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王宮

「降りられる?」


 フィルイアルは先に馬車から降りると、エンティにそう聞いた。


「大丈夫だと思うよ」


 エンティは飛び降りるような形になって馬車から降りた。


「危なっかしいわね、大丈夫?」


 そんなエンティを見て、フィルイアルはたまらず苦笑する。


「慣れれば問題ないだろうけど、もう馬車に乗るなんて機会はないだろうからね」


 エンティもまた、同じように苦笑していた。


「そういうことを言っていると、意外と何回も乗ることになるかもしれないわよ」

「それは勘弁願いたいね」


 フィルイアルがからかうように言うので、エンティは肩を竦めてしまう。


「さ、行きましょうか」

「そうだね……って、王宮って、いや、予想はしてたけど、予想よりも大きいじゃないか」


 エンティは初めて見る王宮の大きさに圧倒されてしまった。


「初めて見る人からしたら、そうかもしれないわね。私は生まれた時からずっといたから、もう慣れちゃったわ」

「僕がこんな所に入って、大丈夫なのかな」

「あなたはお父様……国王陛下が直々に招いた客よ。もっと堂々としなさい」


 萎縮するエンティに、フィルイアルは発破をかけるように言う。


「僕はそこまで気を強く持てないよ」

「なら、私に意見した時のことを思い出して。あの時のあなたは、堂々としていて畏怖するようなことはなかったわ」


 まだエンティが尻込みするので、フィルイアルは先程とは違って優しく諭すように言った。


「いや、あの時は義憤にかられたというか、後先とか全く考えてなかったし」

「エンティ」


 フィルイアルはエンティの両肩を掴むと、射貫くような目でエンティを見る。


「あなたが不安に思うのはわかるわ。だから、一つ約束する。何があっても、私があなたのことを護る。絶対に、あなたに不利益があるようなことは起こさせない」

「……わかった、よ」


 ここまで言われては、エンティも腹をくくるしかなくなってしまう。それに、フィルイアルがその場凌ぎやごまかしでこんなことを言うとも思えない。

 だから、フィルイアルの言葉を信じることにした。


「そろそろ、普段通りに接するのは止めた方がよさそうですね」


 王宮に入るまでの道中で、エンティはそう口にした。庭も下手な家数件以上の広さがあるせいか、数人の庭師が手入れをしているのが見えた。

 いくら庭師といえども王女の顔を知らないということはないだろうし、全く見知らぬ人間が親し気に話をしていたらあらぬ誤解をされるだろう。


「そう、ね。そうしてくれるかしら」


 心なしか、フィルイアルが残念そうな顔をしていたが、それをすぐに取り繕った。


「しかし、広い庭ですね。ここまで広いと手入れも大変そうです」


 エンティはあまりの広さに、思わず庭全体を見渡していた。


「私はあまり興味ないんだけど、こういうのも権威がどうこう、って。本当に面倒よね。こんな広い庭があるから、王宮に入るのも一苦労だし」

「姫様らしいですね」


 いかにもフィルイアルらしい言葉に、エンティは思わず笑みをこぼしていた。


「そういうのが大事だってのも、わからないわけじゃないのよ。ただ、この庭の広さはやり過ぎじゃないかって思うのよね。もっとも、私が生まれるよりもずっと前からある物だから、私が文句を言っても仕方ないけど」


 フィルイアルは仕方ない、というように小さく首を振った。


「まあ、昔の人が考えることなんて、今を生きている僕らにはわからないことですから」

「そうよね。先人達の努力があったからこそ、今の私達があるわけだから文句を言うつもりはないけど。それでもこう……私には理解できない部分でもあるのよね」

「なら、姫様は後世で称えられるような業績を残すようにしませんか」

「別に、後世でどう思われても構わないわよ。それに、私にそれができるかもわからないし」

「僕は、姫様は人の上に立てる人間だと思いますけど」

「……私の周囲はそうは思っていないようだけど。でも、あなたがそう言ってくれるのは素直に受け取っておくわ」


 そんな会話を続けていると、ようやく城門に辿り着いた。


「門も大きいですね。開けるのも一苦労しそうです」


 エンティはその大きさに驚かされて、門を見上げていた。


「こんなの見掛け倒しよ。大きいだけで開けるのは簡単なんだから」


 フィルイアルが門に手をかけると、門は思っていた以上にあっさりと開いた。


「あ、本当にあっさりと開きましたね」

「行くわよ」


 フィルイアルに言われて、エンティは頷いた。


「姫様、お帰りなさいませ」


 フィルイアルに気付いた侍女が慌てたように駆け寄ってくる。


「学院では問題なく生活できていますか。姫様が王宮から出るのは初めてのことですから、私は心配で」

「あなたが心配するのもわかるけど、王宮よりもずっと楽しくやっているわ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 心配そうな表情をする侍女に、フィルイアルは安心させるように言った。


