冒険者登録
「早いね」
エンティが待ち合わせ場所に着くと、先にドランが着いていた。
「ああ、色々と調べないといけないこともあったしな。それに、姫様よりも後に来たらまずいだろ」
ドランは姫様の下りでにやりと笑みを見せた。
「僕もそのつもりで、予定の時間より早く来たつもりなんだけどね」
「まあ、姫様より先に着いているから問題ないんじゃないか」
「そうだね」
フィルイアルが自分よりも遅く来たことでどうこう言うとも思えなかったが、そういったことに気を遣うのも必要だろう。
そんなことを思えるようになったのも、フィルイアルと接する機会が多くなってからのことだ。
「で、お前は姫様と随分仲が良さそうだが、何かあったのか」
「姫様も王宮で苦労しているようだからね。他の貴族達にはそんなことを言えないけど、僕のような平民なら話しても問題ないって思っているんじゃないかな」
さすがに同じ所で働いているから、とは言えなかったのでエンティは適当なことを口にした。
「それは一理あるな。平民が『姫様がこんなことを言ってました』なんて言っても、誰も信じないだろうし。もっとも、お前がそれを言いふらすようにも思えんが」
「信頼されている、ってことでいいのかな」
「俺は姫様じゃないから、そこまではわからんよ。人となりを知るほど付き合いはねえし。ま、思っていたよりも付き合いにくい人じゃなさそうだけどな」
ドランは笑みを浮かべていた。
「そうだね」
それにつられてか、エンティも笑みを浮かべた。
「待たせたかしら」
そうこうしていると、フィルイアルが姿を現した。何故か隣にミアの姿もあった。
「いえ、ついさっき来たところで……なんであんたまでいるんだ」
ドランはそう言いかけて、フィルイアルの隣にいたミアに気付いた。
「姫様が危ないことをするなら、わたしが一緒に行くのは当然」
ミアはさも当然というように答える。
「いや、危険って言ってもな。ただ冒険者登録するだけだぞ」
「流れで何か依頼を受ける、っていうことになったら困る」
「ああ、その可能性も否定できんか。姫様行動力凄いから」
ミアの言葉に、ドランは納得したように頷いた。
「あなた達ねぇ……」
フィルイアルは自覚があるのか、小さく息を吐くだけで抗議はしなかった。
「ま、こんな所で立ち話していても仕方ありませんし、そろそろ行きましょうか」
意外と無駄を嫌う性格なのか、ドランはそう促した。
「そうね。あまり時間を無駄にしたくもないわ」
フィルイアルは頷いた。
「じゃ、行きましょうか」
ドランが先導する形になって、四人は目的地に向かって歩き出した。
「ここですよ」
案内された先はそこそこ大きい建物で、何人かが出入りしているのも見えた。
「ここで、冒険者登録をするのね」
「ええ、冒険者ギルドってやつですよ。中は独特な雰囲気ありますから、ある程度の覚悟はしておいてくださいね」
「待って」
ドランが扉に手をかけようとした時、フィルイアルはそれを制止した。
「私の身分がばれるとまずいから、敬語は止めてフィルと呼びなさい。いいわね」
「……まあ、確かに姫様がこんな所にいるって知られたら面倒だからな」
ドランは一瞬思案したが、フィルイアルの言葉に従った。
「ミアもいいわね」
「そんな不敬なこと……」
ミアの方は抵抗があるのか、中々了承しなかった。
「いいわね」
「わかった、姉さん」
フィルイアルに強要されて、ミアは渋々ながらそう言った。
「姉さん?」
ミアがフィルイアルを姉さんと呼んだので、エンティは思わずそう口にしていた。
「ミアは出会った頃、私のことをお姉ちゃんって呼んでたのよね。私の方が少し年上だったし、まだ身分を明かしていなかったから」
「姉さんも人が悪い。後で事実を知ったわたしが、どれだけ驚いたと思う」
「それは私も悪かったと思っているわ。それに、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ」
「子供の頃ならともかく、今は無理」
フィルイアルがからかうように言うと、ミアは首を振った。
「ま、あんた達が仲良しなのはわかったわ。じゃ、行くか」
ドランは扉に手をかけた。
「さっきも言ったけど、変な奴を見ても驚くなよ」
中に入ると、それなりの喧騒に包まれていた。受付らしき場所に数人が並んでおり、昼間だというのに酒を飲んでいる人間までいた。
