いくら対策を取っても同じことが起きかねん」
「卒業生が手引きした、という可能性はありませんか」
フィルイアルがそう言うと、ガオレとルベルは顔を見合わせた。
「その可能性もあるか」
「だが、そうだとしたら、もはや手に負えん」
「……もし、次の機会があるとしたら卒業試験の時でしょう。さすがに、特例として帯剣を認めるわけにはいきません。その時は厳重に警戒をし、日時もギリギリまで伏せましょう」
ルベルは少し思案してから、ガオレにそう進言した。
「現状では、それが一番か。姫様、よろしいですね」
「わかりました」
ガオレの言葉に、フィルイアルは小さく頷く。
「姫様、今後は今まで以上に自分の身を気遣って下さい。ミアも、しっかり姫様を守ってくれ。よろしく頼む」
ルベルはフィルイアルとミアに対してそう言った。
「はい」
「わかり、ました」
二人はそれぞれそう返事をする。
「そういえば、試験はやり直しですか? あんなことが起こったから、試験どころではなかったですし、きちんとした査定もできていないと思いますが」
フィルイアルは思い出したように聞いていた。
「いや、それに関しては心配しなくていい。四人とも、試験は合格基準に達している。わざわざやり直すとなると、周囲に説明しないといけなくなる」
ルベルは四人が試験に合格していることを告げる。
それを聞いて、四人は少なからず驚かされていた。あんなことがあっては試験どころではなかったはずなのに、しっかりと査定が行われていたからだ。
「それに、暗殺者を撃退したというだけでも、十分に合格に値する。正直なところ、今でも信じ難い話だ。だが、それ以上にお前達が無事だったことが、本当に良かったと思っている」
そこまで口にして、ルベルは思わず目元を抑えていた。
「……先生」
そんなルベルを見て、四人の言葉が重なった。普段から落ち着いていてあまり表情を変えないだけに、こんな一面もあったのかと思わされた。
「すまないな。今になって、お前達に何かあったらと思うと、怖くなってしまった。本当に、無事でいてくれて、良かった」
四人の視線を受けて、ルベルは安堵したような笑みを浮かべていた。
「普段は落ち着いている君も、生徒の危機には穏やかではいられないか。特に今回は、姫様も関わっていることだしな」
「いえ、姫様も他の生徒も、同じ生徒であることには変わりません」
「そう、か。そうだな。この学院で学ぶ以上、皆大事な生徒だ」
ガオレは立ち上がると、ルベルの肩を軽く叩いた。
「学院長」
「さて、今回の件はこれで終わりとしよう。諸君、今回は本当にご苦労だった。それから、今回の件は他言無用でお願いするよ」
ガオレに言われて、四人は部屋から出る。
「姫様、本当に刺客を送る相手に心当たりが多すぎるのですか」
そこで、ドランがフィルイアルにそう聞いた。
「ミア」
フィルイアルはミアに声をかけてから、周囲を見渡した。
「ああ言っておけば『わざわざ自分が手を下さなくても誰かがやってくれる』って思ってくれるでしょう」
ミアが頷いたのを見てから、フィルイアルはそう言った。
「やっぱり、そんなところでしたか。でも、先生の前で言うことはないでしょう」
「内通者がいる可能性があるのなら、知らせてあげるべきじゃない」
「ははっ、違いないです」
フィルイアルの言葉に、ドランは思わず笑ってしまった。
「でも、みんなが無事で良かったわ。私を狙った暗殺者に殺されたなんてなったら、後悔してもしきれないもの」
「そうですね。ベレスに比べれば楽な相手でしたが、それでもみんなが無事で良かったです」
胸を撫で下ろすフィルイアルに賛同するように、エンティもそう言った。
「それにしても、エンティ。あなた、ミアにまであんなことをさせるなんて。おかげで助かったけど、みんながあなたと同じことができるとは思わないで」
「えっ、何で僕が怒られるんですか。それに、属性がない僕ができるんだから、風属性のミアならできて当然だと思ったんですよ」
フィルイアルに詰め寄られて、エンティはしどろもどろになってしまう。
「姫様。わたしが心配だったのはわかりますけど、みんなが無事だったんだから、それが一番です」
ミアは少しだけ笑みを浮かべていた。
「うっ……そうだけど。でも、やっぱり慣れないことをしていたから、とても心配だったのよ」
「だからって、エンティに当たらない」
「……ごめんなさい、エンティ」
ミアに諭されて、フィルイアルはエンティに謝った。
「いえ、姫様がミアのことを大切に思っている事、良くわかっていますから」
二人の関係が微笑ましく思えて、エンティは思わず笑みを浮かべていた。




