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魔術の発現

「……朝、か。気のせいじゃなければ、いつもよりも早く起きちゃった気がする


 どういうわけか、エンティは普段よりも早く目が覚めてしまった。

 寮で少し時間を潰すことも考えたが、教室で時間を潰しても変わらないと思い直した。いつものように支度を整えると、教室へと向かった。


「さすがに早すぎたか」


 普段よりも早く来たこともあって、教室には誰もいなかった。


「まあ、いいか」


 エンティは席に着くと、何気なく教室を見渡した。

 姫様、今日はちゃんと来れるかな。

 自分が初めて働いた時のことを思い出して、エンティはフィルイアルのことを気にかけていた。給仕だからそこまでの肉体労働はないとはいえ、慣れないことをしたのだから相当疲れているだろう。


「意外と私達仲良くなれると思っているわ」


 フィルイアルの言葉が、妙に頭に残っていた。


「どうして、あんなことを言ったのかな。まあ、真に受けない方がいいとは思うけど」


 フィルイアルと接点があったのは、ただの偶然でしかない。向こうがどう思っているかはわからないが、言葉を真に受けることはしない方がいいように感じていた。


「よう、昨日は問題なかったか」


 急に声をかけられて、考え事をしていたこともあってエンティはすぐに反応できなかった。


「ん?」


 どうにか声のした方を振り向くと、心配そうな顔をしたドランがいた。


「おい、まさか」


 エンティの様子から何か問題があったと思ったのか、ドランの顔が険しくなる。


「あ、いや。君が思うような問題はなかったよ。姫様とも和解できたと思うしね」

「その割には、妙に考え込んでいたように見えたがな」

「ああ、それは……」


 エンティはそこで言葉を止めた。さすがに本当のことを話すわけにはいかなかったし、何より信じてもらえるかも怪しかった。


「何だ、言い難いことなのか」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。姫様が僕の言うことにも一理あるから、私も今後の身の振り方を考えるって。そんなことを言われると思わなかったから、ちょっとびっくりしちゃってね」


