入学祝
「属性がないって、珍しいことなのか。先生も前例がないって言ってたし」
エンティが席に戻ると、ドランが変わらない口調で声をかけてきた。
「さあ、僕にも良くわからないよ」
エンティは平静を装っていたが、内心では不安が渦巻いていた。
「よし、今日はここまでとする。明日から本格的な授業になるから、各々準備をしておくように」
全員の属性調査が終わったところで、ルベルは水晶玉をしまって教室から出ていった。
「ちょっと、拍子抜けだな。まあ、初日だからこんなもんか。知り合った記念に、どこか遊びに行かないか」
「あ、ごめん。僕はこれから用事があるんだ」
ドランが誘ってきたが、エンティはそれを断った。入学資金と当面の学費は工面できたとはいえ、そこから先の学費も稼がないといけないから、まだまだ仕事も続ける必要があった。
「そうか、それなら仕方ないな。明日からよろしく頼むぜ、相棒」
「ああ、よろしく」
エンティはドランに小さく手を振ると、そのまま教室を出る。
これからどうなるんだろう。
自分に属性がなかった、ということが中々頭を離れなかった。
「あらエンティ、今日は入学式じゃなかったの」
いつも通りに働いている食堂に足を運ぶと、食堂の女主人が意外そうな顔をしていた。今日入学式だと伝えていたから、来るとは思っていなかったのだろう。
「あ、入学式といっても大したことはしていないので。だから、今日も働きに来ました」
「相変わらず真面目だね。じゃ、今日もよろしく頼むよ」
女主人に言われて、エンティは裏へと回った。
「おっ、エンティ。ちょうど良いところに来てくれたな。これから本格的に料理始めるから、火の勢いを強くしてくれねえか」
「はい」
料理長に頼まれて、エンティは人差し指の先に炎を灯らせた。
それを火の付いている薪に放つと、薪が勢いよく燃え上がった。
「このくらいでどうです。後、外から追加の薪持ってきますね」
「おう、いつも助かるわ。じゃ、薪の方もよろしく頼むわ」
「はい」
エンティは店の外に出ると、積んである薪を両手に抱えた。
「もう少し、効率的に運べないかな。こればっかりは、魔術でどうこうってわけにもいかないし」
体格的なこともあって、薪を運ぶのはエンティにとっては重労働だった。
「運んできた薪、ここに置いておきますね」
「ありがとよ。そういや、さっき店長がお前のこと呼んでたぞ。こっちのことはいいから、行ってこいよ。店の方にいるから」
「はい」
わざわざ店長が呼ぶなんて珍しいなと思いつつ、エンティは店長の元へと向かう。
「エンティ、こっちこっち」
エンティの姿を見た店長が手招きする。どういうわけか、客用のテーブルに腰を下ろしていた。
「あ」
同じテーブルにクラースも座っていたのを見て、エンティは小さく声を上げた。
「どうしたんですか、先生」
「俺はここの常連だって、前話しただろ。だから、俺がいてもおかしくはないと思うが」
「そんなことを言って。エンティが今日入学式だって知っていたんでしょ。だからわざわざ顔を出したのよね」
いつも通りの態度を崩さないクラースに、店主がからかうように言う。
「うるさいぞ、ハンナ。余計なことを言うな」
クラースは少し苛立ったように言うと、ビールの入っているグラスを傾けた。
「はいはい。エンティ、このひねくれ者の相手をしてあげてちょうだい。その間の仕事はあたしがやっておくから」
ハンナは意味ありげな笑みを浮かべると、エンティにそう言った。
「でも」
「いいのよ。これはあたしからの入学祝だから」
ハンナは奥の方へと入っていった。
「余計なことを……エンティ、何か問題はなかったか」
クラースは小さく舌打ちすると、エンティにそう聞いた。
「今日は入学式だったので、簡単なクラス分けと、属性の調査だけでした」
「ああ、学院は魔力が特に強い人間とそれ以外は分けて教えるからな。お前は上位の組に入ったのだろう」
「どうして、それを?」
クラースがエンティの置かれた状況をピタリと言い当てたので、エンティは驚いていた。
「お前に教えている時、魔力が強いと感じていたからな。予想通りだ」
「そうですか」
