暗殺者
「フレイム……」
「ドラン、待って」
跳躍してきた相手を迎撃しようとしたドランを、エンティは制した。
「おい、どういうことだよ」
ドランは男の攻撃を大きく飛び退いてかわすと、エンティに文句を言う。
「魔術学院に乗り込んできているんだ。何の準備もしていないっていうのは、ちょっと考えられないよ」
「そういうことか。確かに、迂闊だったな」
エンティにそう言われて、ドランは納得したように頷いた。
「ほう、少しは頭が回るようだな。だが、それは自分でオレには勝てないと自白しているようなものだが」
男はエンティの方をちらりと見る。
「それで、あなたは何が目的でここに……」
エンティがそう言いかけた時、男がすっとナイフを顔の前に出した。
「やっぱり、簡単には喋ってくれなさそうだね」
エンティは男の様子をじっくりと確認する。身のこなしは並大抵のものではなさそうだし、魔術に対しても何らかの対策をしていると考えていい。
それでも、ベレスを相手にするよりはずっと与しやすい相手にも思えた。
「中々に厄介な相手だけど、ベレスに比べたら幾分は楽かな」
そして、ドランの方を見やってそう言った。
「お前、言うじゃねえか。そういや、俺らはベレスに襲われたことあったな。あの時に比べりゃ、今の状況はまだましか」
そう言われて、ドランはたまらず笑い出していた。
「ベレス、だと。はったりにしても、少しは言葉を選ぶことだな。貴様らのような半人前が、あれに襲われて無事でいられるはずもない」
ベレスの名前を聞いて、男は目を見開いた。だが、それを二人の虚勢だと判断してすぐに落ち着きを取り戻す。
「まあ、信じるも信じないもあなたの自由だけどね」
「面白い。それがはったりかどうか、確かめてやろう」
エンティが自信ありげな笑みを見せると、男は僅かに腰を落とした。
「サンダージャベリン‼」
今にも飛び掛かってきそうな男の出鼻を挫くように、その頭上から幾本もの雷が降り注いだ。
「ちっ、こざかしい」
男は飛び退いて雷をかわす。思っていたよりも雷の範囲が広かったこともあり、かわしきれなかった雷はナイフで打ち払った。
「なるほど、あのナイフは魔術を弾ける何かが施されている、ってことか」
男の様子を見て、エンティはナイフ以外に魔術を処理できる術はないと判断していた。もし服などにも処理がほどこされているのなら、わざわざ回避行動を取らないだろう。
もっとも、その行為自体がこちらを惑わせるための撒餌の可能性もあるが。
「あなたの狙いは私でしょう。関係ない生徒を巻き込むのは止めなさい」
男に対して、凛とした声が浴びせられた。
「あなた達、だったの」
二人の姿を確認したフィルイアルは、どこか安堵したように言った。
「姫様、一体どうなっているんです」
「色々説明すると長くなりそうだから、簡潔に言うわね。彼は私に対する刺客よ」
説明を求めたエンティに、フィルイアルはそう答える。
「刺客って、姫様。何やらかしたんですか」
今度はドランがそう聞いた。
「さあ。心当たりはあり過ぎて、特定できないわね」
フィルイアルは冗談とも本気とも取れるような口調で言った。
「そういえば、ミアは?」
「おいおい、まさか」
ミアの姿が見えなかったので、二人は最悪の事態を想像してしまっていた。
「大丈夫」
そんな二人の背後から、ミアが音もたてずに姿を現した。
「おい、いきなり出てくるなよ。心臓に悪いだろ」
ドランは安堵半分、驚き半分といった感じだった。
「ごめん。今のわたしは、剣がないから」
ミアは小さく首を振った。
「そうか。でも、ミアだって魔術を勉強してきたんだ。剣がなくても、魔術を使えば」
「駄目。わたしの魔術は、この中で一番劣っている。だから、まともに戦えない」
そう言いかけたエンティの言葉を、ミアは遮った。
「お姫様には凄腕の護衛がついている、っていうのは少しばかり有名だからな。だから、この時を狙わせてもらった」
それを補足するように、男が口を開いた。
「おいおい。それだと、この学院に内通者がいるってことじゃねえか」
それを聞いて、ドランが信じられないというように言った。今日進級試験で、ミアが剣を持っていないことなど、学院の関係者でなければわからないことだ。
「まあ、お前達にとってはどうでもいいことだろう。ここで全員死ぬんだからな」
男は馬鹿にしたように言うと、ナイフをフィルイアルに突き付ける。
「私達は、ベレスも退けているのよ。そう簡単に殺せるとは、思わないことね」
それを真正面から受け止めて、フィルイアルはきっぱりと言い切った。
「はっ、お姫様もそんな虚勢を張るか」
男は一足で間合いを詰めると、フィルイアルにナイフを突きつける。
「ライトニングブラスト!」
フィルイアルが放った雷は、いとも簡単にナイフで弾かれた。
「ファイアランス!」
時間差でドランが炎を放った。
「面倒な」
男は軽く地面を蹴って炎をかわす。エンティはその様子からして、ナイフ以外に魔術を弾く手段はないと確信できた。
「ミア、君の属性は何だったかな」
一つ思いついたことがあって、エンティはミアにそう聞いた。
「……風、だけど」
不意にそんなことを聞かれて、ミアは疑問を抱きつつも答える。
「なら、やりようはあるか。姫様、ドラン。悪いけど少し時間を稼いでくれないかな」
打開策を思いついたエンティは、ドランとフィルイアルにそう言った。
「何か、策があるのね。いいわ、あなたのことだから期待しているわよ」
「そうだな。ベレスの時も、エンティに助けられたしな」