 ドランに詰め寄られて、エンティは事実の一部だけを話した。


「あの姫様が、そんなことを言ったのか」


 それを聞いて、ドランが驚いたような顔になっていた。


「信じられないだろうけど、ね。僕も驚いているんだ。だから、色々と考えちゃってね。姫様の意外な面を見れたから、それもあるかな」

「お前が嘘を言うとは思えないが、ちょっと信じられない話だよな。まあ、最悪の事態は避けられたようだし、一件落着と見ていいか」

「うん、そう思ってくれていいよ」


 そこで、二人は互いに顔を見合わせて笑い合った。


「姫様、どうぞ」

「ありがとう、ミア」


 ミアがフィルイアルを先導するように教室に入ってくるのも、見慣れた光景になっていた。

 いつもなら二人が並んで座るところだが、ミアは席に座らないでエンティの所に歩いてきた。


「あなたのおかげで、姫様としっかり話し合うことができた。ありがとう」


 そして、エンティに対してそう言った。


「僕は自分勝手に行動しただけだよ。だから、お礼を言われるようなことはしてないから」

「それでも、お礼を言わせて欲しい。姫様の本心を知ることもできたから」

「僕が言えた義理じゃないけど、姫様のことを支えてあげてくれないかな。これから、姫様は大変になると思うから」

「言われなくても、最初からそのつもり」


 ミアはそう言うと、エンティの耳元に顔を近付けた。


「姫様のこと、お願い」


 そして、そう囁いた。

 その様子からして、ミアはおおよそのことを知っていることがわかった。


「わかった」


 だから、エンティは余計な事は言わずに小さく頷いた。

 それに満足したのか、ミアは自分の席に戻っていった。


「おいおい、内緒話か」


 ドランがからかうように言った。


「まあ、ね。あまり突っ込まないでくれると助かるよ」

「そういうことなら、これ以上突っ込まないけどよ。何かあったら相談しろよ」

「ありがとう」


 二人がそんなことを言っていると、教室の扉がゆっくりと開いた。

 生徒達は全員揃っているから、入ってきたのはルベルだった。


「昨日までは魔術の基礎を教えてきたが、今日からは実際に魔術の実践を行う。教室で魔術を使うわけにはいかないから、修練所の方に移動する」


 ルベルはそう言うと、教室の外に出た。

 他の生徒達もそれに続くように立ち上がって教室を出る。


「いよいよ、魔術の実践か。楽しみだな」


 ドランはにやりと笑うと、エンティにそう声をかけた。


「そうだね」


 エンティは基本的な魔術は使えるようになっているから、ドランのような感情はなかった。だが、わざわざそんなことを言う必要もないと思いドランに話を合わせた。


「では、魔術の使い方を教える。諸君は魔力が強い面々が集まっているから、魔力が暴発する可能性もある。だから、魔術の扱いには細心の注意を払うように」


 修練所に着くと、ルベルはいつものように淡々と口にした。だが、その言葉には普段と違う重みが感じられた。

 その雰囲気を感じ取ったのか、生徒達の空気も一変した。少し浮かれていたドランも、真剣な表情に変わっている。


「今から、私の魔力の流れがわかるように見せる」


 ルベルは両手に魔力を集中させる。

 魔力は目に見えるようなものではないが、生徒達にはルベルの両手に魔力が集まっているのが理解できた。


「魔術の使い方だが、このように手先に魔力を集中させる。それから、各自自分の属性をイメージして……」


 ルベルの指先に小さな氷が宿った。


「私は水属性だが、水属性は氷にした方が何かと便利なことも多い。これは授業で教えたことだな」


 ルベルが指を払うと、宿っていた氷が消え去った。


「では、各自でやってみなさい。暴発しないように細心の注意を払うように……」


 そこで、ルベルはエンティに目をやった。


「エンティ、君は属性がなかったな」

「先生と同じ水属性でやってみようと思います」


 ルベルに忖度したわけではないが、エンティはそう答えた。

 クラースが水属性だったこともあって、水属性を主に使うようになっていた。


「そうか。それなら何かあった時に私も対処しやすいから丁度いいな」

「はい」


 エンティは周囲を見渡すと、まだどの生徒も魔術の発現はできていないようだった。一番最初に魔術を発現させると目立つからどうしたものか、と思案する。


「あっ」


 だが、すぐにフィルイアルが小さな声を上げた。その指先で小さな雷が現れたり消えたりしている。


「姫様、さすがですね。そうしたら、その雷を維持できるように魔力を集中させて……」


 それを見たルベルはフィルイアルに近付くと、そう指示を出そうとした。


「先生、私はこの国の王女ですが、その前にこの学院の生徒です。だから、他の生徒と同じ扱いをして下さい」


 だが、フィルイアルはそれを遮るように言った。


「……わかりました。では、これからは一生徒として扱わせていただきます。魔力を集中させて、雷を維持しなさい」


 ルベルは驚いた顔になったが、すぐにフィルイアルの言い分を受け入れた。


「はい、先生」


 フィルイアルが魔力を集中させると、現れたり消えたりしていた雷が安定し始めた。


「良い感じだ。今度は魔力を断って雷を消しなさい」


 ルベルの指示で、フィルイアルの指先から雷が消えた。


「こ、こんな感じか」


 次はドランの指先で炎が現れたり消えたりしている。

 それを皮切りに、他の生徒達も魔術を発現させていた。


「僕も続いてよさそうだね」


 周りが魔術を使えるようになったのを見て、エンティはいつも通りに魔術を発現させた。他の生徒達のような安定しない感じを再現するのは無理だったので、発現させてすぐに消し去った。


「ほう」


 さすがにルベルの目は誤魔化せなかったようで、ルベルが感心したような声を上げた。だが、それ以上何かを聞いてくるようなことはなかった。


「全員、魔術の発現ができるようになったようだな。暴発することもなく何よりだ。今日の授業はここまでとする」


 全員が魔術を発現させたのを確認すると、ルベルはそう言った。

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