魔物討伐
エンティの放った氷の槍が、ベレスに突き刺さった。
「効いて、る?」
ベレスが苦痛にのたうち回るのを見て、フィルイアルはそう呟いた。
「フィル、続いて」
「えっ」
フィルイアルはエンティの方を見た。確かに今追撃するのは理にかなっている。だが、自分の魔術が通用するとは思えなかった。
「いいから、早く」
「わかったわ……ライトニングブラスト!」
再度エンティに促されて、フィルイアルは電撃を放った。
それが正確にベレスを捉えると、ベレスは更にのたうち回った。
「嘘……」
先程は全く効いていなかった電撃が効いているのを見て、フィルイアルは驚きの声を上げていた。
「ドラン」
次にエンティはドランを促した。
「お、おう……フレイムアロー!」
ドラン少し戸惑いつつも、炎の矢を放った。
それはベレスの顔を捉えると、勢いよく燃え上がる。
「なっ、さっきは全然効かなかったのに、どういうことだよ」
ドランは何事だ、というようにエンティの方を見た。
「まだ終わってないよ。種明かしは、後でね」
訳が分からない、という顔をする二人にエンティは意味ありげな笑みを浮かべた。
「ミア、行けるよね」
そして、ミアに声をかけた。
「でも、わたしの剣じゃ……」
ミアはエンティの方を振り向くと、小さく首を振った。
「大丈夫、僕を信じてくれないかな」
そんなミアを真っ直ぐに見据えて、エンティは大きく頷いた。
「わかった」
ミアはベレスの方に向き直ると、両手で剣を構え直す。
ベレスの顔を覆っていた炎が消えると、ベレスは怒り狂ったような声を上げた。魔術がある程度効いているのか、動きもかなり鈍っているようだった。
「エンティ、本当に大丈夫なの」
フィルイアルが心配そうな顔でエンティの方を見た。
「大分動きも鈍っているみたいだしね。ミアの動きを捉えるのは難しいんじゃないかな」
フィルイアルを安心させるように、エンティは自信ありげな表情を作った。
「そこまで言うなら、あなたを信じるわ」
そんなエンティの態度を受けて、フィルイアルは納得したように言う。
「ミア、あなたに全て託すわよ」
そして、ミアに声をかけた。
その声を受けて、ミアは背中越しに頷いた。
ベレスが腕を大きく振り上げるが、やはり先程までよりも動きが鈍っていた。
ミアはそれを軽く受け流すと、剣をベレスの右前足に振り下ろした。その動きに合わせて、エンティはすっと腕を伸ばす。
「えっ……」
予想外の感触に、ミアは唖然としていた。
斬れないはずの剣が、ベレスの足を切断していた。
ベレスはそれまでで一番の悲鳴を上げる。
「ミア、止めを」
エンティに言われて、ミアは我に返った。
今度はベレスの首筋に剣を振り下ろす。
ベレスの首が宙を舞った。
首が地面に落ちると同時に、ベレスの体躯が地面に倒れ込んだ。
「本当に、斬れた?」
ミアは呆然とした顔で自分の剣を見つめていた。
「ミア、大丈夫だとは思うけど、剣を確認してくれないかな」
「剣?」
エンティに言われて、ミアは不思議そうに剣を確認する。
「問題ない、と思う」
一通り剣を眺めてから、ミアはそう答えた。
「全く効いていなかったのによ、どうなってんだ。お前が何かしたんだろ、エンティ」
ドランがエンティの肩を軽く叩く。
「強化魔術、ね」
エンティが答えるよりも先に、フィルイアルが口を開いた。
「強化魔術? でも、効果が切れたら体に負担がかかるんだろ。そんな感じは全然ないぜ」
ドランは軽く腕を回したりして体の様子を確認する。
「私の推測だけど……あなた、体じゃなくて直接魔術や剣に強化魔術をかけたわね。だから、ミアに剣を確認させた。違うかしら」
「よくわかったね」
フィルイアルに自分のやったことを看過されて、エンティは少し驚いたように言った。
「あなたが強化魔術の勉強をしているのは知っていたから、何となくそうなんじゃないかって」
「僕は属性がないからね。だから、どうしても他の魔術師に比べて劣ってしまう。そこで強化魔術に活路を見出そうとしたんだけど、体に負荷がかかるから多用できない。どうしたもんかな、って思案していた時、ちょっと思いついたことがあってね」
