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拾われた聖女は、正体を隠した腹黒騎士様に奪われる  作者: 礼(ゆき)
本編

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14/20

14,騎士団長への褒賞

 めまいがして、ソファーに横になる。ミザリーが水を持ってきてくれた。そのコップを受け取った私は喉を潤す。


「間もなく、騎士たちの帰還が始まります」

「……そう……」

 先ほどの話をきいていなかったら、飛び上がるほど喜んでいた報告だろう。


「第一陣の帰還から始まり、徐々に撤退し、約三か月後には全員戻られるでしょう」

「……ダレン様も?」

「はい。団長に近しい方ですので、最後の一団で撤退となるかと思います」

「……三か月後ね」

 遠いわ。そこまで、待たなくてはいけないのね。無事に帰ってきてほしい。


「先ほどのお話、途中から上の空でいらっしゃいましたね」

 やはり、ミザリーは気づいていたのね。もう、途中から何を話しているのか、分からなくなってしまったのよ。


「聖女様、かいつまんでお話します。

 今回の魔獣討伐には二十年と言う時間を要しました。その間、最も武勲をあげられた騎士団長。騎士団長と申しましても実質、あの方は将軍なのです。その団長が褒賞を断り続けております。

 しかし今回、魔獣討伐が完了します。今までのように断ることはできません。


 なぜなら、彼が褒賞を受け取らないと、彼以下の者が何も受け取れないからです。

 積もりに積もった功績を褒賞になおすとどうなるか、国の中枢ではその調整と、いかに騎士団長へ褒賞を受け取らせ、国に縛り付けておくかが検討されております」


「縛り付ける?」

 国を救ったのなら、英雄になりそうなところ、まるで問題児でも抱えるような言い回しに驚いてしまう。


「あれだけお強い方です。他国へ渡らせるわけにはいきません。今後の扱いは非常に困ります。大人しく爵位を受け、領地を受け取り、貴族となっていただきたいのに、いつまでも首を縦に振らない方です。


 規律には厳しくも、部下を思いやる方でもあります。ご自身が受け取らないことで、困る部下がいることを見過ごすことはないでしょう。

 魔獣駆逐も目前に迫り、そのただなかに、聖女様もいらっしゃいます」


 ぞくりとする。他人事ではない。ミザリーはそう言いたいのでしょう。


「明日、宰相様、国王様もいらっしゃいます。なにを告げられても、驚かれないようお願いいたします」


「……わかりました……」


 その日は早めに帰路についた。明日は大事な日だという。早々に戻った屋敷で、私は早めに眠ることにした。ダレン様が戻られるまで、まだ三か月ある。その三か月間、私の状況も変わるのでしょう。

 

 翌日、迎えに来たミザリーと共に、協会へ行き、自室にて、着替える。化粧も、身につける衣装もいつもより上等な品だった。


 魔法省で用意された装飾豊かな馬車に乗り込む。

 いつもと違う空気感だけで緊張してしまう。村から出てきたばかりの頃を思い出すようだった。


 謁見の間に通される。玉座はないものの、豪華絢爛な一脚の椅子があり、赤い絨毯が、王が座る席よりまっすぐに敷かれている。その周囲に装飾の美しい椅子が向かい合うように並べられていた。


 私は隣室に控えさせられる。内々な会議がひらかれるようで、その場に私が呼ばれた。ミザリーはそう私に耳打ちした。

 控には、昨日面会した魔法省の方とミザリーも一緒に待機している。二人とも緊張した面持ちだった。秘書である彼女がこれほどまで緊張する様を始めて見る。


 置かれている状況は、ただならないなのに、他人事のように思えてくる。からめとられてここまできてしまった。私はいったい何をしているのだろう。何のためにここまできたのだろう。


 隣室がざわめき始める。人が集まってきたらしい。


「ミザリー。今日はいったいなんなのでしょう。王にお会いするだけと思っておりました」

「はい、聖女様は呼ばれたら、あちらの部屋にお行き下さい。そして、下がれと言われたら、戻ってきてください。

 今日に限っては、最初からベールを脱いでください」

 ミザリーがそう言うので、膝に置いていたベールを彼女に手渡した。


 程なく、隣室のざわめきは止む。


「では、騎士団長の褒賞につき、最後の確認を行いたい」

 低く、静かな声が響いてきた。私はじっと耳を傾ける。


「今、隣室に聖女を呼んでいる。この中にも、彼女の癒しを受けられた者もあろう。


 前線から戻る途中のダレン・スウィフト副団長が保護した平民の魔力保有者だ。

 男爵家の彼がそのまま後見人として身元を引き受け、魔力協会が教育を請け負っている。国民の評判も上々であり、なり手がいなくなっていた聖女職への貴族からの希望者も現れるようになった。

 

 騎士団長の褒賞の目的は、彼の国内に留め置くことにある。身分、領地、報奨金、そこにもう一つ、聖女を嫁し、妻として迎え入れてもらう」


 はっと私は目を見開いた。なにを言っているのとミザリーを見つめる。彼女は知っていたのか、目をつむり、じっとしていた。


「聖女はまだ年若く、二十三歳。

 あと十年は出産が可能であり、彼女もまた強力な魔力保有者だ。団長殿も年齢を重ね、しかるべき貴族の二女や三女との婚姻を結ぶにはいささか年を重ね過ぎた。

 子を産める年齢の貴族令嬢であれば、なにかと家の調整もある上に、拒む家も多いだろう。今回の聖女はそのような問題も考えにくいうえに、国民の人気もなかなかだ。

 英雄と聖女の組み合わせに、国民も歓喜にわくと想定される。

 まだ聖女を見たことのない者のために、本日は隣室に彼女を呼んである。


 陛下。お呼びしてもよろしいでしょうか」


「呼んでくれ」

「かしこまりました」

 つかつかと足音が響いてくる。部屋の扉が開いた。

「聖女殿、来てもらえるかな」


 今まで見た誰より身なりのよい男性が私を呼ぶ。ミザリーの顔を見ると、表情で行きなさいと示された。

 私は立ち上がり、迎えの来た男性の後ろからついて行く。ミザリーと魔法省の男性は残っていた。


 赤い絨毯の中央まで歩いた。横の椅子に座る男性が両側に数人いる。まっすぐ前の豪華な椅子には、王が座っている。王のすぐ右横に置かれた椅子が空席、私を呼びに来た男性の席だろう。彼は司会進行役なのかしら。


「聖女殿です」

 呼びに来た男性に紹介され、私は受けた教育をなぞり、膝をつき礼を示した。


「顔をあげよ」

 王の言葉のままに従い、顔をあげた。


 ざわりと空気が震える。

「教育を受けさせてあります。見目も良く、若く、健康であります。異論はございませんな」


「うむ。騎士団長の花嫁は、聖女で」

 王の言葉がすべてだった。


 私は、呼びつけた男性の「下がって良い」と言う言葉に従い、もう一度礼をして隣室へと引き下がった。


 表情を変えず、かき乱された感情を露にせず、控の間に戻った私は、その場に座り込んだ。声をあげて泣くこともできず、口元を両手で押さえ、見開いた両目からこぼれる涙を止めることができなかった。

 

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