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9,お休みをいただく

「ご家族をですか……」

「詳しくは知らないがな。俺があの方の近くで言葉を交わせるようになったのは、三年くらい前であり、家族を失われたのは、それ以前のことらしい」


 ダレン様はグラスに入った、赤い液体を傾ける。その色味を楽しんでいるかのように、視線を落として、笑む。


「奥様が聖女でいらっしゃたのでしょうか?」

「さあなあ。自身について話したがらない人だ。出世欲もなく、不必要な褒賞も断っている。本当に、ただただ強いだけの方さ」


 ワインをくいっと呷る。

 癒しを与え終えたので、退室しようにも、お話が始まってしまったらタイミングを逸してしまったわ。


「飲まないか。舐めるだけでもどうだ」

 グラスは二つ用意されていた。ピッチャーに水もあり、どちらでもいいように準備されているようだった。


「では、少し……」

 昨日の今日だけに、断りずらい。


 グラスを手渡される。ダレン様がワインの瓶を持ち、傾けてくれた。注がれたのは本当に小指の第一関節ぐらいの高さだった。


「残してもいいからな」

「はい」


 グラスの底が赤々と光る。つんと立つ、慣れない香り。グラスを傾けて、唇につるりとしたグラスの端をつける。ゆっくりと傾けて、舌に苦みが触れた。

 あまり美味しくはないのね。


「休みの日が決まったら、出かけたいところはないか。俺も休みだ、連れて行ってやるぞ」

 グラスを見つめて、ダレン様はとつとつと語る。


 そうだわ、昨日のお願いしたことをすぐさま今朝ミザリーに伝えてもらったお礼も言ってなかった。

「ダレン様、ありがとうございます」

「なにをだ?」

「ミザリーに、お休みをお願いしていただいて……」


 ふっとダレン様が笑う。そんなことか、と言いたげだった。

「気にするな。ミザリーも休みの必要性は感じていた。ただ、きっかけがなかっただけだろう。でっ、行きたいところはないのか?」

「……どうでしょう……」

 休みの日にしたいこと? 困ったわ。私は何も考えていなかった。ただお休みをいただきたい、ほんの少し解放されたいという願望だけだったもの。


「屋敷でゆっくりしたいか?」

「屋敷もいいですし、少し街を歩きたい気持ちもあります。馬車から見るばかりで出たことがありませんので、いつも通り過ぎてしまうのですもの。

 ああ、朝は、ゆっくり寝ていたい。そんな願望もあります」


 柔らかく笑むダレン様は「なにか、考えておこう」と締めた。その後、二言三言、言葉を交わし、私は部屋へと戻った。




 翌日、ミザリーと教会へ出かけるために馬車にのっている時だった。


「聖女様、お休みの日について、よろしいでしょうか」

「あっ、はい」


 私はぴんと背が伸びた。今まで、休みなんてなかった分だけ、心なしかドキドキする。


「来週、一日だけ、教会を二か所寄る日を作らせていただきます」

 私は胸にそっと手を添えて、息を呑んだ。

「その翌日、お休みにさせていただきます。よろしいでしょうか」


「はい」

 目を見開き、頭を上下に思いっきり振って私は答えた。

 口元が緩んでくる。


「ゆっくり、お休みください。それまでは、少し頑張ってください」

「はい、ありがとうございます」


 ダレン様と一緒にいれる。私は頬を両手で包んだ。火照ってくる頬をミザリーに気づかれたくなかった。


 

 日暮れを迎え、ダレン様の屋敷に戻る。玄関先で、ミザリーとお別れするのは不思議な感覚だ。

 馬車で戻る彼女を見送り、私は横に立つダレン様を見上げた。


「ありがとうございます。ダレン様のおかげで、お休みをいただくことができました」

「そうか、それは何より」


 ダレン様は自分のことのように嬉しそうに笑む。


「来週、一日お休みをいただけます」

「朝、ゆっくり寝ていられるな」

「はい」

「夕食を食べながら、休みの日の話でもするか」


 踵を返すダレン様と共に、屋敷へ戻る。夕食は今までより少しだけ気持ちが楽だった。ミザリーといると終始緊張していたのだと実感する。


 彼女の指導のおかげで慣れてきたこともあり、気心の知れたダレン様だから、楽だったのかもしれない。口にする食べ物も、美味しいと素直に感じられた。


 騎士様として村で会った時や、都に出る時ほどに今のダレン様が怖くないのは、私的な時間を共有しているからかもしれない。あの時は、魔力があると知られ、先の見えない状況だった。


