問題解決
「なるほどね、大体のことはわかったわ」
説明を受けて、シャハラは納得したように頷いた。
「確かにあなたの言い分もわかるわ。今日登録したばかりの冒険者が、ベレスを倒すなんて普通なら考えられないもの」
シャハラがそう言うと、受付はさも当然というような表情になっていた。
「でも、そこに確固たる証拠がある以上、完全に虚言とも言い切れないわよね」
「それは……」
だが、シャハラがカウンターの上にあるベレスの頭を指差すと、受付は言葉を詰まらせる。
「まあいいわ。で、あなた達の話も聞かせてくれないかしら」
シャハラが四人の方を振り返ったので、四人はどうしたものかと互いに顔を見合わせる。
「俺ら、今日冒険者登録したんですが、せっかくだからと薬草採取の依頼を受けたんです。そこで、ベレスに遭遇して」
少し考えた後、ドランが口を開いた。
「新人冒険者が受ける依頼なら、ベレスが出るような場所ではないはずよね。それがまずおかしいことだけど、あなた達が……あら? あなたのその傷、ベレスにやられたものね。幸い傷は浅そうだけど、放置しておくのもよくないわ」
シャハラは四人を一瞥すると、ミアの所で視線を止めた。
「そんな浅い傷が……」
「あなた、若いようだからギルドに勤めて長くないわね。ある程度慣れた冒険者なら、これがベレスによるものだってすぐにわかるわ」
受付は否定しようとしたが、シャハラがそれを強く遮った。
「そもそも、ベレスに深く切られたらただじゃ済まないわよ。それ以前に、怪我をしている相手を放置しておくなんて有り得ないわ」
「大した怪我じゃない、です」
ミアはゆっくりと首を振った。
「駄目よ。女の子なんだから傷が残ったら大変だから。他に対応できる人はいないの」
シャハラが受付に詰め寄った。
「い、いえ。今は私しか」
「上の人間がいるでしょう、呼びなさい」
受付がそう言いかけると、シャハラは更に詰め寄る。
「は、はい」
その剣幕に押されたのか、受付は飛び出すように奥の方に誰かを呼びに行った。
「おい、かなり時間かかっているようだが、何か揉めているのか」
「受付があまり仕事のできる子じゃないみたいなのよね。困ったものだわ」
「あっ、先生」
シャハラに声をかけてきたのがクラースだったことに気付いて、エンティは驚いた。
「ん? 何だお前か。こんな所でどうしたんだ」
クラースはエンティがギルドにいることに疑問を抱いたのか、不思議そうな顔をしていた。
「いえ、話すと長くなるんですが。今日僕らは冒険者登録をしまして」
「学院の方は問題ないのか」
真っ先に学院のことを切り出すのは、エンティに学院に通うことを勧めたクラースらしい言葉だった。
「学業に支障が出ない程度であれば、問題ないそうです」
「ならいい、お前も金が必要だろうからな。酒場以外で稼ぐことは悪いことじゃない。だが、本来の目的を見失うなよ」
「はい」
クラースに言われて、エンティは神妙に頷いた。
「あら、この子が例の教え子? 偶然ってあるものね」
シャハラが興味深そうにクラースに言う。
「まあ、な。まさかこんな所で会うとは思わなかったが」
「あの、お二人はどういった関係ですか」
人から距離を取るようなクラースが普通にシャハラと会話しているのを見て、エンティは思わずそう聞いていた。
「私達は同じクランの仲間よ」
クラースが答えるよりも先に、シャハラがそう答える。
「ああ、先生のお仲間の方でしたか。不肖の弟子が言うのもあれですが、先生のことをお願いします」
エンティはシャハラに向けて頭を下げた。
「礼儀正しい子ね。いい弟子を持ったじゃない」
「そう、だな。俺は先生と呼ばれるようなことはしてないが」
「何か、問題がありましたでしょうか」
そんな話をしていると、奥から受付とその上司らしき人間が姿を現した。
「問題? 大ありよ。まずこの子を治療してもらえないかしら」
シャハラはミアの傷口を指差した。
「ん? これはさして重症ではないようですが、それでも放置するわけにはいきませんね。おい、誰か彼女を見てやってくれ」
上司が奥に声をかけると、奥からギルドの職員がやってきた。
「何か」
「彼女が怪我をしているから、処置してくれないか」
「わかりました。こちらへどうぞ」
「お願い、します」
職員に言われて、ミアはそれに従って奥の方へと入っていく。
「で、何か問題……」
そこまで言いかけて、上司の目がカウンターのベレスの頭に止まった。
「新人が薬草を採取するような場所に、これが出たらしいのよね。これって、ギルドとしては問題になるんじゃないかしら」
「これを退治したのは、あなたじゃないと」
「私も簡単には信じられないけど、この子達がやったみたいよ」
シャハラの視線が三人の方に移った。
「あなた方が、ですか。見た所随分と若いようですし、まだ登録して日も浅いように見受けられますが」
上司は信じ難い、というように三人を見る。
「今日登録したばかりだそうよ」
