7,騎士様へ癒しを
「おっ、頑張っているな」
ダレン様はいかにも帰ってきたばかりという恰好で入ってきた。上着と長剣を、後ろから追ってきた使用人に手渡す。ずっしりとする武器を重そうに抱えながら、使用人の男性が引き下がった。
ダレン様の額には包帯が巻かれてる。
ミザリーが眉をひそめた。
「ダレン様。仮にも男爵家の方なのです。少々、無作法ではないですか」
「そうか? 俺にとっては自宅だ、かたっ苦しいのはやってられん」
ミザリーがあからさまなため息を吐く。
「身元を引き受けていらっしゃるとはいえ、聖女様の御前とわきまえていただきたい。彼女が、このように努力をしている最中に、彼女の身元を預かるあたなが手本を見せれなくてどうするのです」
首元を緩めながら、ダレン様は椅子を引き、どかりと座った。
「表に出る時は、ちゃんとするさ。ここは俺の自宅だ。そこまでは面倒みきれん」
袖のボタンをはずし、ずいっとまくり上げる。
腕にも包帯が巻かれていた。腕を回しながら眺めてから、そこをさすっている。うずくのかもしれない。
「俺はほとんどこの家に帰ることもできないんだ。帰った時ぐらい、羽を伸ばせなくて、なにが家だ」
ダレン様は私たちのことは我関せずとふるまう。ミザリーがピリリとし空気が重い。
ケガもされているし、ここは確かに彼の家である。休みたいと言うのは最もだ。
「……あの、ミザリー。明日もあるので、私も休みたいわ……」
おずおずと申し出ると、はっとして彼女が申し訳なさそうな顔になる。
私は、ダレン様に目を向けた。
「申し訳ありません。私も連日で疲れており、先に休ませていただいてもよろしいでしょうか」
「俺のことは気にするな」
部屋に入ってきた使用人が、ダレン様の前に食事を並べる。彼の視線はすでに食べ物へと向いていた。
私とミザリーは立ち上がり、退出する。廊下に出て、彼女は「また明日迎えにまいります」と深いお辞儀をし、去って行った。
残された私は、控えていた侍女とともに、湯あみを済ませ、あてがわれた自室にて寝衣に着替えた。
脳裏に、ダレン様の包帯がちらついた。退出しようとする侍女に「あの……」と声をかける。
「いかがされましたか、聖女様」
「ダレン様はどちらにいらっしゃいますか。包帯をされていたので、気になってしまって……」
そう伝えると、さすがはダレン様の侍女である。すぐさま「どこにいるか確認し、迎えにまいります」と出て行った。程なく彼の居場所を見つけた侍女が戻ってきて、案内してくれた。
ダレン様は、広い居室に備えられた暖炉の前にいた。一人掛けのソファーにサイドテーブルを横付けし、ワインを傾けている。
侍女が小ぶりな椅子をダレン様のサイドテーブルの横に用意してくれた。
ダレン様も、食事を終え湯あみし、着替えていた。柔らかそうなシャツとパンツであり、まだ寝衣にはなっていなかった。
「座ってもよろしいですか」
問うと、ダレン様が声を殺して笑った。
「村娘が、言うようになったな。いいぞ、座ってくれ」
「ありがとうございます」
「この数週間でしつけられたなあ」
「はい、朝から晩までお勉強で大変です。お昼過ぎましたら、どこかの教会に移動しなくてもいけません」
「そうか、難儀だな」
「慣れません。私が、聖女なんて……」
「そうか、それらしく見えるぞ。話し方も柔らかくなった」
褒められているようで照れてしまう。ダレン様はそんな気はないようで、涼しい顔でワイングラスを空にする。
「日常ずっと一緒におりますミザリーから、逐次指摘を受けて矯正されてしまいました」
「ミザリーは厳しいか?」
暖炉の火がパチパチと爆ぜる。ダレン様はグラスに手酌でワインを注ぐ。
「まあ、そうですね。でも、気が付く方なので、とても助かることが多いです」
「あれは魔法省から遣わされた文官だからな。試験に受かった才女でもある。優秀なんだろうな」
「はい、とても」
ダレン様が口元に拳を寄せて、また笑った。
「本当に、しおらしくなったな」
「笑わないでください。私だってついこないだまで、あなたに男の子に間違われていたんです。気恥ずかしいわ」
ふいっと横を向くと、ダレン様の手が伸びて、頬に触れた。
「お世辞じゃなくてな。女らしくなったな。村で見た時は、もっとこう、何も知らない小娘だったのが嘘のようだ。恥じらうことを覚えたか」
横を向いたまま、視線だけ彼に向ける。からかわれているようで、うらめしい。
「そんな目をするな。冗談だ」
手を引き、彼はグラスを手にする。
「お前の村にも顔を出した。お嬢様だったか、元気そうだったぞ。頼まれた手紙も置いてきた。あちらも手紙を出したいというので、宛先を伝えた。じきにここに届くかもしれないな」
ふわっと胸があたたかくなる。懐かしいという感覚だ。
「ありがとうございます。良かったわ。お嬢様が元気で。お手紙の宛先もお伝えしてしまってよろしかったのですか」
「ああ、問題ないだろう。手紙ぐらい」
「ダレン様、うれしいです。本当に……」
胸に手を組んで、目を閉じる。懐かしい村の風景と、お嬢様の笑顔が瞼ににじむようだわ。
「そこまで喜ぶなら、寄って良かった」
目を開くと、ダレン様ははにかみながら、ワイングラスをくるりくるりと回した。
「っで、俺に何か用があったんだろ。侍女がそう言っていたぞ」
「そうです」
肝心なことをまだ切り出していないと知る。
「お怪我をされていたので、気になってしまいました。見せていただいてもよろしいでしょうか」
「これとこれか?」
額を指さし、腕を掲げて見せた。
「触っても構いませんか」
「いいが……、疲れているのではないか」
「もう、寝るので、すぐ休みますから、きっと大丈夫です」
「そうか。無理ならこのままでいい。このおかげで俺も少し休みをもらえたんだ」
「そんな大きな怪我なんですか」
「ケガ自体は大きくない。ただ瘴気にやられたので、回復に時間を要するだけだ。騎士団長が、少し休めと言って下さった」
「さようでございますか」
ふっとまた笑む。
「まるで、別人と話しているようだ」
「変わりませんよ」
「……そうだな。心根が変わったということでは、ないな……」
私は手を伸ばした。ダレン様が腕を差し出す。包帯の上にそっと手を添える。口内で「回復」と呟けば、指先から魔力が癒しの力に変わる。
癒しを与え終えると、察したダレン様が、腕を引いた。
「少し、楽になるな」
「まだ、力及ばず、ごめんなさい。次は額を……」
伸ばした手をダレン様がつかんだ。
「こちらは今日は良い。瘴気にやられている。一気に癒そうとすれば負担を強いるだろう。しばらく滞在する、少しでいい、毎日癒してくれると助かる」
「はい」
「役得だな」
口元をほころばせ、私の手を離した。