初依頼
「薬草採取、か。まあ最初の仕事としては妥当だな」
ドランは至って妥当だ、といった感じで言う。
「そうなのかい」
エンティはこういったことに知識がなかったこともあって、興味深々というように聞いていた。
「新人冒険者に魔物討伐とかはまずやらせないな。実戦経験がない奴がまともに魔物とは戦えるわけないし、それで死なれたらギルドの責任問題にもなるからな」
「それにしても、随分と詳しいね。商家の生まれって言っても、そこまで詳しくなれるものかい」
「ああ、うちと懇意にしている冒険者も何人かいてな。そういった人達と話す機会も結構あったんだよ。こんな形で役に立つとは思わんかったが」
「僕は狭い世界で生きてきたって、痛感するよ」
エンティは自分が無知であることを痛感していた。
自分とさして年が変わらないドランがここまでの知識を持っている。だが、自分は全くといっていいほど何も知らない。
「そりゃ、環境が悪かっただけだろ。話を聞く限りじゃ、その孤児院は子供達を働かせるだけでさして教育もしていないようだしな。学ぶ環境がなきゃ、どんな天才でも無知のままだぜ。それに、お前は学ぶ環境を手に入れている」
「そう、だね。これから勉強していけばいいんだ」
「そういうこった」
ドランは軽くエンティの肩を叩いた。
「そういった孤児院があるのは問題ね。お父様も忙しいから、そこまで手が回らないのかしら。でも、孤児院にはある程度の支援をしているはずだし、そこまでしないと回らないなんておかしいわ」
その話を聞いて、フィルイアルが難しい顔をしていた。
「その孤児院の上が、国からの支援金を懐に入れているかも」
「その可能性もあるわね。この件は、お父様に報告しておく必要があるかもしれないわ」
ミアに言われて、フィルイアルは頷いた。
「いや、フィルにそこまでしてもらわなくても」
話が大きくなってきたので、エンティは慌てて手を振った。
「別にあなたのいた孤児院だから、ってわけじゃないわよ。こういう問題を放置しておくのは国としても問題だから」
フィルイアルはゆっくりと首を振った。
「そういうものかな。なら、フィルに全てを任せるよ」
「ええ、任せて頂戴」
エンティがそう言うと、フィルイアルは自信ありげに軽く胸を叩いた。
「さて、目的地に着いたな。採取するべき薬草はわかってるな」
「えっと、一応資料はもらっているけど……」
エンティはギルドから貰っていた資料を取り出して目を通す。
「あ、これ孤児院にいた時に採取してたやつだ。これ採取するとお金になるんだ」
その薬草が孤児院にいた頃に何度か採取していた物だったので、エンティは何ともいえない気分になっていた。
売ればそれなりに金になる物を、ただ同然で孤児に採取させていたと思うと行き場のない怒りすらこみ上げてくる。
「まじかよ……これ、無断で採取したら罰則あるやつだぞ」
ドランが半ば呆れるように呟く。
「これ、本当に即解決しないといけない案件ね」
フィルイアルの表情は険しいものに変わっている。
「ま、その件は後で解決するとして、だ。さっさと採取して終わらせようぜ。四人で固まってても仕方ないから、二手くらいに分かれるか」
「なら、僕とドランで……」
「エンティ、あなたは私と一緒に来なさい」
エンティがドランと組むことを提案しようとすると、フィルイアルがそれを遮るように言った。
「あなた達二人はこの薬草について知識があるみたいね。だから、エンティとドランが私とミアに教えながらやった方が効率的じゃないかしら」
「それは一理あるけど、ミアさんはそれでいいのかな」
エンティはミアの方に目をやった。
「ミア、で構わない。それに、あなたになら姉さんを任せても問題ない」
ミアはゆっくりと頷いた。
「それに、危険な魔物も出ないのなら危険もない」
「なら、俺はミアと組むから、エンティはフィルと組むってことで。そうと決まったら、さっさと集めて終わりにするぞ」
ドランは数回手を叩くと、早く作業を始めるように促した。
