手合わせ
「こんな鍛錬所みたいな場所まであるなんて、ここはただのお店ってわけじゃなさそうね」
高級店の裏側に自在に剣を振るえるような場所があるのを見て、フィルイアルは感心とも呆れとも取れるような声を上げていた。
「ま、様々なお客様の要望に応える、っていうのが高じてこうなったらしいな。俺としては、少々やり過ぎな気もするが」
ドランもこの方針には疑問を抱いているのか、完全には否定しないものの肯定するような言葉は口にしない。
「僕は商売のことはわからないけど、あまり手広くやり過ぎると色々と追いつかなさそうな気はするね」
「ま、俺は後継ぎじゃないから口は出せないけどな。ミア、ちょい剣振ってみ」
「本当に、この服で剣を振っても?」
ドランに言われてミアは半信半疑、といった表情をしていた。
「ああ、問題ないぜ」
その言葉を受けて、ミアは確かめるように剣を抜いた。
ベレスと対峙した時と同じように正面に剣を構える。そのまま、上から下へと勢いよく振り下ろした。
そこで、ミアの表情が何かを確信したものに変わる。
横薙ぎ、斜め上からの切り下ろし。それから、大きく一歩を踏み込んでからの切り上げ。
「凄い、な」
その無駄のない動きに、エンティは感嘆の声を上げていた。
更に体を回転させてからの横薙ぎ。そこまで激しく動いても、青いドレスは動きを邪魔しているようには見えなかった。
ミアは最後に十字に剣を振るうと、一息入れてから鞘に収めた。
三人が何かを言うよりも先に、誰かが拍手をする音が響いた。
「その歳で大したものね。先行きが楽しみな剣士だわ」
手を叩いていたのはシャハラだった。
「あなたはあの時の」
「あら、ひょっとしてベレスを退治した新米冒険者さん。もう一人、お仲間がいたのかしら」
シャハラはエンティ達に気付いたが、ミアがウィッグを被っていたこともあってミアには気付かなかった。
「あ、わたしです」
ミアは被っていたウィッグをを取り外した。
「へぇ、短い髪もいいけど、伸ばした髪も悪くないわね。それだけでなく、剣の腕も申し分ない。良かったら、私と軽く手合わせしてくれないかしら」
「えっ、でも」
「その服じゃ、私と手合わせするのに不都合かしらね」
シャハラに言われて、ミアはどうしたものかとドランの方を見る。
「いいんじゃないか。実戦に耐えうるか試してみるいい機会だろ」
「わかり、ました」
ミアは頷いた。
「なるほど、そういう方面にも対応している服なわけね。なら、私も遠慮なくやれるというものよ」
シャハラはすっと剣を抜いた。
「!?」
ミアはその動作だけでシャハラが只者ではないと悟ったのか、表情が強張っていた。それでも手合わせを受けたからには引かない、という強い決意で剣を抜く。
「良い表情ね」
シャハラはふっと笑みをこぼすと、ミアに剣の切っ先を向けた。
「おい、シャハラ。いつまで待たせるんだ」
いつ二人がぶつかり合うか、といったところで奥の方からそんな声が聞こえた。
その声で気勢を削がれたのか、二人の張りつめていた気が霧散する。
「クラース、あなた空気読めないわね」
クラースが入ってきたのを見て、シャハラは気が抜けたかのように言う。
「お前、また見所がありそうなの捕まえて手合わせしてるのか。お前がまともにやりあったら、自信喪失くらいじゃ済まないだろ。最悪、剣を捨てることもありえるんだが」
シャハラとミアが対峙しているのを見ておおよそを察したのか、クラースは呆れたように言った。
「もちろん、相手は選んでいるわよ。それに、それくらいで剣を捨てるようなら最初から剣を持つべきじゃない、そう思わない」
「まあ、お前がそう言うなら俺はこれ以上どうこうするつもりもないが」
クラースは小さく息を吐いた。
「先生?」
思いがけない所でクラースと再会したこともあって、エンティは間が抜けたような声をあげてしまう。
「エンティ、か。どうしてお前がこんな所に」
クラースも同じだったようで、意外そうな表情になっていた。
「いや、なんていうか成り行きで。そういう先生こそ、どうしたんです」
「シャハラの奴に、強引に付き合わされてな」
クラースはエンティの所まで歩いてくると、溜息を漏らした。
「あいつ、休暇の度に俺を連れ回すんだが、正直どうにかならんもんか。俺はずっと一人でやってきたから、パーティーでの戦い方には慣れていなくてな。そういった事を研究したいんだが」
そして、愚痴るように言う。
「そうでしたか、それは大変ですね」
