想定外
「あんた、髪伸ばしたりしないのか」
「え?」
ドランが不意にそんなことを言うので、ミアはきょとんとしていた。
「今の髪も悪くないけど、伸ばしても似合いそうなんだがな」
「剣を振るうのに邪魔だから」
「そこまで剣にこだわるのに、護衛とはいえ魔術学院に来たのか」
「わたしが剣を振るうのは、姫様のためだから」
ミアの言葉からは、揺るぎない信念が感じられた。
「そうか。まあ、あんたがそう言うなら俺もこれ以上は言わないが」
その決意が固いのを感じて、ドランもそれ以上言うことを止めた。
「でも、どうしてそんなことを」
「あんた、いつも質素な恰好していて、他の貴族達に馬鹿にされてるだろ。美人なのに勿体ないって思ってたんだ」
ドランの言うように、ミアは普段から貴族らしくない質素な恰好をしていた。フィルイアルの従者ということもあって、表だって馬鹿にされることはないが陰口を叩かれていた。
「別に、馬鹿にされるのは慣れている。それに、わたしが美人だなんて」
ミアはゆっくりと首を振った。
「は? 周りの男に言われたことないのか」
「身分の低い貴族の娘なんか、余程の物好きでもないと相手にされない」
「それはわからんでもないが、周りの男見る目ねえわ。貴族様って本質が見れねえのか」
ドランは心底から呆れたように言う。
「姫様にも、同じようなことを言われる。あなたは絶対自分で思っているよりいい女の子だ、って」
「やっぱあの人、ちゃんと見る目あるな」
「だから、少しはお洒落に気を使いなさいとも言われる。でも、わたしはそういったことに疎いし、そんなお金もない」
ミアは少し困ったような顔をしていた。
「それなら俺が見繕ってやろうか」
それを見たドランが、世間話とさして変わらない口調で言った。
「どういうこと」
「言葉通りだよ。あんたに似合いそうな服、俺が見繕ってやるって」
「どうして、わたしのためにそこまで」
ドランの言葉に、ミアは明らかに困惑していた。
「なんつーか、これほど良い素材が手入れもされずに転がっているのが歯がゆいんだよ。だから、半分は俺の我儘というか、自己満足のためだな」
「もう半分は?」
「あんた、エンティのために色々骨を折ってくれただろ。おかげで、エンティも学院を辞めずにすんだ。姫様に何か言えるのは、あんたくらいだからな」
「姫様は、あれくらいで処分するような器の小さい人じゃない」
フィルイアルの悪口を言われたと感じたのか、ミアは少しむっとした表情になっていた。
「ああ、今では俺もそう思う。だけど、あの時はそうは思えなかったからな。だから、あんたが何か口添えをしてくれたんじゃないか、って思ってな」
「確かに姫様に進言はした。でも、わたしが進言しなくても結果は変わらなかった」
ミアは小さく首を振った。
「それでも、な。あんただって自分の立場が危なくなるかもしれないのに、エンティのためにしてくれたことには変わらんだろ。エンティは俺の友達だからな。友達のために動いてくれた人にお礼をしたい、って思うのは当然だろ」
「そこまで大したことはしていない」
「だから、半分は俺の我儘だって言ったろ。嫌なら断ってくれてもいいぜ」
「……あなたにお洒落の知識があるのが意外」
「おい、突っ込むところそこかよ。確かに俺がお洒落に知識があるって言っても、中々信じてもらえないかもしれんけど」
ミアに真顔で言われて、ドランはたまらず苦笑してしまう。
「あなたがどんな服を見繕ってくれるのか、そこには興味がある。でも、やっぱりわたしはお洒落な服は似合わないし、そういう服は剣を振るうに適さない」
「そう言うと思ったぜ。ま、その点も踏まえた上で最適なのを選んでやるよ」
「そんな都合が良い物なんか、あるわけない」
ミアは怪訝な表情になっていた。
「まあ、こればっかりは簡単に信じてくれって言えねえけど。ミアから見て、俺は適当なことを言うような男に見えるか」
ドランがいつになく真剣な表情で言った。
「あなたとはあまり付き合いがないから、一概には言えない。でも、友人を大切にしているし、見識も深い。だから、適当なことを言うとは思わない」
「お、一応はそういうように見てくれるんだ。俺は普段おちゃらけているから、いい加減な奴って見られがちなんだがな」
「最初は、わたしもそういうように見ていた。でも、見識の深さからしてそれは表面だけだと思う」
ミアはドランを真っ直ぐに見据えていた。
「そう、か。そう言ってもらえるとありがたいな」
ドランはふっと笑みを見せる。