「じゃ、エンティ。よろしく」
「ああ、よろしく」
「で、どれを採取すればいいのかしら」
「えっと、これは基本的には地面に生えていたはずだから……」
エンティは孤児院にいた頃の記憶を掘り返していた。
「確か、日当たりの良い所によくあったはずだから、あ、あった」
目的の薬草を見つけて、エンティは指差した。
「あれね。早く採取しましょう」
二人は腰を下ろすと、生えている薬草を採取する。
「ねえ、フィル。どうして僕と一緒にやろうと思ったんだい。知識があるのはドランもだから、別に僕じゃなくても良かったんじゃ」
「最近、あなたと仕事以外で話せていなかったから、少し話がしたかったの」
「それなら、酒場で話をすればいいじゃないか」
「酒場だと仕事の話しかできないでしょう。あなた、最近面白いことを考えているみたいだから、気になっていたのよ」
「面白いこと? 別にそんなことはしてなかったと思うけど」
身に覚えがなかったので、エンティは首を傾げる。
「あなた、強化魔術を研究しているわよね」
「……よく見ているね。できるだけ、他の人には気付かれないようにしていたけど」
フィルイアルに指摘されて、エンティはその洞察力に驚かされていた。
「私を変な客から助けてくれた時があったじゃない。あの時、あなたが強化魔術を使ったことが気になったの。それで、少しあなたのことを観察していたら、何やら他の生徒達がやっていないことをしているな、って」
「たったそれだけで、僕が何かやっていると気付いたのか。まいったね」
エンティはたまらず苦笑していた。
今考えていることは、魔術師としては異端なことかもしれないとも考えていた。だから、できるだけ他人に気付かれないようにしていたのだが、こうもあっさり気付かれるとは思わなかった。
「で、どうして強化魔術に目を付けたのかしら。先生も使いにくい術だって言ってたわよね。一応知識として覚えておけ、とは言われたけど」
フィルイアルは興味深々というように聞いてくる。
「僕が属性を持っていないことは、知っているよね」
「ええ」
「魔術師は自分の属性は他の属性よりも強く使える。だから、属性のない僕は他の魔術師よりも劣ってしまう」
「そうかしら。あなたの魔術が特段劣っているようには見えないけど」
フィルイアルは不思議そうに言った。
フィルイアルからすると、エンティの魔術が他の生徒達よりも劣っているようには見えないようだった。
「今は、他の生徒達は魔術に慣れていない。そして、僕は魔術をクラース先生から先に学んでいる。だから、そこまでの差にはなっていないだけ。みんなの熟練度が上がれば上がるほど、その差は浮き彫りになっていくと思う」
「そう。だから、他の手法でその差を埋めようと考えていたのね」
エンティの声が少し暗かったこともあってか、フィルイアルは下手な慰めの言葉を口にしなかった。
「中々難しいけどね。ある程度の目途は立ったけど、まだまだって感じかな」
エンティはふっと笑みを見せた。
「やっぱり、あなたには応用力があるわね。魔術で薪を割っていた時もそうだけど、普通なら思いつかないようなことを当たり前のようにやってのけるもの」
フィルイアルは感心したかのように言う。
「そうなのかな。僕は自分にできることを必死になって探しているだけだよ」
「謙虚なのね。もっと自信を持ってもいいと思うわよ。もっとも、そういうところもあなたらしいと言えるかもしれないわね」
決して自分を高く見せようとしないエンティに、フィルイアルは優しい笑みを見せた。
「調子、狂うな」
エンティは小声で呟いた。
教室ではほとんど笑顔を見せることのないフィルイアルだが、それ以外の場所ではこうして笑顔を見せてくる。
気を許してくれているのか、それとも教室では他の貴族がいるから気を張っているのか。
「私も、あたなに負けないようにしないとね」
そんなエンティに構うことなく、フィルイアルは淡々と採取を続けていた。