自分も半ば似たような状況だっただけに、エンティは同意した。
「おい、どう思う」
「似た者師弟、ってとこじゃないかしら」
フィルイアルとドランは顔を見合わせると、仕方ないというように頷き合った。
「どうしたんだい、二人とも」
そんな二人の様子を見ても、エンティは全く状況が掴めずにいた。
「あー、こういうのって、他人がとやかく言うもんじゃねえよな」
「そうね。シャハラさんも大変だけど、頑張ってもらいましょう」
「彼ももう少し察しが良ければね」
二人の会話が聞こえたのか、シャハラがやれやれ、といった感じでそんなことを言う。
「出鼻をくじかれたけど、始めましょうか」
そして、真剣な表情になるとミアに向き直った。
それを受けて、ミアは小さく頷く。
今までの緩い空気が一変して、触れれば切れそうな程の緊迫感に包まれた。
「良い構えね、行くわよ」
シャハラは真正面から剣を振り下ろした。
「速い」
それが想像以上に鋭い振り下ろしで、フィルイアルはそう声を上げていた。
ミアはそれを難なく受け止めた、ように見えた。
剣同士が触れあった瞬間、ミアの体勢が大きく崩れる。ミアは咄嗟に剣を引くと、大きく飛び退いて間合いを取る。
「やるな、あのお嬢ちゃん。大抵の相手は、シャハラの剣をまともに受けられないんだが」
それを見て、クラースは感心するように言った。
「そんなに強いんですか、あの人」
「ベレス程度なら鼻歌まじりで斬り殺すぞ、あいつ」
クラースがそう言うのを聞いて、三人は顔を見合わせてしまう。最初の一撃から相応の使い手だとはわかったが、そこまでとは思わなかったからだ。
「そんな人が、何でミアと手合わせしたがるのよ」
フィルイアルは不安げな表情になっていた。
「いや、あいつは誰彼構わずやるわけじゃない。あいつが見込んだということは、あのお嬢ちゃんも相応の腕だと思うが」
クラースは目の前にいるのが姫だと気付いていないので、エンティと接する時と同じような態度だった。
「でも、実力差は明白ですよ」
「普段ならもう少し手加減するんだが。それだけ、買っているっていうことか」
傍から見ると、シャハラがミアを一方的に攻め立てているようにも見えた。ミアもシャハラの猛攻の隙を突いて何度か反撃するが、それすらもシャハラは簡単にいなしてしまっていた。
それでも最初の時のように、ミアの体勢が崩れるようなことはなかった。
「やるわね。大抵の人は、私の剣を捌き切れないのだけど。それどころか、反撃までしてくるなんて」
シャハラは一息入れると、ミアを称賛する。あれだけ激しく動いたのに、息を切らせてすらいなかった。
「よく、言う。あなたの剣を受けるだけでも一苦労」
ミアは若干息を切らせていたが、肩で息をするほどではなかった。それでも、二人の様子からしてどちらが優勢なのかは誰の目にも明らかだった。
「それに、私とまともに打ち合うのは不利と見るや、受け流す方に切り替えられる機転もある。でも、これは受けられるかしら」
「おい、いくら何でもそれは!?」
シャハラが腰を深く落としたのを見て、クラースが制止するような声を上げる。
だが、シャハラは構うことなくミアに突撃する。
二人がすれ違った瞬間、ミアの剣が大きく宙を舞っていた。
「嘘、確かに受け止めた、はず」
ミアは何が起こったのかわからない、という表情になっていた。剣が床に落ちて乾いた音を立てた。
「あら、あれに反応できるなんて思わなかったわ」
シャハラはそう言うと剣を納めた。
「ありがとう、ございました」
ミアはシャハラに頭を下げると、床に落ちている剣を拾って鞘に納める。
「あなたの剣は、誰かを護るための剣ね。それも悪くないと思うけど、自分のために剣を振るうことも考えてみたらどうかしら」
「あの手合わせだけで、そこまで?」
シャハラに言われて、ミアは驚いた顔になっていた。
「剣は言葉よりも物を語る、っていうことよ。後、その剣でどうやってベレスを斬ったのか気になるところだけど、そこは聞かないでおくわね。待たせたわね、クラース」
シャハラはクラースの方を振り返った。
「全く、仕方ないな。行くぞ」
「あ、先生。お元気で」
「ああ、お前も学院でしっかりやれよ」
「あなたは否定するけど、良い先生じゃない」
「からかうな」
クラースはシャハラを無視するように歩き出した。
「あ、待ちなさいよ。じゃ、みんな、また会えるといいわね」
シャハラは四人にそう言うと、慌ててクラースの後を追いかけていった。