「……本当ですか? いや、先程の傷といい、この頭といい、こうして証拠がある以上事実なのでしょうが……」
上司は受付よりも柔軟なのか、証拠を目の前にして疑念は持たなかった。それでも、今日登録したばかりの冒険者がベレスを倒したという事実に困惑しているようだった。
「なら、ギルドとしての処置は」
「この方々に、特別報奨金を。そして、場違いな場所にベレスが現れた事に対する調査依頼を」
シャハラに言われて、上司は事務的に答える。
「なら、その依頼はうちのクランで受けるわ」
「おい、勝手に決めるな。俺はいいが、他の面子は同意するかわからんぞ」
シャハラが即答するのを見て、クラースは呆れるように言った。
「あら、いいじゃない。こういう依頼は割が良いし、ベレスクラスの相手ができるクランもそう多くないもの。私達が適任じゃない」
「お前がそう言うなら、他の面子も賛成するか。確かに放置しておけない案件だ」
クラースは納得したように頷いた。
「では、正式に依頼をお願いします。それと、あなた方にはこれを」
上司が何かが詰まっている袋を差し出した。
「これ、五十は下らない量だぞ」
その袋を見て、ドランは驚きの声を上げた。
「今回の案件は、それだけの価値があります。それと、彼女の対応がまずかった事のお詫びも兼ねさせてもらっていますので」
「なら、遠慮なく」
ドランは金貨が詰まった袋を受け取った。
「彼女の処置は終わりました」
ちょうどいい頃合いで、肩口に包帯を巻かれたミアと職員が戻ってくる。
「ベレスに切られたにしては、傷も浅くて処置も問題なくできました。傷跡も残らないでしょう。お嬢さんは、良い腕をしているようですね」
職員に言われて、ミアは小さく頭を下げた。
「ミア、良かった」
フィルイアルが安心した、というようにミアのもとに駆け寄った。
「このくらい、大したことない」
「それでも、よ」
「姉さんは、変に心配性」
ミアは仕方ない、というように笑みを浮かべた。
「お、戻って来たか。そっちのテーブルでこれ分けるぞ。あ、そういうことですので、袋三つ貰えますか」
「どうぞ」
ドランがそう言うと、上司がすっと袋を三つ差し出した。
「どうも」
四人は空いていたテーブルに腰を下ろして向かい合った。
「いや、これだけの金を目の当たりにすると、少し震えるな」
ドランはテーブルの中央に袋を置いた。
「君は実家の関係で、これ以上のお金も見たことあるんじゃ」
それを聞いて、エンティはおかしなことを言うな、といった感じでドランを見た。
「見たことはあるぜ。ただ、自分で扱うとなると話は別だ。ま、そんなことよりも分け前どうするよ」
「そうね。今回はミアとエンティのおかげで勝てたんだから、二人が多めに受け取るってことでいいんじゃない」
フィルイアルはさも当然、というように言った。
「え?」
そこで、エンティとミアはフィルイアルの方を見る。
「だって、そうでしょう。実際に止めを刺したのはミアよ。それに、エンティの強化魔術がなかったら勝てなかったわ」
フィルイアルは不思議そうな顔をしていた。
「いや、みんなの力で勝ったんだよ。そもそも、ミアがいなかったら強化魔術を使う暇すらなかたよ。だから、ミアの取り分が多くてもいいとは思うけど」
「わたしだけの力じゃ、全く歯が立たなかった。だから、エンティが多く取るべき」
エンティがそう言うと、ミアは首を横に振った。
「あなた達、謙虚なのはいいけど、自分の手柄はきちんと主張しなさい」
「いや、僕はそこまで大したことはしてないよ」
「わたしは、自分にできることをしただけ」
「だから、それが謙虚だって言っているのよ」
三人が言い争って、収集がつななくなってきていた。
「ああめんどくせえ。こんなことで言い争うなら、四等分。これでいいだろ」
ドランは苛立って、テーブルを軽く叩いて言った。
「ま、フィルのいうことはもっともだ。俺もそう思う。だが、こんなことで言い争って収集つかなくなるなら、均等に分けて終わりにした方がいい。何か文句あるか」
強い口調で言われたこともあって、三人は頷くことしかできなかった。
「いきなり大金持つと気が大きくなるからな。無駄遣いすんなよ」
ドランは手慣れた様子で金貨を四等分に分けた。
「これで学費を払うのが楽になるね」
今まで見たこともない大金を前に、エンティは思わずそう呟いてしまう。
「そうね」
フィルイアルが同意するように言う。
「ん? エンティが言うのはわかるが、何でフィルまで似たようなことを言うんだ。あんたは困らんだろ」
ドランが怪訝そうにフィルイアルを見た。
「わ、私はエンティが大変なの知ってるから、それに同意しただけよ」
フィルイアルは慌てて両手を振った。
「ああ、そういうことか」
ドランは納得したのか、金を分ける作業を続ける。
エンティは窘めるようにフィルイアルを見た。それを受けて、フィルイアルはわかっているというように拗ねた表情をしていた。