「そうでしたか。姫様がそう言うのでしたら、ひとまず安心です」


 侍女が安堵したように息を吐いた。


「心配をかけてごめんなさいね。かつての私の態度を見ていれば、心配するのも無理はない話よね。でも、安心してちょうだい。私はもうかつての私とは違うから」

「い、いえ……そんなことは」


 フィルイアルの言葉を否定できなかったのか、侍女は言い淀んでいた。


「いいのよ、無理しないで。それで私があなたを責めるようなことはないわ」

「姫様、随分と考え方が変わりましたね」

「ええ」


 驚いたように言う侍女に、フィルイアルはゆっくりと頷いた。


「ところで、そちらの方は?」


 そこで、侍女の視線がエンティの方に向いた。


「あ、えっと」

「彼は陛下直々にお招きしたお客様よ」


 どう答えれば良いか困っていたエンティの代わりに、フィルイアルがそう答えた。


「この方が、ですか」


 侍女は怪訝そうな目でエンティを見る。服装もそうだが、雰囲気も平民そのものでとても国王が招くような人間には見えなかったから無理もない。


「ああ、色々と事情があるのよ。さすがにこの格好で陛下と謁見するわけにはいかないわね。あなた、彼にそれなりの服を見繕ってくれないかしら」


 その言葉を聞いて、エンティと侍女は驚いてフィルイアルの方を見た。


「姫様、そこまでしていただかなくても」

「そんな恰好でここにいれば、逆に目立つじゃない。あらぬ詮索をされるかもしれないわ。これは気付かなかった私の不注意ね」


 エンティは辞退しようとするが、フィルイアルは有無を言わさなかった。


「わかりました。では……と、まだお名前を聞いていませんでしたね」

「エンティです」


 侍女に名前を聞かれて、エンティは名乗った。


「では、エンティ様。こちらへご案内いたします」


 侍女は右手をすっと前に出すと、付いてくるように促した。


「ひ、姫様」

「素直に言うことを聞きなさい」


 エンティは困ったようにフィルイアルを見るが、フィルイアルは侍女に着いていくように促した。


「わかりました」


 エンティは気まずさを感じつつも、侍女に着いていく。

 侍女は仕事と割り切っているのか、余計なことを口にしなかった。


「こちらです」


 侍女に案内された部屋に入ると、衣装棚がずらりと並んでいた。


「エンティ様は姫様に信頼されているのですね」


 侍女は服を選びながらそんなことを言った。


「えっ、そ、そうでしょうか」

「姫様は王宮内であまり良い扱いをされていませんでしたから、それで一部の人にしか信頼を置いていなかったのですよ」

「そうでしたか」

「ですから、学院で良き友人を見つけられたようで、何よりです」


 侍女はどこか安心したような表情をしていた。


「でも、ミア……さんがいたんじゃないですか」


 エンティは普段の癖でミアを呼び捨てしそうになってしまい、どうにか取り繕った。


「ミア様は、姫様が一番信頼を置いているお方です。ですが、ミア様に依存し過ぎているのもどうかと思っていましたので。こちらにお着替え下さい」


 侍女はエンティに一着の服を差し出した。


「こんな豪勢な服、いいんですか」


 見るからに自分に不釣り合いな服に、エンティは思わずそう聞いていた。


「もちろんです。国王陛下のお客人ですから、これくらいは当然でしょう」

「ありがとうございます」


 エンティは服を受け取ると、それに着替えようとして手が止まった。


「あ、すみません。僕こういった服になれていなくて、どうやって着ればいいのか」

「そうでしたか。では、僭越ながらお手伝いさせていただきますね」


 侍女は手慣れた動作でエンティに服を着せていく。


「凄いですね」


 その手際の良さに、エンティは感嘆の声を上げていた。


「これも仕事の一環ですから。姫様のお着替えも私がやっていましたよ」

「そうでしたか」

「あら、思っていたよりもずっと良いですね。鏡をご覧になりますか」


 侍女は少し驚いたように言うと、エンティに鏡を見るように言う。


「え、ええ」


 エンティは鏡に映った自分の姿を確認した。


「何だか、僕じゃないみたいですね」


 普段と全く違う服に、まるで別の世界の人間になったかのように錯覚してしまう。


「どう、終わったかしら」


 小さなノックと共に、フィルイアルが入ってくる。


「ええ、今着替え終わったところですよ」


 それを受けて、侍女が答えた。


「どれどれ……あら、あなた意外と着こなすじゃない。前々から、素材は悪くないんじゃないかって思ってたけど、これは予想以上ね」


 フィルイアルはエンティをまじまじと見ると、それが似合っていると賞賛した。


「か、からかわないでください。なんか、服に着られている感じがして落ち着かないですから」

「もっと自信を持ちなさい。今のあなたは、他の貴族にも見劣りはしないわ」

「そ、そうでしょうか」


 エンティは戸惑っていた。

 フィルイアルや侍女がやたらと褒めるが、それがお世辞なのかどうか判別できずにいた。侍女はともかく、フィルイアルはお世辞を言うとは思えなかった。


「じゃ、準備もできたことだし行きましょうか」

「そ、そうですね」


 いよいよ国王に会うと思うと、エンティは思わず固唾を飲み込んでいた。

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