依頼人
「えっと、まず依頼人に詳しい話を聞かないと状況がわからないみたいだね」
道すがら、エンティは依頼の内容を確認していた。
「狼も単体ならそれほどでもないけど、群れになると厄介なようね。どこにどれだけの数が出るのか、最低でもそれくらいは把握しておかないと、対策の立てようもないわ」
フィルイアルはエンティに同意するように頷いた。
「まあ、普通の狼ならさして問題はないと思うよ。少なくとも、ベレスよりはやりやすい相手だろうし」
「あれはもう……四人がかりでようやく、だったもの。正直、もう相手にしたくないというのが本音よね」
ベレスの名前を聞いて、フィルイアルは顔も見たくないというように首を振った。
「はは、それは僕も同意だよ。でも、ランクの高い冒険者なら、あんな化物でも難なく倒してしまうっていうんだから、ちょっと想像ができないね」
「ああ、あなたの先生の仲間のあの人ね。本当にそこまでの実力があるのかわからないけど、あのミアをあそこまで圧倒するんだから、相当の腕前なのでしょう」
そんな話をしていると、依頼人が指定した場所に辿り着いた。
「確か、ここの酪農農家の人、だったかな」
「心なしか、家畜の数が少ないようにも感じられるわね」
一見すると何の変哲もない牧場に見えるが、その広さの割には家畜の数が少なかった。狼の被害に遭っていることが、簡単に予想できる。
「とりあえず、あそこで作業している人に聞いてみようか」
「そうね」
二人は外で何らかの作業をしていた農民に話しかけた。
「なんだ、あんたらは。どう見てもここの人間じゃなさそうだが」
「はい、僕達はギルドの依頼で来ました」
エンティがそう言うと、農民は一瞬驚いたような顔になった。
「へぇ、あんたらみたいな若い奴が、冒険者やってるってか。本当に、あの狼をどうにかできるもんかね」
だが、すぐに値踏みするようにじろじろと見渡してくる。
「ええ、ですから、詳しい話を聞きたいと思いまして」
「あんたみたいな綺麗な姉ちゃんに、冒険者なんか務まるとも思えねえが」
フィルイアルが詳しい話を聞こうとすると、少し馬鹿にしたような視線を送って来た。
「私達を、甘く見てもらっては困るわね」
すると、フィルイアルは相手をきっと見据えた。
「ほ、ほう。思ったよりもできるようじゃねえか」
それに気圧されたのか、農民はたじろいてしまう。
「フィル、僕達は仕事で来ているんだから、相手を威圧してどうするんだい」
それを見て、エンティはやんわりとそう言った。普段は華奢な美少女だが、ここぞというときの迫力はやはり王家の人間のものだった。
「……それも、そうね」
フィルイアルは小さく息を吐いた。すると、先程までの強烈な威圧感がたちどころに消えていた。
「と、とにかく、あんたらが只者じゃないことはわかった。詳しい話は、村長に聞いてくれ。村長の家はあそこにあるから」
フィルイアルの威圧から解放されたことで気が抜けたのか、農民はへたり込みそうになるのをどうにか堪えていた。震える指で村長の家を指すと、早く行ってくれというような顔になっていた。
「ありがとうございます。行こう、フィル」
「ええ」
さすがに農民が可哀想に思えて、エンティはフィルイアルを促した。フィルイアルも特に思うところはなかったようで、エンティの言葉に従う。
村長の家の前で、エンティは扉を数回叩いた。
「何か」
使用人らしき女性が、扉の奥から顔を出す。
「ギルドからの依頼で、狼退治にやってきました。詳しい話を聞かせてもらいたいと思いまして」
「あ、冒険者の方ですか。お待ちしておりました。村長から詳しい話を聞きたいのですね、少しお待ちください」
使用人は奥に戻っていくと、大きな声で村長を呼んでいた。
しばらくすると、中年の男性が顔を出した。
