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場違い

「どうしてこうなったんだろう」


 一人場違いな場所に佇み、エンティはそう呟いた。

 目の前には生涯お目にかかれないであろう光景が広がっている。

 華やかな衣装に身を包んだ貴族達を見て、自分がいかに場違いかと思い知る。


「陛下もお戯れが過ぎるなぁ」


 エンティがこの場にいるのは、カルグストのちょっとした言葉が発端だった。


「そういえば、今日は王宮で簡単なパーティがあったな」

「はい。私も参加しないと……いけませんよね」


 フィルイアルはあまり気乗りしなさそうな言葉を口にする。


「さすがに帰ってきて顔を見せないわけにはいかないだろう。お前がこういった場を好まないのもわかるが、最低限王族としての義務を果たすべきだ」

「わかりました。では準備をしてきますね」


 フィルイアルはそう言うと、準備のために部屋を出ていった。


「君はどうするかね」

「僕は……できれば、すぐにでも帰りたいところですが。そういうわけにもいきませんよね」

「さすがに今から帰りの馬車を手配するのは難しいな。今日は泊まる所を手配するから、そこに泊っていくといい」

「はい、配慮に感謝します」


 エンティは軽く頭を下げた。


「そうだな……せっかくだから、君も参加していくといい」

「は?」


 カルグストの言葉に、エンティは目を丸くしていた。


「せっかくこんな所まで来たんだ。これも良い経験だと思って体験していくといい」

「ですが、平民の僕が貴族のパーティに参加するなんて、問題にならないでしょうか」


 エンティがそう言うと、カルグストは少し考え込むような素振りを見せた。


「そうだな。少し前に血縁が途絶えて断絶した貴族の家があったな。君はそこの遠戚ということにして参加すればいい」

「……陛下、冗談……」


 エンティはそこで言葉を止めた。カルグストの表情からして、冗談を言っているようには見えなかったからだ。


「まあ、これは君に対するお礼も含まれている。だから、引き受けてもらえないと私の面目が立たないな」

「はぁ、そこまで言われるのでしたら」


 これを断ったら不敬に値すると思い、エンティは渋々ながらも受け入れざるを得なかった。


「それで、その断絶した貴族の名は」

「トゥーザル家だ」

「わかりました。何か聞かれたらその家の名を名乗れば良いわけですね」

「あまり揉めるようだったら、私の名前を出しなさい」

「わかりました」


 そういった経緯があって、エンティは王宮のパーティに参加することになっていた。

 テーブルに並んでいる料理を見ても、ハンナの酒場で出されるようなものではなく、見たこともないような食材も並んでいた。

 時折、ハンナの店でも大仕事を終えた冒険者が高い料理を注文することはあるが、それすらも霞んで見えてしまうほどだった。


「こんな料理口にしたら、舌が肥えてとんでもないことになりそうだな」


 エンティは緊張のせいか、喉が渇いているのを感じていた。

 適当に近くにあった飲み物を取ろうかと思ったが、アルコールの類しか並んでいなかった。一度、ハンナに勧められてビールを口にしたこともあったが、エンティの口に合うようなものではなかった。