「だから、あなたの提案を受けようと思う。正直、期待もあるし不安もあるけど」
ミアはつられるように笑顔を作ると、ドランの提案を受け入れた。
「決まりだな。じゃ、次の休日、大通りの……何て店だったかな。最近行ってねえから、名前が思い出せねえ。あ、そうだ。アローズって名前だったな。そこで待ち合わせるか」
ドランは額に指を当てて、目的の場所の名前を思い出した。
「アローズ? 確か、フォール商会がこの街に出している店舗。そんな店にわたしが行って大丈夫」
それがフォール商会が出している高級店舗だったので、ミアは驚いて目を見開いていた。
「まあ、俺に任せてくれよ」
「あなたがそう言うなら、任せる」
「じゃ、作業の方を進めるか。そこそこ集まったが、もう少し集めておきたいしな」
「わかった」
二人は採取の作業に集中した。
「そっちはどう」
しばらくすると、フィルイアルとエンティが合流してきた。
「ある程度集まったぜ。そっちは」
「こちらは見渡す限りの分は全部回収したわ。エンティが手慣れ過ぎてるから、思っていたよりも早く集まっちゃって」
フィルイアルが持っている籠には、薬草がぎっしりと詰まっている。
「すげえな、おい」
それを見て、ドランが感嘆の声を上げた。
「まあ、ほとんど日課のようなものだったからね。こういう形で役に立つとは思わなかったけど」
エンティは何ともいえないような表情をしていた。
「じゃ、こっちに残ってるの全部回収したら、そこで終わりにするか。無理してもしゃーないしな」
ドランに言われて、エンティとフィルイアルも近くの薬草を採取する。
「これくらいでいいか」
四人が持ってきた籠が一杯になった頃合いで、ドランが作業を切り上げることを提案した。
「そうね。でも、根こそぎ持っていってもいいのかしら」
「またすぐ生えてくるから問題ないぜ」
「そういうものなのね」
フィルイアルは納得したように頷いた。
「よし、帰るか」
「待って」
帰ろうとした時、ミアが制止の声を上げた。
「どうしたの」
ミアのただならぬ様子に、フィルイアルは只事ではないと感じていた。
「動かないで」
ミアが強く言うので、三人は足を止めた。
近くで何かが動くような音がする。
「人間の気配じゃない。様子を見ているようだから、頭も良い相手。厄介」
「魔術で迎撃できる相手かな」
「待って、刺激しない方がいい。このまま何もしないでいなくなるかもしれない」
エンティは魔術を唱えようとしたが、ミアはそれも制止する。
「わかった」
エンティはそう言ったものの、いつでも魔術を撃てる準備はしていた。
「だが、おかしいな。ここは初心者冒険者が依頼を受けるから、対処できないような魔物が出るようなことは……」
ドランがそう言いかけると、奥の茂みから何かが飛び出してきた。
四本足の獣で、エンティが以前に遭遇した狼よりも二回りは大きい。
「これは、厄介な相手だね」
エンティは思わず口にしていた。
直感的なものだったが、狼の群れよりも目の前の獣一匹の方が圧倒的に強いと感じていた。
「なっ……どうしてベレスがこんな所に」
ドランは驚いて固まっていた。
「ベレス?」
「新人冒険者どころか、中級クラスでも下手したら返り討ちに遭うような奴だ」
フィルイアルの問いに、ドランはそう答える。
「私達じゃ、絶対に勝てない相手っていうことなの」
「それどころか、逃げることすら難しいぜ」
「どうしようもない、ってことかな」
「下がって!」
ベレスが飛び掛かって来たが、ミアは腰の剣を素早く抜いてその爪を受け止めた。
「あなた達では、この獣とまともにやり合えない。だから、下がって」
力ではベレスの方が勝るのか、ミアは徐々に押される形になっている。
「ミア‼」
フィルイアルが悲鳴に近い声を上げた。
それと同時に、ミアはベレスの爪を受け流すような形で弾き返した。
自分の爪が弾かれたことに驚いたのか、ベレスは一旦間合いを取るように飛び退いた。
「ごめん、ドラン。約束守れないかも」
「馬鹿なこと……」
ミア背中越しに言われて、ドランは上手く言葉を返せなかった。
「ミア、僕達が魔法で援護する……アイシクル・ランス!」
エンティはかつて自分が助けられた魔術を放つ。クラースの術の見よう見まねだったが、それはベレスに直撃していた。
「効いて、ない」
だが、ベレスには全く効いていなかった。
「あいつはとにかく硬いんだよ。生半可な攻撃じゃ、全部弾かれる」
ベレスはこちらを威圧するかのように、唸り声を上げていた。