「……お若い、ですな。いや、ギルドが派遣した冒険者を騙るような不届き者には見えませんが」
村長は二人を見て、半信半疑といった表情をしていた。
「こちら、ギルドからの依頼書になります」
エンティはギルドからの依頼書を村長に差し出した。
「これは、確かに。ギルドからの依頼書ですな。詳しい話をしたいから、奥へどうぞ」
それを確認すると、村長は二人を奥の部屋へと促した。
「大したもてなしもできずに、申し訳ない」
二人が席に着くと、村長は申し訳なさそうに言う。
「いえ、僕達は仕事で来たので、お構いなく」
「それよりも、仕事の話をして頂けませんか」
二人がそう言うと、村長は意外そうな顔をしていた。
「性質の悪い冒険者になると、依頼料以外にも色々とたかってくるという話も聞きますし、少し警戒していたのですが……どうやら、あなた方はそうではなさそうだ」
「はぁ、そんな人もいるんですね」
エンティは半ば呆れたようにそう言った。
「でも、私達は違いますから安心してくださいね」
フィルイアルは穏やかな笑顔で、村長を安心させるように言った。
「そうですか……では、依頼の内容を話しましょう。数か月前から、狼の群れがこの農場の家畜を襲うようになりまして……最初は村人だけでも何とかなっていたのですが、奴ら、知恵をつけてきたのか、村人だけでは対処しきれなくなりまして」
村長の表情は深刻で、それだけでも狼の被害が大きいことがわかった。
「具体的な数とかは、わかりますか」
「大体二十から三十くらいかと。奴らは夜にやってきて、家畜を必要最低限だけ狩っていくんです。まるで、根こそぎ奪うと次がないと知っているかのような」
村長はそこで、顎に手を当てて考え込む。
「随分と頭が良い狼のようね。甘く見ていたら、逆にこちらがやられてしまうかもしれないわ」
「奴らが襲ってくるのを待つんじゃなくて、奴らの巣穴を探した方がいいかもしれないね。村長、奴らの巣穴はわかりま……せんか」
村長の顔を見て、エンティは村長が狼の巣穴を知らないことに気付いた。
「なら、私達で探すしかなさそうね。村長、奴らがどこから来ているか、おおよその予想もできませんか」
「奴らは、毎回違う方向からやってくるんです。まるで、こちらの警戒網を把握しているかのように。あっ、でも、南側から来たことはありませんね」
そこで、村長は思い出したように言う。
「そうですか、なら、僕達で探してみましょう。情報、ありがとうございました」
二人は席を立つと、頭を下げる村長に軽く会釈した。
「で、当てはあるの?」
外に出ると、フィルイアルがそう聞いてきた。
「全くない、ってわけじゃないけどね。ただ、結構面倒なことになりそうだとは思っているよ」
「そうよね。ほとんど手掛かりがないんだから。南側からは来ない、ってだけじゃ」
フィルイアルは難しい顔をして考え込む。
「南からは来ない、ってことは南側には奴らの巣穴はないと考えていいかな。敢えて南側から攻めないことで、隠蔽しているかもしれないけど。まあ、狼にそこまでの知能があるとはおもえないから、そこまで考えなくてもいいとは思うよ」
エンティは自分の推測をフィルイアルに説明する。
「じゃ、それ以外を虱潰しにするの。探すだけでも一苦労よ」
「多分だけど、巣穴は北側だと思う。東や西からは襲撃できても、南からは来ないというのは、そこまで移動することができないからじゃないかな」
「まあ、普通に考えたらそうでしょうけど。そんなに単純なものかしら」
エンティの説明を受けても、フィルイアルは半信半疑といった感じだった。
「相手が人間なら、そうかもしれないけど。でも狼がそこまでの知能があるとも思えないしね」
「そうね、あなたの案に乗りましょう。何も考えずに探すよりは、ずっといいわ」
「ありがとう。じゃ、行こうか」
二人は村の北側から狼の巣穴を探すべく外に出た。