「まあ、こういう場だしお酒しか並んでいないのも仕方ないか」


 エンティは喉の渇きを誤魔化すように唇を舐めた。


「あら、見ない顔ね。どこの家の人かしら」


 後ろから声をかけられて、エンティは振り返った。

 そこには一人の少女が立っていた。見たところフィルイアルやミアと同じくらいの年齢だろうか。


「トゥーザル家、です」

「トゥーザル家? 確か、少し前に血縁が途絶えて断絶したわよね」


 エンティが答えると、貴族の少女が怪訝な表情になった。


「あ、陛下が言うには僕はその家の遠戚だそうでして」

「へぇ、あの家に遠戚なんかいたのね」


 流石に国王の名前を出すと反論もできないのか、少女の表情が穏やかなものへと変わっていた。


「僕も最近知ったことなので、驚いています」

「それで、陛下にこの場に呼ばれたってわけね」

「はい。こういう場は初めてですから至らないこともありますが、よろしくお願いしますね」

「ふうん」


 エンティが頭を下げると、少女は品定めするかのようにエンティを見た。


「あなた、意外と悪くないわね」


 そして、そんなことを口にした。


「はい?」

「とても今まで市井にいたとは思えないほどよね。というか、他の貴族にも劣らない佇まいだし、トゥーザル家って結構名門だったわね。悪くない物件かも」

「それって、どういう……」


 少女の言わんとすることが理解できずに、エンティは首を傾げていた。


「あら、皆まで言わないとわからないかしら。あなたをわたしの家に……」


 少女がそう言いかけると、周囲がざわつきだした。

 周囲の視線は入ってきた二人組に集中していた。


「誰?」


 その二人に見覚えがなかったのか、少女は不思議そうな顔になっていた。


「あれは……」


 エンティはその二人に見覚えがあった。だが、二人と知り合いだと知られると面倒なことになりそうなのでそれ以上は口にしなかった。

 二人組の片方は白いベストを着こなし、ぱっと見には短い金髪が良く映えていた。

 もう片方は青いドレスに肩口まで届くような長い黒髪で、腰元には細身の剣を携えている。

 それがフィルイアルとミアと気付いた貴族はいなかったのか、あれは誰だといった声があちこちで上がっていた。


「皆様、今日はごゆるりと楽しんでいってくださいね」


 フィルイアルが口を開いた時、初めてその場の全員が白いベストの男性がフィルイアルだったことに気付いた。


「あの男……いや、あの声は姫様か? どうしてあんな恰好を」

「まあ、あの方は妙なことを良くやるから珍しくもないが、よりにもよって男装とは」


 そんな声が囁かれる。もちろん、フィルイアルに聞こえないようにだが。


「ということは、隣にいるのはミア、なのか。あの野暮ったい娘が、あんなに美人だったなんて」

「剣のことしか考えていなかったような娘なのに、どういった風の吹き回しかしら」


 となると、必然的に隣にいる女性はミアになる。普段から着飾らないミアがドレスを着ているのに驚く者ややっかむ者など、反応は様々だった。


「あら、エンティ。お父様に無理矢理参加させられたのね」


 フィルイアルはエンティに気付いたのか、そんなことを言いながら近づいてくる。


「ええ、姫様。そんなところです」


 エンティは苦笑しながら答えた。


「あ、あなた。姫様と知り合いなの」


 フィルイアルがエンティに声をかけたのを見て、少女は驚いていた。


「はい。色々とあって、姫様とは仲良くさせてもらっています」

「そうなのね。かの名家の遠戚かつ、姫様とも知り合いなんて。あなた、やっぱり只者じゃなかったようね」


 少女は改めてエンティを品定めするように見る。


「私の友人に興味があるのでしょうけど、あまり品定めするような視線を送るのは辞めてもらえないかしら」


 フィルイアルは言葉こそ普通だったが、その表情は有無を言わさないものがあった。

 それを見てか、少女が一瞬たじろいだ。


「姫様」


 隣にいたミアが窘めるように言う。


「あ、別に責めているわけじゃないわ。ちょっときつい物言いをしてごめんなさい」


 それを受けてか、フィルイアルは少女に謝る。


「い、いえ。そんなことは……」


 フィルイアルが謝ったのに驚かされたのか、少女は目を見開いていた。


「でも、彼はまだ貴族社会に入るかはわからないわ。だから、今から目を付けても無駄になるかもしれないわね」

「は、はは……そう、ですか。では姫様、わたしはこれで」


 心中を見透かされたのか、少女は乾いた笑いを立ててそこから去っていった。


「随分仲良さそうにしてたけど」


 心なしか、フィルイアルの表情が不機嫌そうにも見える。


「仲良くというか、一方的に話しかけられていただけですよ」

「そう」


 まだフィルイアルの表情は不機嫌そうだった。


「姫様、嫉妬?」


 そんなフィルイアルを見て、ミアが呟くように言った。


「し、嫉妬? そんなわけないでしょ」


 ミアの言葉に、フィルイアルは慌ててそれを否定する。


「なら、そんな顔をしないでください。エンティも困ってる」

「わかったわよ」


 ミアにそう言われて、フィルイアルは不貞腐れたように下を向いた。


「姫様、ここの飲み物はお酒しかないんですか。僕は喉が渇いてしまったのですが、お酒は飲めないもので」


 妙な雰囲気になったこともあって、エンティは話題を変えるようにそう言った。


「えっ? ああ、そうね。私が持ってくるわ」


 フィルイアルは弾かれたように動き出した。


「あ、姫様。姫様に……」


 エンティが止める間もなく、フィルイアルは飲み物を取りに行ってしまう。


「姫様が自分から行くなんて」


 ミアも驚いたようで、目を丸くしていた。


「いいのかな。姫様にこんなことをさせて」

「構わない。姫様が自分から行ったから」


 困惑するエンティに、ミアはゆっくりと首を振った。

 だが、フィルイアルは中々戻って来なかった。


「姫様、遅いね。どうしたのかな」

「様子を見に行く?」


 ミアに言われて、エンティは頷いた。


「あなた、いい加減にしてくれないかしら」

「姫様、いくら何でもそれはないんじゃありませんか」


 二人がフィルイアルを探しに行くと、一人の男と何やら揉めているようだった。


「あ、あれは」


 その男の顔を見て、ミアがあからさまに嫌そうな表情になる。


「ミア、彼は?」

「姫様の、婚約者」


 ミアは吐き捨てるように答えた。その様子からして、その男のことが相当嫌いなことが伺える。


「今までは、俺の好きにやらせてくれたじゃないか。それなのに、最近は色々と口出しするなんて、どういう風の吹き回しだ」

「あなたは、限度というものを知らないのよ。いくら何でもやり過ぎだと気付かないのかしら」


 フィルイアルは婚約者をきっと睨んだ。

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