「何だ、浮かない顔だな。属性で何か問題でもあったのか」
エンティの顔が暗かったのに気付いたのか、クラースがぶっきらぼうに聞いてきた。
「属性を調査する水晶玉に触れたのですが、全く反応がありませんでした」
「そんなことがあるのか。水晶玉に問題があった、というわけではなさそうだな」
「はい、先生もおかしいと思ったみたいで、自分で確認したくらいですし。何より、生徒全員が触れて反応がなかったのは僕だけなんです」
「そうか……」
それを聞いて、クラースは顎に手を当てて考え込んだ。
「これから、少し大変になるかもしれないな。前にも話したが、魔術師は自分の属性の魔術は十全に扱うことができる。裏を返せば、それ以外の属性は劣るということだ。だが、お前はその属性を持っていない。言いたいことは、わかるな」
そして、エンティの顔を覗き込んだ。
「僕は、魔術師としては、他の魔術師に劣る、ということですね」
「そういうことだ。だが、幸いにもお前は魔力そのものの質は高い。もしかしたら、属性がないからこそできることがあるかもしれない。自分にしかできないことを見つけることだな」
「僕にしか、できないこと」
エンティはクラースに言われたことを復唱していた。本当にそんなことが見つかるのかわからないが、そうでもしないと自分が魔術師としてやっていくのは難しいことはわかる。
「これからは、今までのように面倒見れなくなるからな。だから、自分で色々と考えるようにしろ」
「どういうことです」
「こんな俺にパーティーに入ってほしい、とかいう物好きがいてな。最初は断ったんだが、何度も来るから、結局根負けした。今までは一人で自由気ままにやっていたが、パーティーを組むとなるとそうもいかんだろう。この街を離れることも多くなりそうだしな」
「先生、今まで一人で活動してたんですか。それって結構危ないんじゃ……よく、今まで無事でいられましたね」
エンティはクラースが今までずっと一人で冒険者活動をしていたことに驚かされた。冒険者は複数人でパーティーを組んで活動するのが普通だから、一人で活動しているのは珍しいといえた。それ以前に一人で活動するとなると、何かあった場合に命を落とす可能性が高い。
「俺もそこまで馬鹿じゃない。自分の技量以上の依頼は受けないさ。まあ、それで十分やっていけたから、パーティーを組む必要性を感じていなかった、というのもあるな」
「まあ、あたしとしちゃあんたがパーティーを組めた、ってだけでも一安心だけどね」
ハンナが両手に料理を持って戻ってきた。それをテーブルの上にドン、と音を立てて置く。
「は? なんであんたが俺の心配をする。それに、こんな豪勢な料理を注文した覚えはないが」
「あんた外面が相当悪いからね。本当は良い人だってのに、かなり損してるって常々思ってたのよ。これは、あんたがパーティー組めたのと、エンティの入学祝だよ」
「余計な気を回して」
クラースは鼻を鳴らすと、出された料理に手を付けた。
「ほら、あんたも食べな」
「ありがとうございます」
ハンナに礼を言いつつ、エンティも出された料理に手を付けた。
こういう時に遠慮しても、ハンナには押し切られてしまうのは今までの経験からわかっていた。
「しかし、もう少し税金も安くならないもんかねぇ」
「俺も少し高いように感じているが、仕方ない部分もあるな。国王がまともだから、今のところは正しい税金の使われ方をしているように思うしな」
「税金、ですか」
二人の会話を聞いて、エンティは首を傾げた。
「簡単に説明すると、俺達庶民が国に一定の金を納めて、それを国の偉い人が色々国のために使う仕組みだな。まあ、余った分で贅沢する連中もいるが、それ相応の責任もある。それくらいは大目にみてやらんとな」
クラースはグラスに残っていたビールを飲みほした。
「今まで、偉い人は贅沢できて羨ましい、と思っていましたが、それには責任が伴った上のこなんですね。僕にはちょっとできそうにないな」
エンティは今までの認識が少し改まったように感じていた。そして、このことが自分の運命を大きく変えることになるとは、この時は全く思っていなかった。