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逆転

「ミア、大丈夫」


 フィルイアルは一息入れているミアに声をかける。


「大丈夫」


 あれだけ一方的に負けたからさすがに気落ちしそうなものだが、ミアはそういった素振りは見せなかった。


「本当に? あんなに一方的に負けたのに」

「わたしより強い剣士は、いくらでもいる。そこまで自惚れてない」


 なおも心配するフィルイアルに、ミアは大丈夫だというように答えた。


「そろそろ戻ろうぜ。せっかくだし、他にも何か見て回るか」


 そんなやり取りをしている二人に、ドランが声をかけた。


「そうね、せっかくだから何か珍しい物でも見せてくれないかしら」

「あんたが珍しがるようなもんなんて、あるとは思えんが」


 フィルイアルに言われて、ドランは少し困ったような顔をする。


「僕からしたら、どんな物でも珍しいんだけどね」

「確かにお前はそうだろうな。何か欲しい物あったら良い値段で見繕ってやるよ」

「うーん、僕はちょっと」

「やっぱ学費か」

「まあ、ね」


 そんな会話をしながら四人は店内へと戻っていく。


「思わぬ展開になったが、服の調子を見るには丁度良かったな」


 ドランに言われて、ミアは頷いた。


「でも、大したものね。その眼力で私の服も見繕ってくれないかしら」

「は? ひ……あんたの服を、か」


 フィルイアルに言われて、ドランは何ともいえないような表情をしている。


「何よ、その顔は」

「いや、あんたは目を閉じて適当に選んだ服でも着こなしそうだからな。ミアは割と方向性を決めやすいから楽だったんだが、あんたはなぁ」


 ドランはフィルイアルの服を選ぶことが難しいと判断したのか、難しい顔をしていた。


「あー、確かに」


 エンティはフィルイアルが酒場での仕事着ですら着こなしているのを知っているから、ドランに同調するように頷いていた。


「は、私だって似合う服とそうじゃない服はあるんじゃないの。例えば、あんな服でも似合うって言うのかしら」


 フィルイアルは手近にあった服を指差した。その服は胸元と腰回りくらいしか布がなく、体の大半が露出するような際どい物だった。


「え、フィルがあれを?」


 エンティはフィルイアルがその服を着ているのを想像してしまいそうになる。色々と危ないことになりそうなので、大きく頭を振ってそれを振り払った。


「姉さん、あんな露出の高い服、駄目」


 ミアが差すような目でフィルイアルを見る。


「さ、さすがに私もあれは着るの怖いわよ。王族云々じゃなくて、個人として」


 フィルイアルは勢いだけで適当に指差したのか、冷静になるととても着れるものでないと思い直していた。


「ま、まあ。さすがにあれはな。あんたがどうしても着たいって言っても止めるぞ」


 ドランは若干引きつったような顔になっていた。


「確かにね、正直、直視できないと思うよ」


 エンティもそれに同意する。


「方向性を決めればいいのかしら」

「だから、あんたはその方向性が多々あるから難しいんだよ」

「今のミアの隣に立って、違和感がない物、っていう方向性でどう」

「なるほど」


 フィルイアルの提案に、ドランはそれならと考える。


「あ、なんか面白いの思いついたわ。いや、でもさすがになぁ」


 しばらく考えた後で、何かを思いついたように手を叩いた。だが、それに納得していないのかどうにも歯切れが悪い。


「何よ、そんなにまずいものなの」

「いや、普段はミアがフィルをエスコートするだろ。だから、その逆っぽいことになったら面白いかなって」


 ドランはフィルイアルが納得すると思えなかったこともあって、少し躊躇いつつもそう答えた。


「面白そうじゃない、その方向でお願いできるかしら」


 だがフィルイアルはむしろその話に乗っかってくる。


「……わかった」


 それが意外だったものの、本人が良いというのならとドランは服を見繕いに行った。


「どんな服が来るのか、楽しみね」

「ミアの隣に立っても、違和感がない服、か。僕には想像できないな」

「……」


 思ったよりも早く、ドランが戻って来た。


「ほれ、これなら良いと思うぜ」


 ドランは見繕った服をフィルイアルに手渡した。


「へぇ、なるほどね。中々面白い趣向じゃない」


 それを受け取ったフィルイアルは意味ありげな笑みを浮かべていた。


「じゃ、ちょっと着替えてくるわね。あ、なるほど、そういう方向なのね」


 フィルイアルは更衣室に入ると、何かに納得したような声を上げる。

 更衣室から出てきたフィルイアルは、ドレスではなく子洒落たベストだったこともあって、まるで華奢な男性のようにも見受けられた。ただ髪が肩まで来るほど長いから、人によっては女性とも見えるだろう。


