3,村を出る
「親はいるか」
騎士様に問われて、泳がせた視線を揃えた膝の上に載せた拳に落とした。
「……いません」
「親代わりは?」
「……村長の奥様にお世話になりましたけど、数年前に病で亡くなられました」
うーんと騎士様は腕を組んでのけぞった。
「じゃあ、俺があなたを連れて行っても良さそうだな。村長が反対しそうだったら、礼金の一つでもおいていけばいいか。
ここのお嬢ちゃんもいるしな……くぎさしとくか……」
一人でぶつぶつと騎士様は算段を練っているようだ。
「あなたがここにきたことを、少々逆手に取らせてもらうかな」
「騎士様は、強いだけでなく、頭も良いんですね」
「……まあ、色々あるからなあ。嫌でも知恵はつくよ。ところで、あなたの名は?」
「ナンナです。姓はありません、村人なので」
「俺はダレン・スウィフト。魔獣討伐の第一線で働く騎士だ。今日……っと、すでに昨日か。森の奥でふいに魔獣を見つけて、討伐していたのだが、逃してしまってな。追っかけていたんだが……」騎士様は柳眉を曲げて、頭をかく。「村まで荒らしてしまって、申し訳ないことをした」
「いえ、その辺は誰も気にしていないと思いますよ」
「そうだとありがたいよ。悪いんだが、明日は俺に口裏を合わせてくれ。ただ、俺の言う通りだと相槌うってくれればかまわないから」
ワインの瓶を傾けて量を確認したダレン様は、呷った。瓶に残った最後の一滴まで飲み干してしまう。
「俺は、ここのお嬢ちゃんと想い人と結婚してもらえるようにしてフォローして、あなたを連れ出す。必要な金は少々積む。そんなところだな。そうすれば、あなたも俺と一緒に来やすいだろ。お嬢ちゃんのことが心配で、行きたくないと言い出しそうだしな。あなたの魔力は強そうだから、早急に協会に見せておかないとな。あと、年齢はいくつだ」
「二十三です」
「はっ。意外と高いな」
「……幼く見えますか」
「まあその辺は問題ないだろう」
そう言うと、ダレン様は三人掛けのソファー席に身を横たえた。
「今日は、俺はここで寝る。あなたはそこのベッドで一人で寝ればいい」
言い終わるなり彼はすぐに横になり、寝てしまった。
残されたナンナは仕方なく、ベッドへもぞもぞと入り込み、今まで寝たこともないような柔らかい寝具に包まれて眠りについた。
翌日は怒涛の展開だった。
ダレン様は早速、私をもらい受けると村長に申し出た。もちろん、お嬢様は無事に私のベッドで一夜を過ごし、朝を迎えている。
昨夜、何があったか理解しきれない村長をよそに、紋章がついた馬車が数台きて、魔獣の遺骸を引き取っていった。騎士であるダレン様が狩った魔獣は国の管轄になり、素材はすべて国庫の資産になるらしい。事態のものものしさだけで、村長含め村人はみなおののいていた。
ダレン様自身を迎えにくる馬車は昼前に村へきた。御者が、大きな袋をダレン様の手に渡した。なにが入っているのかと聞くと「金だよ」と言い、彼はにやっと笑った。そして私にむかって「村を出るから荷造りをしろ」と続けた。
ダレン様は村長に、滞在のお礼と私を連れて行く件で、その金を渡した。最後に一言。
「お嬢さんには、村に想い人がいると聞いた。彼女が彼と結婚する際には、ぜひにも呼んでもらいたい。その際は、祝いを送ろう」
村長は金を受け取りつつ、娘の結婚式の際はぜひにもと体を折り曲げて、礼を尽くしていた。
呆然とする私に、ダレン様はもう一度言った。
「荷物をまとめてこい」
私は使用人としてあてがわれていた自室へと急いだ。
すでに迎えの馬車が来ている。私は少ない荷物を、ベッドの上に投げ捨てた。捨てて良い物は捨て、必要な物だけ、かばん一つに詰めてゆく。
私は何をしているんだろう。この村に、不満はない。村長のしようとしたことだって、どこにでもあることだ。ダレン様についてほいほいと行こうとする私の方がおかしい。
魔力がある……。
そう言われたのは、いつぶりだろうか。
『あなたはお父さんと同じ魔力を持っているのよ』
母の嬉しそうな言葉が蘇る。父はどこかの貴族か何かだったのだろう。詳しくは聞かされていないので知らない。言えない人なのかもしれない。
平民だと言ったが、生まれた頃は姓もあった。シモンズ、これが姓。本当の名は、ナンナ・シモンズ。おそらく父の姓を母も名乗っていたのだろう。
私が三歳くらいまでは父もたまに来て、村に恩恵を振りまいていたらしい。その後父は村へ来なくなった。村人は数年は忙しいのだろうと考えたが、更に時間が経つと母が捨てられたと考えるようになった。父が来なくなった村は、寂れていく。ただ与えられた恩恵を受けるだけで豊かになった人々は、贅沢を覚え、浪費を覚え、止められなくなった。
十歳になる頃、母と私は村人たちから疎まれるようになった。お前たちのせいだとなじられるものの、何が私たちのせいなのかは、未だ分からない。
暮らしを保てなくなった恨みの行き場が、私たち親子にすり替わった。母と私は特段贅沢をしていたわけではなかったのに……。父が与えた恩恵は、ただ私たち二人を頼むと言う意味であって、村人を贅沢に浸らせるためのものではなかっただろう。
無償でもらったものを自分の物と挿げ替えて、失われれば、誰かのせいにした。それだけと言えばそれだけだ。
私がお嬢様の代わりになって、もし何かあっても、村を出ようと思ったのは、結局は過去と同じ悲劇を味わいたくなかっただけだ。そして、こんな経験を彼女に味わってほしくなかったからだろう。
十年前、私は生まれ故郷の村を、母と共に追い出された。十三歳の私は、逃避行の後、この村へたどり着く。
今、この村を出ようとしている私が、もし一つだけ目的を持つとしたら、おそらく貴族かなにかであろう父が誰で、どんな人なのか、知りたい。それだけかもしれない。
そんな物思いにふけりながら荷物をまとめていると、お嬢様がやってきた。
「ごめんなさい、ナンナ」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、沈んでいた。
「気にしないで下さい、お嬢様。昨日は本当になにもなかったのよ」
「なにもない? でも、騎士様はあなたを連れて行くと言ったわ」
「それは、ちょっと別の事情があったのよ」
説明もできないので、肩をすくめた。
「騎士様に、ああいわれたら、村長もきっと今後は無下にお嬢様を差し出すような真似もしないと思うわよ」
「そうかしら?」
「そんなことをしたら、お祝いをもらい損ねてしまうわ」
「現金ね」
「所詮、お金の問題だったのでしょう。お嬢様にとっては、お金より、大事なものを失うところだったのに……」
「私、ナンナにお手紙を出すわ」
「はい、私もお嬢様に落ち着いたらお手紙を出します」
お嬢様と最後の抱擁を交わして、少ない荷物を持ち、私はダレン様と一緒に馬車に乗ったのだった。
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