入学式
「本当に大変だったな……何とか、入学できて良かった」
あれから一年ほど経ったが、エンティは何とか魔術学院に入学できていた。クラースに簡単な魔術を教わりながら、孤児院近くの食堂で寝る間も惜しんで働いた。そのせいで孤児院の人間から嫌がらせを受け、仕事を終えて戻ってきたら「お前にやる食事などはない」と食事を与えられなくなり、空腹でフラフラになりながら働いて、食堂で意識を失ったこともあった。
その時は食堂を首になるかと覚悟もしたが、女店主は詳しく事情を聴いてくれた上に食事まで用意してくれた。後で知ったことだがクラースがこの店の常連で、口利きしてくれていたらしい。
どうにかこうにか入学金と一年分の学費を溜めたところで、魔術学院の入学試験を受けることにした。幸いなのは筆記試験がなかったことで、魔術の適性のみで入学の可否が決まることだった。もし筆記試験があったら、まともに勉強する時間がなかったエンティはまず無理だっただろう。
「これから入学式を執り行います。新入生の方は、指示に従って講堂に集まってください」
教員なのか事務員のかはわからないが、案内の人間がそう指示を出した。
「こんなところで、ぼーっとしているわけにもいかないか」
エンティは講堂へと足を運んだ。魔術学院というからには相当に大きな施設かと思っていたが、生徒数がそこまで多くないのか思っていたよりも規模が小さかった。
講堂に集まっていたのもざっと見て五十人前後で、エンティの予想よりもずっと少なかった。
「僕が思っているよりも、魔術の資質を持っている人って少ないのかな」
エンティは空いている席に腰を下ろした。
「これから、学院長から簡単なお話があります」
入学式の司会らしき男がそう告げた。
すると、初老の男が壇上へ上がった。
「当学院の学院長のガオレだ。諸君は簡易的な試験とはいえ、魔術の資質を認められた者達であることは疑いない。今後を期待している」
ガオレと名乗った学院長は、それだけを言うと壇上から降りた。
本当にあっさりとした話だったので、エンティは拍子抜けしていた。正孤児院で延々と嫌味ったらしいことを言われることはしょっちゅうだったが、それくらいはかかると思っていた。
「それでは、新入生代表。挨拶を」
壇上に上がった少女に、エンティは目を奪われてしまった。
肩くらいまで伸びた癖のない金髪に、肌は透き通るかと思うほどに白かった。そして、人形かと思うほどに整った顔立ち。
こんなに綺麗な人間がこの世界に存在していたのか、と思っていた。
「新入生代表の、フィルイアルです。この学院に入学することができたこと、本当に感謝しています。学院長、及び他の先生方の期待に添えるよう頑張っていきたいと思います」
フィルイアルは優雅に一礼すると、壇上から降りた。
外見と相まってか、まるで別の世界の人間かのように感じられた。
「では、これで入学式を終わります。生徒諸君は各自の教室へ行ってください」
司会がそう告げると、生徒達は各自の教室へと向かっていく。フィルイアルの姿に見惚れていたエンティだったが、司会の言葉で我に返っていた。
他の生徒達に遅れる形になって、エンティも教室へ向かう。
「えっと、僕の教室は……十人しかいないけど、どういうことだろう」
エンティが自分の教室を確認すると、張り出された名簿には十人しか名前が掲載されていなかった。他の教室は二十人近い名前が掲載されていたから、妙に感じていた。
考えていても仕方ないか、と思いエンティは教室に入った。
「特に席は決まっていないのかな」
エンティは適当に空いている席に座った。
「よう」
すると、隣に知らない男子生徒が座った。
「どうも」
エンティは軽く会釈した。
「俺はドランだ。よろしくな」
「僕はエンティ、よろしく」
相手が名乗ってきたので、エンティも名乗り返す。馴れ馴れしいとは思ったが、そこまで悪い人間でもなさそうだった。
「しっかし、姫様と同じクラスになるなんてな」
「姫様?」
エンティが聞き返すと、ドランが顎をしゃくった。
その先にはフィルイアルが落ち着いた様子で座っている。
「ああ、どうりで綺麗な人だと思ったけど、姫様だったんだ」
「お前、姫様の名前も知らないのか」
ドランが少し呆れたように言う。
「僕には、それすら教えてくれる人もいなかったからね。それに、それを知ろうとする余裕もなかったから」
「……そうか、大変だったんだな。ま、これからは俺にも頼ってくれ」
孤児院での待遇を思い出してエンティが伏し目がちに言うと、ドランはおおよそを察したのかそんなことを言った。
「え」
「こうして会えたのも何かの縁だろ。俺も困った時はお前に頼るからさ」
戸惑っているエンティに、ドランは笑顔を見せた。
「なら、その言葉に甘えさせてもらうよ」
エンティも笑顔を作った。ドランは馴れ馴れしい部分もあるが、それ以上にお人好しな人間らしい。
他の生徒達が各々席に着いてしばらくすると、教室の扉が開いた。
入ってきたのは三十代後半くらいの男だった。
「この組を担当することになった、ルベルだ。既に知っているとは思うが、この組は特に魔力が高い生徒を集めている。よって、他の組とは多少異なる授業をすることになることは覚えていて欲しい」
ルベルがそう言うのを聞いて、エンティは驚いて声を上げそうになっていた。周りを見ると特に反応している生徒はいなかったので、知らなかったのは自分だけのようだった。
「今日は各自の属性を調べるだけで終わろうと思う。一人ずつ前に出て、この水晶玉に触れなさい」
ルベルは教壇の上に水晶玉をそっと置いた。
確か、属性は火水雷風があって魔術師は一つだけ属性を持っている、ってクラース先生が言っていたかな。
そこで、エンティはクラースから教わったことを思い出していた。
順番に一人ずつ水晶玉に触れていき、フィルイアルの番になった。
フィルイアルが水晶玉に触れると、水晶玉が眩しく光った。
「姫様は雷属性ですね」
「そう」
フィルイアルはさして興味がない、というように言うと自分の席に戻った。少なくとも、教員に取る態度とは思えなかった。
「次は俺の番だな」
ドランが意気揚々と立ち上がると、水晶玉の前まで歩いて行く。ドランが触れると、水晶玉から炎が立ち上がる。
「君は炎属性だな」
「そうですか、ありがとうございます」
ドランは頭を下げてから席に戻った。意外にもこういった礼儀はわきまえているようだ。
「次はお前の番だな」
「そうだね。あまり期待しないで行くよ」
自分の番になったので、エンティは水晶玉の前に立った。
特に意識もせず、水晶玉に触れる。だが、他の生徒達の時にはすぐに反応があったのだが、全く反応がない。
「どういうことだ。今までは普通に反応していたから、水晶玉がおかしくなったとも思えないが」
反応がない水晶玉に、ルベルは怪訝な表情をしていた。
「すまないが、一回手を離してくれ」
ルベルに言われてエンティは手を離した。ルベルが触れると、小さく水が吹き上がった。
「やはり、異常はないようだな。もう一度触れてみてくれ」
エンティは再度触れるが、やはり何の反応もない。
「まさかとは思うが、属性がないのか……いや、そんなことは前例がない」
ルベルはありえない、というように呟いた。
「どういうことですか」
「私もこんなことは初めてだから、断言はできないが。君は属性を持っていない可能性がある」
「何か、問題がありますか」
「それすらわからない。君の処遇については、他の教員とも相談したいと思う」
「は、はぁ。わかりました」
エンティは一礼しつつ、何とも言えない気持ちで席に戻った。
初日から前途多難だな。思わず内心で溜息をついていた。