15,帰還
第一陣が帰還した。メイン通りを避け、裏手からひっそりと戻ってくる彼らは、瘴気に侵され、怪我をしている者も少なくなかった。怪我人から優先して戻されたそうで、第二陣、第三陣と続くごとに、重傷者は減っていった。
少し早いものの、市民に対する仕事は、貴族のご令嬢に回されるようになった。人数もおり、持ち回りでこなすことで、良い実践経験になる。これ以上私の負担が増えないように、ミザリーが協会と交渉してくれた。
そうして私は、ミザリーと共に、怪我や瘴気に侵された騎士達への治療に専念することになった。自宅療養を選ぶ者が多く、馬車にのり移動し、治療にあたる。
ひと月もすれば、第一陣で戻った人はほとんど回復した。
三月に差し掛かり、第五陣まで戻ってきた。
騎士の大半は子爵や男爵の三男以下の男子が多かった。稀に伯爵家以上の妾の子息もいる。そういった貴族宅をまわり歩き、癒しを与えた。痛みや苦しみが緩和した感動は私の評判へと移ろう。貴族間でも、聖女である私は支持されるようになった。
「騎士団長へ嫁すことは褒賞を授ける場まで秘密ですが、公にされても、反対する者はだれもいないでしょう」
ミザリーの言葉には、苦笑するしかない。うれしいことではなかった。実感もなく、考えたいことでもなかった。
次はいよいよ騎士団長と共にダレン様が戻ってくる。待ちに待った当日。騎士は誰も帰ってこなかった。
数日ずれ込むことは考えられるとミザリーは落ち着いていた。片や私は、そわそわしてたまらない。ダレン様に会いたい。怪我をしていたらどうしよう。気持ちばかりがせわしなかった。
その頃には、すでに戻っていた騎士たちの治癒も終え、最後の帰還者を待つため、私は協会に詰めていることが多かった。
予定日から一週間後、協会に騎士達が戻ったと知らせが入るなり、協会も魔法省も慌ただしくなった。ミザリーでさえ、苛立ちを見せながら「至急、支度をしてください」と私を急かした。
戻ってきた最後の騎士たちは、第一陣よりも怪我人が多かった。最後の最後で、魔獣の反撃にあい、残っていた少ない人数の騎士達で魔獣を駆逐することとなり、今まで以上に怪我を負った者が多かったのだ。
まずは一か所に集められた騎士達を見渡す。呻く者、横になっている者などさまざまであった。その最奥で、一人包帯を上半身に巻き付けた男性が、喉をひゅーひゅーと鳴らして、寝かされていた。
その体格と髪色からダレン様だとすぐに分かった。駆け寄りたかったものの、私は、身分が上である伯爵家や公爵家の方から診るようにと促された。
深い怪我と瘴気に当てられていても男爵家の四男であるダレン様は、公の場では最後に回されてしまう。ミザリーに懇願しても、「ダメです順番があります」と聞いてもらえなかった。
確かに、今までも身分が上の方から優先に私は動かされてきた。でも、それは、ダレン様ほど大けがを負っている方がいなかったからだと思っていた。怪我の深さより、身分が上なのかと、悲しくなるとともに、そこに進言する力のない私に唇を噛んだ。
結局、私がその場でダレン様を診ることは叶わず、彼は屋敷にその怪我のまま運ばれていった。
聖女としての教育もあり、心の中で泣きながらも、笑顔で他の怪我人の応対をつづけた。ダレン様と向き合うことができたのは、ミザリーと共に屋敷に戻ってからだった。
真っ先にダレン様の元へ行こうとする私の腕をミザリーがつかむ。
「聖女様。明日も、子爵家や伯爵家の方への癒しを必要とします。男爵家四男であるダレン様に力を使ってはなりません」
ミザリーの言葉に、さすがの私もかちんとくる。
「……私の力は私の力です……」
わなわなと身が震えた。
「私がどのように力を使おうとも、よいではないですか」
魔力がぐわっと沸き立ってくる。身がうきあがりそうなほど、底から私は苛立ち、魔力の渦が巻きあがった。
さすがのミザリーも一歩引く。目元を歪める。
「……明日以降の治療に影響がない程度で、お願いいたします……」
私は手を握った。わなわなと腕や拳が震える。
「わかりました。決して、明日以降、昼間の治療に、影響は与えません!」
言い切るなり、私はダレン様の寝室へと走った。
大きなベッドに横たわるダレン様は、戻られた時と同じ姿だった。
すぐさま、そのベッドに腰を下ろし、手を握った。今では呪文を口ずさまなくても、癒しを与えられるようになっていた。
こんな姿で戻られるなんて想像もしていなかったわ。見ているだけで痛々しく、胸苦しくなる。悲しくて、涙も溢れそう。
「ダレン様、すぐに癒せず、ごめんなさい」
喉を焼かれているのか、空気が通る音のみで、しゃべることも叶わないのだろう。
「今日から、毎晩、癒して差し上げます」
侍女が近寄ってきた。
「聖女様も、ご自身を労わってください。お食事はこちらに軽食をお持ちします。湯あみと着替えも至急済ませましょう。お手伝いします」
「お願いします」
所詮私は村娘だ。食事もさっと済まし、湯あみもさっと終えた。その場で寝衣に着替え、ダレン様の元へとまた走る。
ここで彼を助けられなくて、聖女になった意味なんてない。
ダレン様のベッドは私に用意されたものより大きかった。ベッドに上がり込んだ。彼のどこに触れて良いか指先が迷う。頭部も、胸も、喉も痛々しい。
息が苦しいのではないかと思う呼吸音に耐えられず、私は彼の喉へと手を伸ばした。
侍女が私用の掛布を持ってきてくれた。肩にかけられた掛布にくるまる。
喉に触れた指先がじくじくする。こんな痛みを全身に感じているのねと悲しみに暮れながら、魔力を通す。瘴気に上半身全域を当てられ、火傷のようにうずいていた。
こんな姿で戻られるなんて、思わなかった。溢れた涙が、目じりから流れ落ちる。 起きていられる限り、私は彼に触れていた。眠気に負けて意識が遠のくまで、癒しを与え続けた。
「……お慕いしております。大好きです、ダレン様……」
それから毎晩、屋敷に戻るなり、寝る用意を済ませて、彼のベッドに私は走った。
少しずつ良くなっていることは、侍女から聞いていた。昼間少し目覚めた時に、柔らかい流動食を口にできるようになったらしい。
あまり反応のないダレン様だったが、少し瞳が私に向けられるようになり、掛布にくるまり癒しを与えながら、私は彼にぽつりぽつりと未だ誰にも言ったことのない過去をつぶやき始めていた。
「……私は、おそらく貴族の子なのです……」




