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2,魔力があると

 窓の外では強い雨が降り続いている。時々、かっと部屋が真っ白になり、続いて雷鳴が轟く。ぶるんと身震いした。さすがに雨が強い夜は、肌寒い。両腕をさすりながら、暖炉を見つめると、炎が小さくなっていた。


 何もすることがなく待っているのも気が引ける。私は暖炉の番をするという役割を自分に与えた。ここにいるべき理由を作り出し安堵する。

 

 暖炉の横に置かれていた薪を一つ、ちろちろと揺れる赤い火へと投げ入れた。小さな炎の間に横たわった薪が、下から燃やされ、バチバチと火の粉を飛ばす。火バサミを持ち、私は炎の前に座り込んだ。薪の位置を燃えやすいように動かした。


 あたたかい炎に熱せられれ、顔にうっすらと汗がにじんできた。火バサミで薪をもう一つくべてみる。


 叩きつける雨と炎の爆ぜる音が膝を曲げて座る私に眠気を誘う。このまま、横になって待ってもいいだろうか。これだけ燃やしておけば、この部屋が朝方まで冷えることもないだろう。

 あくびが漏れた。夜も遅く、体も温められたゆえの自然現象。困った。寝入るわけにもいかないのに。


 火バサミを置き、私は炎の前で両ひざをかかえた。膝の上に頬をのせ、ちょっとだけと思って目を閉じた。





「おい小僧、起きろ。ここで寝ていたら、風邪をひくぞ」

 体をゆすられ、「んっ」と目覚めた。目の前に炎。くべた薪は二本とも真っ黒になっている。ああ、暖炉の火を見ていて寝てしまったんだ。


「悪いな。炎の番をしていたんだろう。もう部屋に戻っていいぞ」

 かけられた声にはっとした。目がかっと開く。扉が開く音も気づかないほど、熟睡してしまっていたのね。

 私は声をかけてくれた騎士様と思しき男性へ目をむけた。


 かっと空間が真っ白になる。色味を失った世界で、相手の両眼だけぶわっと浮かび上がる。真っ黒な瞳に細い金の尖った楕円が透かし見えた。


「……君は……」

 騎士様の目が見開かれる。


 雷鳴が続き、雨と火が爆ぜる音のみ残される。慣れた耳が音を消した。


「すみません。寝入ってしまって」

 なんと答えていいか分からず、とりあえず謝ってしまった私はこれ以上言葉を続けることができなかった。

 気まずい……。かけられた言葉を思えば、私は火の番でここにいるって思われていたのよね。


「えっと……」

 夜伽……ってお嬢様は言っていたけど、いざ男性を前に自ら口にできなかった。


 困ったな……っと思ったら、騎士様の方が、大きなため息をついた。あまりの大きさに、私の方が彼をまじまじと見つめてしまった。


 騎士様は座り込んで、額に手を置き、眉間を揉む仕草をする。

「……このまま、帰すのはまずいか?」

 答えにくくて、私の視線は空を泳いだ。


「貴族が村に女を隠し、別荘をこさえることはある。しかしだ、俺の団では団長がそういうことを特に嫌っている。ふざけた真似すると、俺の方が殺される」


「……そうです、か……」

 私はほっとした。なにが起こるか分からず、ここにいることは、お嬢様と大差はなかった。


「あなたも望んできたなら、こんなところで、火を見て転寝をしていることはないだろう。俺も、火元の管理で小僧でも座っているのかと思ったからな」


 小僧と間違われる私って……。

「……すいません」

 なんとなく、申し訳ない。色気がないと、まあ、端的にはそういうことだろう。


「地べたに座り込むのもなんだ。まず、座るか」

 騎士様は立ち上がった。暖炉の後ろにある三人掛けのソファーにどかりと座った。くいくいっと彼は手招きした。そこに座れと、一人掛けのソファー席を示すので、私は彼に従った。


「で、ここにいる事情から聴こうか」


 私は、お嬢様が部屋に駆け込んできた状況から、とつとつと伝えた。ワインを持ってきていた騎士様は手酌で一人飲み続けた。黙って聞いている彼も、お嬢様が泣いている件や想い人がいる件を耳にして、いささか嫌な顔をした。


 話し終えると、頭をかっかとかいて、「ああ、よかった」と呟いた。口元に手のひらを寄せて、口元をほころばせる。


「むしろ……そりゃあ、俺が助かった。事後、団長にばれたら、絶対半殺しだ。荒くれ者を統率している人だけに、間違いがあることを、とかく嫌う。命知らずが、団長の意向を無視して半殺しにあったが……、あれは、魔獣の群れにつっこむより怖え……」


 目線をグラスに傾ける。

「あなたも戻るわけにいかないのなら、そこのベッドで一人で寝ろ。俺はこのソファーで横になる」

「そんな……」


 騎士様は窓の外へと目をむける。

「大雨のなかで野宿するよりずっとましだ」

「はあ……」


「それより……、その眼だ」

「目?」

「あんたも魔力を持っている眼を持っているだろ。それ相応の力をもっていそうだな」


 騎士様がソファーの端に身を寄せて、手を伸ばしてきた。「触れていいか」と聞くので、「はい」と一応答えた。

 頬にかけられた手の親指が下瞼を押し下げる。覗き込むように彼の顔が近づいて、思わず視線を逸らすと、「前を見ろ」と言われ、仕方なく視線を戻した。

 騎士様の顔に、暖炉のオレンジ色の陰影が揺れる。


 短髪で、ほりの深い端正な顔立ちの騎士様がいた。よく鍛えられているようで、首も太い。肩幅も広く、とても大きな人だ。

 じっと見てから、手を離した。私の心臓の方が飛び出そうだった。


「一度、調べた方がいいだろう。ここまでくっきり見えるなら、優遇措置も受けれそうだ」

「優遇って?」


「魔力持ちなら、魔法省が管轄する魔力協会に保護してもらえる。魔力が弱いのなら、平民でも気にしなくていいが、あんたの目はしっかりと魔力の痕跡を示している。これを見つけて、保護しなかったら、それはそれで問題だ」

「そうなんですか」

 あまりのことにピンとこない。魔力は平民の生活にあまり関係がない。


「魔力は男の方が多い。女性でそこまでくっきりしているのは珍しいな」

 私は自分の頬に手を寄せた。この眼にそんな意味があるなんて知りもしなかった。


「暗がりで、小さなか明かりの中で透かし見えることはあっても、太陽の元だと黒目に負けて見えないんだ。平民が気づかないまま生きているのはよくある。偶然見つけられて、拾われていくのが多いな」

「魔力を持っているとどうなるんですか」


 騎士様は顎に手を当てる。

「男なら、俺みたいな騎士か、魔力が強すぎれば魔術師か、女性なら聖女って道が一般的だな」


「はっ、えっ!!」

 聖女って、どういうこと!


お読みいただきありがとうございます。

投稿日からブックマーク、ありがとうございます。

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