エンティはそこで言葉を切った。
「それで」
フィルイアルが先を促す。
「包丁に強化魔術をかけたら、びっくりするほど切れるようになってね。しかも、包丁には全く影響がなかった。強化魔術は体には負荷がかかるけど、それ以外にはあまり影響がないんじゃないかな、って思ったんだ」
「理屈は分かったが、それを実戦でやってのけるかよ。さも簡単そうに言ってるけど、お前のやってることは相当難しいことだぜ」
エンティが説明を終えると、ドランが感嘆したように言った。
「まあ、何度も練習はしていたからね。こんなに上手くいくとは思わなかったけど」
「いくら練習していても、実戦でやるとなると勝手は違う。おかげで助かった、ありがとう」
エンティが少し謙遜したように言うと、ミアが小さく頭を下げる。
「そうね、一時はどうなるかと思ったわ。でも、こうしてみんな無事で……」
フィルイアルはそこまで言いかけて、膝から崩れ落ちた。
「姫様!?」
「あ、はは。安心したら、腰が抜けちゃったみたい」
心配するミアに、フィルイアルは乾いた笑いを立てた。
「気丈そうなあんたでも、そんなことあるんだな。ま、命の危険があったから仕方ねえとこもあるか」
「違うの」
ドランに軽い口調で言われて、フィルイアルは強く首を振った。
「今まで殺されそうになったことも、一回や二回じゃないわ。だから、自分が死ぬことは怖くないの。でも、今回の件は全部私が言い出したこと。私のせいで、あなた達が死んでしまったかもしれないって思うと……」
「今回のは、あんたのせいじゃないぜ。初心者冒険者が依頼を受ける場所で、あんな場違いの魔物が出る時点でギルドの怠慢だ。だから、あんたが責任を感じる必要はない」
「でも、それでも」
フィルイアルは半分涙声になっていた。
「姫様、あなたは誰かに『死んでくれ』って頼まないといけないこともあり得るんですよ。だから、こんな程度で取り乱したらいけませんって」
「それも、わかってる。でも、そんなことを無感情でできる人間になんてなりたくないわ」
ドランが諭すように言うが、フィルイアルは更に感情的になってしまう。
「正直、王族としては褒められた態度じゃないですね。でも、俺はそういうの嫌いじゃないですよ」
ドランはそこで、エンティとミアを交互に見やった。
それを受けて、二人は大きく頷いた。
「……あり、がとう」
三人の様子に落ち着いたのか、フィルイアルは呟くように言った。
「フィル、立てる」
フィルイアルが落ち着いたようなので、エンティはそう声をかけた。
「まだ、一人じゃ無理みたい。手を、貸してくれないかしら」
「僕が、かい。それはミアの仕事じゃないかな」
意外な申し出に、エンティは困惑してしまう。
「ミアはあんな化物と真っ向にやり合った後よ。これ以上負担をかけられないわ」
フィルイアルにそう言われて、エンティはミアの方を見た。
ミアは笑顔を作ると、促すかのように頷いた。
「じゃ、掴まって」
エンティは右手をフィルイアルに差し出した。
フィルイアルが自分の右手を掴んだのを確認すると、エンティはゆっくりと引き上げる。
フィルイアルは立ち上がったものの、まだ安定していないのか足元がふらついていた。
エンティは咄嗟に支えるようにして肩を掴んだ。
「あっ、ごめん」
抱きしめるような形になってしまい、エンティはそう言った。
「いいわよ。落ち着くまで、支えていてくれないかしら」
「……わかった」
女の子とここまで密着することは初めてだったので、エンティは心臓が高鳴ってしまう。それがフィルイアルだから尚更だった。
「顔、少し赤いわよ」
「こんな状況で落ち着いていられないって。フィルは美人だし」
フィルイアルにからかうように言われて、エンティは溜息混じりに返す。
「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくわ」
「だから顔近いって」
フィルイアルが顔を近付けて来るので、エンティは慌てて顔を引き離した。




