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試験当日

「いよいよ、今日は進級試験だ。試験となると緊張して普段の力を出せないこともあるが、そういう時は落ち着いて今まで鍛錬してきたことを思い出すように」


 進級試験の当日、ルベルは生徒達を試験場の前に集めてそう言った。さすがに試験ともなると、生徒達も緊張しているのが嫌というほど伝わってくる。

 そして、その試験場の門は複数用意されており、これが全部同じ所に繋がっているのか、それとも全く別の場所に行き着くのかすらわからなかった。


「具体的な試験内容だが、こちらが用意した魔術による疑似生命体を魔術で撃破することになる」


 意図的なのか、ルベルは魔術で撃破、の部分を強調して言ったようにも聞こえた。その視線が、フィルイアルとミアの方に行ったのはエンティの気のせいだったか。


「疑似生命体、ですか。魔術でそういう物を作れると聞いたことはありますが。まだ、実用段階に至っていないとも聞いています」


 魔術による疑似生命体、という単語を聞いてフィルイアルが反応していた。


「これに関しては、国王陛下に逐一報告しているから、姫様の耳に入っていてもおかしくはない、か。まだ実用段階には至っていないが、生徒に対する試験に使える程度には精度が上がってきている。これが実用段階になったら、兵士の代わりに戦わせることもできるだろうが……陛下が何も考えずに戦争するほど愚かな方とは思えないから、無駄になりそうでもあるな」

「はい、私もそうなることを願っていますわ」


 フィルイアルは胸元に手を当てると、ゆっくりと頷いた。


「と、話が逸れたか。まあ、そこまで精度が高いものではないとはいえ、甘く見ていると怪我をしかねない程度の強さはある。各自、十分に気を引き締めて試験に臨むように。準備ができたら、好きな門から試験場に行きなさい」


 ルベルが試験の開始を告げた。


「おい、まさか入った場所で難易度が変わるとかねえよな」


 門が複数あったこともあって、ドランはそう言った。


「安心しろ。疑似生命体自体は全部同じに作ってある。若干の個体差はあるが、さすがにそれは見逃して欲しい。全部を寸分なく同じに作るのは、今の技術では無理だからな」


 それが聞こえていたのか、ルベルが幾分の笑みを浮かべながらそう言った。


「あ、そうですか」

 

 まさかルベルに聞かれていたとは思わず、ドランはばつが悪そうな顔をしていた。


「入った中で、他の生徒と鉢合わせる可能性もあるが、あくまで標的は疑似生命体だ。だから、他の生徒と鉢合わせてもいざこざは起こさないようにな」

「わかりました」


 そうこうしていると、何組かの生徒は試験場の門をくぐっていた。


「僕達も行こうか」

「そうだな」


 エンティはドランを促した。


「エンティ、ドラン」


 まだ残っていたフィルイアルが、二人に声をかけた。


「お互いにベストを尽くしましょう」


 フィルイアルの言葉に、二人は頷いた。


「当てにしているぜ、エンティ」

「僕のほうこそ、よろしく頼むよ、ドラン」


 そして、二人は軽く拳を突き合わせた。


「さて、と」


 二人が門をくぐると、こんな施設が学院内にあったのかと思わせるような広い場所が広がっていた。


「前から無駄に敷地が広いと思っていたが、こんな場所があったとはな。そりゃ、敷地も広くなるか」


 ドランは周囲を見渡すと、そう呟いた。


「それに、建物の中だっていうのに、まるで外にいるような気分にさせられるね」


 エンティも同様に周囲を見渡していた。

 木々が茂っていたり、草まで生えていたりと室内にいるとは思えなかった。


「なるほど、疑似生命体の精度が悪いから、こういった視界の悪い所で試験をやるわけか」

「ということは、どこから出てきてもおかしくないってことか」


 二人は互いの視線を軽く合わせると、疑似生命体がどこから出てきてもいいように身構える。


「ここで棒立ちしていても仕方ないか」


 全く姿を現す気配がなかったので、エンティは一歩前に踏み出した。


「そうだな。奇襲されてもいいように、注意しながら進むか」


 それに合わせるように、ドランも周囲を警戒しながら歩き出す。


「ギギギ……」


 とても人が発するとは思えないような声が聞こえてきた。


「近くにいるようだね」

「ああ」


 どこから襲われてもいいように、二人は無意識のうちに背中合わせになった。


「そこか」

「そこだ」


 二人はほぼ同時に、同じ方向に魔術を放っていた。

 疑似生命体には痛覚がないのか、悲鳴を上げることはなくその場に倒れ込んでいた。


「疑似生命体、っていうからどんな物かと思っていたけど。さすがに人型じゃなかったようだね」


 エンティは念のためもう一度魔術を叩きこんだ上で、倒れている疑似生命体に近寄った。


「人型なんか、そう簡単には作れねえだろ。それにしても、よくできてるな」


 ドランもまた、疑似生命体を覗き込んだ。


「で、二人同時に魔術当てたんだが、これどうなるんだ」

「ほんと、無意識で体が反応しちゃったからね。まさか、二人同時に反応するとは思わなかったけど」


 疑似生命体の右半分は焼け焦げ、左半分は凍り付いていた。普通に考えれば、二人で協力して倒したものと判断されるだろうが、そういった基準を一切聞かされていないのでわからない。


「にしても、だ。火と水は相性が悪いっていうが、当て方次第ではどうにでもなるもんだな」

「ほんと、偶然とはいえ綺麗に分かれて当たったね。でも、火と水は相性が悪いのは事実だから、かち合わないように気を付けないと」

「だな」


 そうしているうちに、倒れている疑似生命体は音もなく消えていった。


「消えた、か。どういう構造してるんだか」

「さあ、ね。でも、相当高い技術が使われていることは間違いなさそうだよ。行こうか」

 