エンティの言葉に、二人は頷いた。
「二人でオレを止めるか。随分と甘く見られたものだな」
男は口先ではそう言うが、先程までとは異なりかなり慎重になっていた。
「よし、今のうちだね」
男の動きが止まったのを見て、エンティは好機と捉えた。
「ミア、今から僕がやることをよく見て」
エンティは普段薪を割る時にやるように、指先に風の刃を作った。
「えっ?」
ミアは驚いた顔でエンティの指先に作られた風の刃を見つめる。
「同じこと、できるかな」
「わからない」
「属性のない僕が、簡単にできるんだ。風属性の君にできないわけがない」
首を振るミアに、エンティは強く言った。
それを受けて、ミアは指先に意識を集中させる。
ミアの指先に小さな風の刃が発生した。
「あっ」
ミアが驚いたように小さく声を上げた。
「いいね。でも、剣の代わりにするなら指先じゃなくて手全体で刃を作るようにしよう」
「わかった」
ミアは指先でなく、手全体に意識を集中した。
手の先から風の刃が発生する。それは短剣程度の長さがあった。ミアが普段使っている剣はそこまで長いものでもなかったが、これでは少し短過ぎる。
「ちょっと短いね。もう少し長くした方がよさそうだ」
ミアも同じことを考えていたのか、更に意識を集中させた。少しずつ風の刃の長さが伸びていった。
「これが、限界」
ミアは大きく息を吐いた。最初の短剣程度の長さに比べれば倍以上にはなっていたが、それでもミアが普段使っている剣の半分を少し超えたかどうか、といったところだった。
「行けそう?」
エンティが聞くと、ミアはゆっくりと頷いた。
「強化魔術をかけようか」
「これを制御するだけでも大変なのに、あんな凄いのをかけられたら制御しきれない」
「わかった」
エンティがそう言うと、ミアは駆けるように飛び出した。
「さて、どうしたものかな」
男は二人を交互に見やって、悩むような素振りを見せた。
「まあ、当初の予定通り依頼を果たすことにしよう」
男はフィルイアルに向けてナイフで斬りかかった。
「その程度の太刀筋、ミアには到底及ばないわよ」
「そうだろうな。だが、オレはあくまで暗殺者。相手を殺せれば何でもいい」
男は同時に隠し持っていたナイフを投げつける。
「姫様」
二方向からの攻撃を見て、ドランが声を上げた。
フィルイアルは投げれられたナイフは無視して、男が手に持っている方のナイフにだけ集中した。
だが、投げつけられたナイフは地面に叩き落される。
そして、男のナイフはミアの風の刃が受け止めていた。
「姫様、無事?」
「ミア」
ミアの右手から風の刃が伸びているのを見て、フィルイアルはエンティがそれを教えていたのだと察した。
「普段通りにいかないけど、多分やれます」
「わかったわ。私達もサポートする」
ミアはフィルイアルを護るように男の前に立ちはだかった。
それを見て、フィルイアルはミアから少し離れた位置に立つ。
「おいおい、どうなってるんだ。まさか、風の魔術で疑似的な剣を作り上げたってことか」
ミアの様子を見て、男は忌々しいというように吐き捨てる。
「さて、どうするかな。僕達はベレスも退けるくらいのことはできる。あなた一人ではちょっと大変だと思うけど」
エンティは挑発するように言った。
「いくらお姫様とはいえ、半人前の魔術師。しかも、その護衛は剣を使えないときている。そこまで高い報酬ではないが、楽な仕事だと思って引き受けたのが間違いだったか」
男はやれやれ、というように息を吐いた。
「私も色々なところから恨みを買っている自覚はあるわ。でも、この魔術学院で、しかも関係のない生徒まで巻き込んだことは絶対に許さない」
フィルイアルは射貫くように男を見た。
「良くない噂はよく聞くが、腐っても王族だな」
それに一瞬だけ気圧されたものの、男はそれに気付かれないように軽口を叩く。
「あなたを捕らえて、洗いざらい話してもらう」
ミアは男との間合いを一気に詰めると、風の刃を振り下ろした。
「おっと、危ない危ない」
ナイフで受け止めるのは難しいと思ったのか、男は大きく飛び退いた。
「これは旗色が悪いな。依頼主には文句の一つも言わないと気が済まん」
「油断大敵だよ……アイシクル・ランス」
男が飛び退いた先に、エンティは氷の槍を降らせた。
全く予想外からの攻撃に、男は完全に対処しきれなかった。男の足元は完全に凍り付いて動けなくなっていた。
「足が、凍ったか」
「ライトニングブラスト!」
間髪入れず、フィルイアルが電撃を放った。
それをくらった男は、気を失ってその場に倒れ込んだ。
「終わった、わね」
その様子を見て、フィルイアルは大きく息を吐いた。
「何とか、なった」
ミアの右手から風の刃が消える。それと同時に、膝から崩れ落ちた。
「ミア!」
フィルイアルが慌ててミアに駆け寄った。
「大丈夫、です。慣れないことをして、ちょっと疲れただけ」
フィルイアルに支えられて、ミアは弱々しい笑顔を見せた。
「さて、こいつはどうするかな」
ドランは倒れている男に目をやった。
「そうね、まずは先生を呼びましょう。こうなったら、試験どころじゃないもの」
「なら、俺がちょっくら行ってくるか」
フィルイアルがそう言うと、ドランが走っていった。
「あっ、ちょっと」
エンティが止める間すらない。
「姫様、一応この男を確認して」
「そうね」
ミアに言われて、フィルイアルは隠されていた男の顔を確認する。
「やっぱり、心当たりはないわね」
「そう、ですか」
フィルイアルの言葉に、ミアは面倒そうな顔をしていた。