「凄い所だね」
エンティは周囲を見渡していた。
「おい、あまりキョロキョロするな。変なのに絡まれるぞ」
そんなエンティにドランが釘を刺す。
「わ、わかった」
ドランがいつになく強い口調だったので、エンティは少し驚きつつも言うことに従った。
「で、あの受付で登録をするのね」
「まあな。手続きはそこまで面倒じゃないが、今人が並んでいるから少し待たされそうだ」
「それくらい構わないわよ」
「いや、そういうことじゃ……まあ、いいか」
ドランは何かを言いかけたが、思い直したのかそれ以上は言わなかった。
「気のせいじゃなければ、さっきからちらちらと見られている気がする」
ミアが若干不快そうに言う。
「あんた達場違いな上に目立ちすぎるんだよ。二人とも美人だし、注目されるのも当然だ。だから、手っ取り早く済ませて出たかったんだが」
「美人? ひめ……姉さんはともかく、わたしはそんなことない」
「いや、あんたも相当美人の部類だぞ。自覚してねえのかよ」
「そんなこと、初めて言われた」
ドランに強調されて、ミアは明らかに戸惑っていた。
「ま、そういうとこもあんたらしいけどな。おっと、話をしているうちに順番が回ってきたようだな」
「見たところ、初めての方ですね。今日は登録でよろしいでしょうか」
受付の女性が丁寧に声をかけてきた。
明らかに年若い四人に対しても丁寧な対応をしたので、エンティは驚いていた。
「おいおい、客商売ならこれくらい普通だぜ」
そんなエンティに、ドランが小声で言った。
「俺らは魔術学院の学生なんですが、それでも登録は問題ないですか」
そんなものなのか、とエンティが思っているとドランは受付の女性と交渉を始めていた。
「そうなりますと、学生登録ということになりますね。学院の許可は……と、魔術学院は冒険者登録を認める方針でしたね」
女性は思い出したように言うと、何らかの書類を取り出した。
「では、この書類にサインをお願いします」
「……特に問題はなさそうだな。じゃ、二人ともこの書類にサインしてくれ」
ドランは書類に目を通して問題がないことを確認すると、エンティとフィルイアルにサインするように言った。
「これ、本名じゃないとまずいわよね」
「さすがに偽名はまずいな」
「ばれないかしら」
「ま、たまたま同じ名前だって押し切るしかないな」
「そうね」
フィルイアルがサインをすると、女性の表情が一瞬驚いたようなものになった。
「フィルイアル? いや、さすがに……」
「たまたま、姫様と同じ名前なんですよね。だから、こうして驚かれることもよくあって」
自問している女性に、フィルイアルは困っているというように言った。
「そ、そうですか。それは大変ですよね」
「ええ」
二人がそんなことを言っている間に、エンティもサインを済ませていた。
「あら、お二方は登録しないのですか」
ドランとミアがサインをしないのを見て、女性は何気なくそう言った。
「姉さんが無茶しないように、わたしも登録しておく」
ミアはあまり思案することもなく、書類にサインした。
「あー、俺はどうしたもんかな。ま、お前らと一緒にいると面白そうだし、登録しておくか」
ドランは少し思案したが、あっさりとサインする。
「では、無理をしないように活動してください。特に皆さんは学生なのですから、無茶をして命を落とすことのないように」
四人がサインしたのを確認すると、女性は忠告するかのように言った。
「はい。学業が本分だということを忘れないようにします」
それを受けて、フィルイアルはそう答えた。
「せっかくですから、簡単な依頼を受けていったらどうですか。今でしたら、丁度いいものがありますから」
「そうですか、どうしようかしら」
フィルイアルは三人の顔を順番に見る。
「どんな依頼がありますか」
「そうですね、初めてで魔物退治関係の依頼は難しいでしょうから、この薬草採取辺りはどうでしょうか」
ドランがそう聞くと、女性は一つの依頼書を提示した。
「これなら難なく受けられそうだな。受けてもいいんじゃね」
ドランは依頼書に目を通すと、フィルイアルにそう言った。
「なら、この依頼書にサインを」
「はい」
「では、頑張ってくださいね」
フィルイアルがサインをすると、女性は優しい笑みを見せた。