 二人は周囲に気を使いながら、奥へと進んでいく。

 時折襲ってくる疑似生命体を退けつつ、さらに奥へと進んでいくうちに幾つかわかったことがあった。

 疑似生命体は複数で襲ってくるように設定されていないのか、遭遇する時は必ず一体だけだった。それに加えて、一体を倒してから次が襲ってくるまでにある程度間隔が空けられている。


「なるほど、試験だから決して無茶はさせないように設定されているわけか。そこまで細かい設定ができるなんて、思っているよりも高度な技術だぜ、これは」

「そうだね。先生は油断したら怪我するかもしれない、と言っていたけど。今のところはそこまで危ない感じもないし……」


 エンティはあまりに手応えがない疑似生命体に、いくらか疑念を抱いていた。ルベルが言うほど危ないような相手には思えなかった。


「エンティ‼」


 ドランが何かに気付いたのか、大声を上げる。

 それに反応して振り向くと、疑似生命体が襲い掛かってきた。


「アイスジャベリン!」


 咄嗟に放った氷が、疑似生命体を貫いた。


「伏せろ、エンティ」


 ドランに言われて、エンティはすっとその場に伏せた。


「ファイアランス!」


 エンティの頭上を炎の槍が飛んでいくと、疑似生命体に突き刺さった。


「大丈夫か」


 ドランはエンティにすっと手を差し出した。


「君のおかげで、何とかね」


 エンティがその手を取ると、思っていたよりも強い力で引き上げられた。


「なるほどな。少しずつ難易度を上げていくってわけか」

「危うく騙されるところだったよ。あまりに手応えがなかったから、大したことはないのかと思い込みそうになっていたね」

「このタイミングで仕掛けてくるのは、ちょっと性格悪いな」

「そういうのも込みで、二人一組での試験かもしれないね」


 エンティは小さく息を吐いた。突然襲われたことには驚かされたが、それでも狼の群れに囲まれたあの時に比べれば大したことはない。


「お前って、意外と度胸が据わってるよな。急に襲われたっていうのに、あまり動揺してないようだし」


 そんなエンティを見て、ドランが意外そうな顔をしていた。


「それだけ、君のことを信頼しているってことかな。事実、君のおかげで助かったしね」

「ま、当てにされるのも悪い気はしないけどな」

「さて、これからはもっと相手が強くなるってことだから、油断せずにいかないとね」

「そうだな」


 試験の詳しい内容がおおよそわかったこともあって、二人は頷き合う。


「人の気配がする、な。そういえば、他の生徒と鉢合わせる可能性はあるって先生が言っていたな」


 そこで、ドランが近くに人の気配がすることに気付いた。


「確かに。二人以上の場合、疑似生命体はどう動くんだろうね」


 エンティもそれに気付いて、疑似生命体の挙動が気になっていた。


「もしかしたら、俺らの試験と疑似生命体の挙動確認、両方兼ねてるのかもな」

「そうだとしたら、中々のやり手だね」

「まあ、学院運営も慈善事業じゃないからな。俺が学院長なら、よくやったと褒め称えるぜ」

「君らしい。でも、どうしようか。鉢合わせたら面倒なことになりそうだけど」

「かといって、ここで戻っても撃破数は稼げなさそうだしな」

「……先に進むしか、ないか」


 エンティとしては面倒事は避けたかったが、それだけの理由で試験を放棄するような行動もできない。ましてや、一人ではなく二人で試験を受けているのだから尚更だ。


「相手も試験に落ちたくないから、変なことはしねえだろ」

「それもそうか」


 二人は更に奥へと進んだ。

 

「妙、だね」


 しばらく歩いてから、エンティはそう呟いた。


「妙?」

「難易度が上がったはずなのに、全然襲ってこない」


 エンティは先程の奇襲から考えて、攻撃間隔が短くなると予想していた。だが、実際は最初の時よりも時間が経っているのに全く襲ってこない。


「それに、近くに誰かがいるのは間違いはない。でも全く鉢合わせるような感じがしない」

「言われてみれば。何か、問題でも起こったのか」


 エンティの言葉を聞いて、ドランは警戒するように周囲を見渡した。


「いや、やっぱり変だな。二人一組のはずなのに、一人で行動している奴がいる。それもかなり近くにな」

「うん、僕もそれが気になっていたんだ。部外者なのか、トラブルが起こって、一人で行動せざるを得なくなったのか。いずれにしても、何か面倒なことになっていると思う」


 ここで二人は足を止める。単独行動している相手に関わるべきか、それとも相手にしないで距離を置くべきか。その判断に迷っていた。

 その時、物陰から誰かが飛び出してきた。

 その相手は明らかに敵意があったので、二人は大きく飛び退いた。

 二人がいた地面に、数本のナイフが突き刺さっていた。


「ちっ、違ったか」


 顔を隠しているので性別すらわからなかったが、その声は男の物だった。

 

「おい、誰だよあんた」


 ドランは右手に炎を宿らせる。


「見られたからには、お前達も処分しないといけないようだな」


 男はドランの問いには答えず、懐からナイフを取り出した。


「面倒とか、そういうの超えてるんだけど。どうして部外者がここに侵入できてるのかな」


 エンティも右手に氷を宿らせた。


「半人前の魔術師が、オレに勝てるなんて思わないことだな」


 男はほとんど予備動作なしで大きく跳躍した。

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