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4,即席聖女

 ダレン様と向かい合い馬車に揺られている。

 村娘の恰好のまま、騎士様と同席している場違い感がいたたまれない。


 陽光に照らされる淡い茶系の短髪が揺れる。ほりの深い顔立ちに漆黒の瞳。首も太く、体躯もがっしりとしている。騎士の姿をし、長剣を腰にさせば、ダレン様は村の娘が容易に話しかけれない武人となった。


 村長がつながりを持ちたいと野心を抱くのも分るわ。村の損害に対して配慮を示し上司の意向も汲む人なのだから、きっと人格もちゃんとしている。あの青年に恋をしていなければ、お嬢様もぱっと心を奪われていたかもしれないわ。


「なんだ」

 ダレン様がちらっと睨む。凝視してしまっていた私もドキリとする。

「あの……、私はこれから、どうなるのでしょう」


 彼は顎に手を当てて、ぽつりぽつりと語り始める。

「そうだな。まずは、魔力協会に出向く。村長にサインをもらっているから、俺があなたを保護した金の保証の手続き。

 あなたは魔力の確認か。後は、身の振り方だな。魔法省にも同時に連絡して、誰か来てもらおう。今は聖女はとかくなり手がいないから、平民でこれだけ魔力持ちを連れ帰れば、教会も聖女として……」


 私はあんぐりと口をあけてしまう。まりょくきょうかいって何? まほうしょう? みのふりかた?

 しかも、まるで私が聖女……確定?

 

「どうした?」

 ダレン様が私の表情の変化を見て、話を区切った。


 変わらず私の頭はぐるぐると混乱する。

「すいません。話についていけません」

 額に手を乗せて、俯いた。


「だろうな。まずは、行ってみる方が、早いだろう」

 そう言うと、ダレン様は外に目をむける。

 

 私は額にのせた手で顔を覆い、指の間から彼を盗み見た。


 私は、早まったろうか『魔力がある』十数年ぶりに言われて、どきりとした。私と父を繋ぐ唯一の糸を見つけられ、ついてきてしまった。父だとて、生きているとも、死んでいるとも知れないのに……。


「あの……、帰りたいって言ったら、どうなりますか」

 指の間から覗き見ている私の視線に気づき、ダレン様は言った。

「ここで俺について来なくても、俺が魔法協会に報告すれば、すぐさまあなたの身柄は拘束される。見つかった以上、あなたはこれから示される道から、逃れることはできない」

 逃れられない。そう言われ、ストンと落ちる。あきらめるしかないのか、と。平民の意なんて、誰も聞いてはくれないもの。


 その後、無言のまま、私たちは都へと入った。馬車から覗く街並みが変わる。


 舗装された道を馬車が走る。商店がずらっと並ぶ。見たこともないほどたくさんの人々が歩き、馬車も何台もすれ違う。こんなに人がたくさんいる地に足を踏み入れるのは始めてだった。

 

 馬車は見上げるほど、大きな建物の前で止まった。先に降りたダレン様が、手を差し伸べてきて、一瞬どうしていいか分からなかった。私は胸に荷物を抱きしめ、彼の手を取って馬車を降りる。


「この建物に、魔法協会の事務所があるんだ。いくぞ」

 ついて行く私は、周囲の豪華さに気後れし、声を発することができなかった。


 魔法協会の事務所にて、ダレン様が一言二言説明をするなり、場が突如騒がしくなった。魔法省へ伝言に行くと二人ほど飛び出して行った。同じ建物内にあるらしい。


 私はダレン様と共に、応接室へと通された。魔法協会の人と思しき黒いローブを纏った男女数人が続いて入ってきた。カーテンをざっと閉めて、暗がりができたと思うと、一人が小さな明かりを手にして、私の目を覗き込んだ。「失礼します」と言うなり、昨日の夜にダレン様がされたように私の眼を確認した。


「おおっ」っと感嘆されると、閉じられた部屋のカーテンが開かれて、日光があふれた。まぶしくなり、目を細める。目がなれたら、また扉が開いた。

 どかどかと数人が入ってきた。貴族のような身なりの男性二人が現れる。


「ダレン、よく見つけてきたな」

 私の眼を見た人が言った。

「偶然だ」

「いや、この時期だ。とてもありがたい」


 私は状況が読めないまま、椅子に座りなおさせられ、突如目の前に大きなテーブルが運び込まれたかと思うと、目の前に、私の眼を見た男性が座り、その横に、どう見てもお偉い官吏の方と、ローブを身につけた協会の男性がずらっと座った。


 ダレン様はすっと私の横に座ってくれた。昨夜から顔を合わせている人がそばに来てくれて、幾分か気持ちが楽になる。


 魔法協会の方の説明を声が右から左へ流れていく。意味はさっぱりたどれなかった。


 かろうじて理解できたのは、今は聖女が不足している、ということだけ。一週間ほど、研修を受けたら、すぐさま聖女として、動いてほしいとまで言われた。動けと言われても、何をしたらいいのか、分からない。現場で、修練をつんでくれと締めくくられて、私はクラクラして倒れそうになる。


 最後の問題は私の身を誰が預かるか、だそうだ。

「それなんだが、俺が預かってもいい」

 黙っていたダレン様が口を開いた。

「うちは男爵家だ。ここからも遠い。実家には遠縁の娘ということで口裏を合わせてもらうように依頼してもかまわない」


 私の意見は聞かれることもなかった。

 満場一致で、拾ってきたダレン様に身元引受人になってもらおうということになってしまう。


「おい、今の話は理解できたか」

 頭上から降ってきた声を恐る恐る見上げる。ふるふると首を横に振った。


「一つ、あなたがこれから住むのは俺の屋敷。俺は男爵家の四男で、表向きはその遠縁ということにしておく。

 二つ、これからあなたは聖女として仕事をする。一週間で最低限の作法と、魔法を覚える。国民への奉仕として、癒しの施しを与えながら、実践で技術を磨くこと」

 ダレン様が私の肩にぽんと手を置いた。

「激務だ。命がけで頑張れ」

 さわやかな笑顔に、さあっと私は青ざめた。

 まるで軍隊へ入隊させられた気分よ。


 すると、人々が次々と席を立ち始めた。ダレン様も立って、退室していく。私は、「えっ」とか「あっ」とか、きょろきょろしているうちに、ぽつねんと残された。


 数秒待ったろうか。今度は、開いた扉から、女性達がどどっと入ってきた。扉が閉められ、立たされた私は、服を脱がされ、あれよあれよと着せ替えられる。その場で、衣装のサイズの調整まで行われた。

 テーブルの上に並べられた小物たちが化粧道具であると気づくのに、また数秒。

 肩までしかない短い髪を何度も梳かれて、顔をざっと洗われてから、化粧を施された。


 囲んでいた女性達が満足そうな笑みを浮かべた瞬間、あっ終わったんだと気づく。

 

 鏡の中には、白いローブを着せられた私がいた。短い髪も丁寧に梳かれ、真珠があしらわれた白金の髪飾りと耳飾りも飾られて、薄く紅をひかれた化粧を施された別人の私がいた。

 

 女性の一人が扉を開き、退出していた人々を招き入れる。

 私を見るなり、ざわめきが起こった。


 横に立ったダレン様が、私を見降ろして、うーんと唸り、あごを撫でる。

「これは、なかなか……」

 

 なにが、なかなかなのか知れないけど、私はもう泣きそう……。


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