 夕食後、私たちはいつものように暖炉の前でゆっくりとくつろぐ。三日目にもなると、そのように共に過ごすのが以前からの日課のように感じてしまう。


 毎日癒していると数日で、腕はほぼきれいになった。後は自然に治るでしょう。癒しを与えなくてもよくなっているのに、なんとなく瘴痕が見えると触れたくなってしまう。癒すわけでもないのに、腕に残る瘴痕に触れても彼は嫌がらない。


「騎士様も大変ですね。私たちの知らないところでこんなご苦労をなされて……。誰も騎士様達の大変さを十分に理解していませんわ。ただ、強いからすごい、そう思っているだけで、こんな危険と隣り合わせでいらっしゃるとは存じませんでした」


「そういう仕事なだけだ。命がけと言っても、十数年前ほどじゃない。今は、今後のことに話の中心が移っている。

 あなたが聖女として多忙を極めるのもその一端だ。俺がこうやって休めるのも、終焉が近いことを意味する」


 暖炉にあたるほりの深い顔も見慣れた。ほとんど消えかけた瘴気の痕が残る額に手を寄せる。彼は嫌がらない。前髪に触れるほど指先が近づけば、目を閉じて、口元が柔らかくなる。


 暖炉前で穏やかな時を毎夜当たり前に、ぽつりぽつりと身の上話などして過ごした。


 ダレン様は騎士になるまでのことを、今のお仕事についてはお話しできないこともあり、かいつまんで少し。私は村での仕事や季節の行事、出生や村へたどり着いた経緯を伏せつつ語った。隠すことはあっても、一週間という短い時間を満たすには十分な話題だった。

 二週間はかかるだろうと思われた瘴気の痕も五日ほどでなくなり、包帯が取り払われた。


 そうして、明日はとうとう私の休日になる。瘴痕が消え、私の指先も彼に触れることをためらうようになった。手を膝に乗せ、意識して強く握った。

 

 椅子を寄せて横に座る。私たちは、ただ言葉を交わし、互いの知らない時を埋めるように、いつものように語れる程度の過去を話題とした。


「やっと、明日の朝は寝坊ができるな」

「寝坊は、お仕事がある日に遅く起きることですわ」

 この頃はダレン様も冗談を言い、私も軽く言い返すことが増えた。


 明日は一日一緒にいれる。私の治癒で回復が早かったダレン様は、前線復帰を早め、私との休日を過ごした翌朝出立する予定を立てていた。

 前線の状況を考えると、瘴気の痕が消えた体をもって休んでもいられないと言う。

 楽しみなようで、彼が前線に向かうと思うとこころもち気持ちが沈む。


「……それでも、すぐ都に戻られるのでしょう」

「ああ、戻る。次に戻る時は、きっと全団撤退だろう。そうなれば事後処理が増えるな。書類仕事ばかりになり……、俺も、そろそろ……」


「そろそろ?」

「いや、なんでもない。ナンナはもう寝なさい。明日はゆっくり寝れるとしても、遅くまで起きていたら、明後日以降の仕事にさわるぞ」


 ダレン様はなにかと私を先に寝室へいつも帰す。明後日の朝には出立してしまうのに……。今夜だけはもっと一緒にいたかった。名残惜しい目を向けると、もう一度ダレン様は笑み、「おやすみ」と言った。

 私は、もう少し一緒にいたいと、言い出せず、彼の言葉に従い席を立つ。

 

 廊下に出る。今夜ばかりは、名残惜しいあまり、いつもよりゆっくりと扉を閉めた。


「……こんな会話をしていると、妻でも娶ったかと錯覚してしまうな……」

 火の粉のようにふいに飛んできたつぶやきにゆらぐ。少しだけ、胸苦しくなった。


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