「悪くないわね。髪もまとめた方が良いかしら」


 フィルイアルは自然にながしている髪をまとめると、襟の中にしまい込んだ。

 ただそれだけのことで、一気に男性のような雰囲気になった。


「ミア」


 フィルイアルは悪戯っぽい表情を浮かべると、胸の前に腕を掲げた。


「姉さん、物好き」


 ミアはその意図を察したのか、呆れたような顔をしつつもその腕を取った。


「自分で選んでおいてなんだけど、これは王宮の人間が見たら色々と問題ありそうだな。いや、フィルの要求にはきっちりと答えられてると思うが」


 その様子を見て、ドランは何ともいえないような表情を浮かべていた。


「はは、これは凄いね。普段と役割が逆になっているってことかな」


 エンティは感嘆に声を上げることしかできなかった。

 普段はミアに男性的な雰囲気があるが、今はフィルイアルが男性的でミアが女性的になっている。


「今度王宮に帰る時、この服でお披露目しようかしら」

「いや、それはちょっとまずいと思うんだが」


 フィルイアルが大真面目にそんなことを言うので、ドランはやんわりとそれを止める。


「別にいいわよ。私の王宮での立場なんて、たかが知れているんだから。少し奇抜なことをして驚かせるくらいしても、罰は当たらないわ」

「あー、そういうことなら無理には止めんけど、責任は持てんぞ」


 フィルイアルが全く気にしない様子だったので、ドランは説得するのを諦めていた。


「ということだから、ミア。今度帰る時はこの服で行くわよ」

「えっ……本当に、これで?」


 話を振られたミアは、本気なのかという表情をしていた。


「面白いじゃない、私とあなたがこんなに化けた姿をみんなに見せるの。驚く顔を想像するだけで、今から楽しみで仕方ないわ」

「姉さん、こっちに来てから大人しくなったから安心してたのに」


 フィルイアルが本気なのを見て、ミアは止めることは無理だと察していた。


「大人しくなった?」


 その言葉を聞いて、エンティとドランはミアの方を見てしまう。


「あ、えっと、まあ、その。私も王宮で色々あったのよ。だから、反抗的になってちょっと無茶をしたっていうか」


 フィルイアルは自覚があるのか、弁明するものの歯切れが悪かった。


「でも、今はきちんと考え方を改めているよね。それとも、それは他の人に迷惑をかけるようなことだったのかな」


 そんなフィルイアルに、エンティはやんわりと声をかけた。


「……一応、問題になるようなことは、してないと思う。その最低限のラインは、守っていたつもりだから」


 フィルイアルは俯き加減に応える。


「そう。僕は王宮でのフィルは知らないけど、今のフィルのことは良く知っているつもりだよ。フィルのことは信用に値すると思っているから」


 エンティは慰めるつもりではなかったものの、今の自分が思っていることを素直に告げた。


「……ありがとう」


 フィルイアルは俯いたままでそう言った。


「じゃ、お前らこの服買うよな」


 しんみりとした空気を打ち払うかのように、ドランがそう言う。


「わたしに、手が出るような値段?」


 ミアはドレスの端を掴んで、それがかなり良い生地であることを確認する。


「この前ベレスを倒した時の報奨金が出ただろ。あれで十分お釣りが来るぜ」

「私の服も、それで手が出る範囲かしら」


 フィルイアルも服の生地を軽く確認してからそう聞いた。


「問題ないぜ」

「じゃ、今は持ち合わせがないから取り置いてくれないかしら」

「ああ、言われなくてもそのつもりだぜ」

「お願いね」


 フィルがそう言うのを聞いて、エンティはフィルイアルもベレスの報奨金で払うことに気付いた。


「フィル、あのお金を使って大丈夫なの」


 だから、周りに聞こえないようにそう囁いた。


「ん、せっかくミアがお洒落できるんだし、ここで水を差したくないわ。お金のことは頭が痛いけど、お仕事頑張るしかないわね」

「そう、か。なら何も言わないよ」


 フィルイアルがとても良い笑顔で言うので、エンティはこれ以上言うのは野暮だと思った。


「心配してくれて、ありがとう」

「い、いや、別にそんなつもりじゃ」


 お礼を言われると思っていなかったので、エンティは少し慌ててしまう。

 そんなエンティがおかしかったのか、フィルイアルは笑顔のままでその様子を見ていた。

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