13,聖女の行く末
「ミザリー、今日の予定は?」
「本日は、午前に魔法の講義を受けていただき、午後は公爵家へのご訪問になります」
毎朝、馬車内で、優秀な秘書ミザリーに淡々とスケジュール確認を行う。
「都中の教会から、貴族のお宅への訪問へと変わってきたのですね」
「はい。言葉遣いも作法も身につけられた賜物です。ここまでよく努力されてきました。村から出てこられた頃に比べますと、別人のようでございます」
「ミザリーに褒められると、ひときわ嬉しく感じます」
丁寧に返すと、それもまた教育のたまものとばかりに、あのミザリーが柔らかい笑顔を向けてくれる。厳しい人だっただけに、褒められてうれしいのは本心だ。
「聖女様の存在は、癒しの効果とともに、国民の評判も上々です」
「そうですか」
国民の評判もあがり、私はますます外へ出にくくなっていた。
ダレン様と街を歩いたことが懐かしい。これが寂しいという気持ちかと、ため息がもれそうになる。
ダレン様が前線に復帰なさって数か月。終焉はすぐであるとお話しされていたものの、未だ彼は帰ってこない。吉報はもたらされぬまま、時間だけが経過した。
二十年と言う歳月から見た数か月。比すれば、もうすぐ、と言えるだろう。しかし、私にとっての、もうすぐと言える時間はとっくに過ぎ去っていた。ダレン様に会いたいと思う気持ちだけ、誰にも明かせないまま、内々に積もり積もってゆく。
教会を渡る平民への施しは、私の回復魔法向上のための実践でもあった。回復魔法の精度が上がるほどに、平民への施しから貴族への奉仕へと仕事内容が変わっていく。
貴族へ癒しを与えることから、教会や協会への寄付へつなげ、さらにはご息女の腰掛けとして聖女を目指しませんかと勧誘まで始まっていた。
裏側に目をやると、めまいがしそうになる。癒しを与えていればいいと思えば楽なのだけど……。
教会での私の評判を耳にした貴族から、おそらく前線の戦況も収まりつつあり、娘が駆り出されることはないと踏み、何人かの聖女候補のご令嬢が集まった。
私とは違い、彼女たちの教育には半年は要するという。それまでは平民と貴族への癒しと忙しいものの、彼女たちが平民への癒しができる頃になれば、仕事は少し落ち着くだろうとミザリーは言う。
私が一週間で学んだことを、半年か……。釈然としないまでも、貴族出身の新たな聖女を逃したくない魔法協会や教会、魔法省の思惑もあるのだろう。
本来、魔力持ちは貴族が多い。魔力を持って生まれても平民は生涯気づかれない。とんでもなく魔力が強い者が発見され拾い上げられる以外は、騎士にしろ聖女にしろ平民から抜擢されることは稀らしい。
そして私は、礼儀や食事の作法をとことん教育された背景を知ることとなる。
夕刻あたりにお邪魔する貴族の屋敷で、ディナーをふるまわれることがあるのだ。二十年以上前に聖女の癒しを受けたことのある、ご高齢の方がいる屋敷に招かれると決まってそのような場が用意されていた。
平民出であっても、聖女は優遇される。身をもって体験した。しかも、呼ばれるのは、伯爵家以上が多い。そこには寄付金の額や地位など影響があるのかもしれない。その辺の力関係について想像すると、怖い気がする。
いずれは王城へ招かれ、王族への癒しを求められるのだろうか。そう思っていたところ、ミザリーから声がかかった。
「来週、陛下の元へ内々に招かれることになります」
やっぱりという思いとともに、村から出た私が、なんと遠いところまできてしまったのだろうと、途方に暮れる。こういう不安な時に、そばにいてほしい人は、未だ遠い。
王城へ招かれる前日、私はミザリーと共に、魔法省へと呼びつけられた。珍しく、その日の用事はそれだけである。
ミザリーと隣りあって、大きな会議室と言える部屋で待たされる。
「あの……、今日はいったい」
あまりの仰々しさに、村から出てきたばかりの頃を想起してしまう。
「聖女様、本日は今後について大事なお話があります。明日、王の御前へ向かう前に知っておくべきことをお伝えしなくてはなりません」
厳しいミザリーの顔も久しぶりに見る。
「そんなに大変なことなのですか?」
「いえ、本来は当たり前のことなのです。ただ、長らく聖女様が不在でして、風化しつつある慣例であります。ご存じありませんと王の御前にて失態を見せてしまうかもしれません。王の前では毅然とした聖女であっていただきたいため、事前にご説明したいのです」
会議室の扉が開くと、髭を蓄えた初老の男性が入ってきた。貴族らしい立派そうな方だ。軽い挨拶をすませば、すぐに本題に入る。
「あなたのような、平民出の聖女の行く末について、事前に説明をしたい。聖女様は国領地の村からいらしたと聞く」
「さようでございます」
「村では貴族の妾を住まわせている噂を耳にしたことはないだろうか」
ドクンと心臓が跳ねた。
母も確かにそのような立場であった。おそらく貴族であった父に切られ、不遇にも村を追い出されてしまった。思い出したくもない過去が呼び起こされる。黒々しい嫌な気持ちが広がっていく。
「平民出の聖女は、いずれどちらかの伯爵家以上の貴族へと嫁される」
「えっ……」
私はポカンとしてしまった。
貴族の妾? 聖女が……。いえ、私が?
「平民であり、一般的には妻になることはない。しかし、聖女である以上、その癒しの力は貴重なものである。国外で渡らせるわけにもいかない。そのため、聖女は大抵、貴族の妾とし、その貴族が国領地の一角に屋敷を設け、住まわせる慣習となっていた」
「私が、どちらかの貴族に……、しかも伯爵家以上なのですか……」
ダレン様の『すまない』という寂し気な声が耳奥へこだまする。
あの方は、平民出の聖女が伯爵家以上の貴族の妾になることを知っていたのかしら。
「今でこそ、聖女不在でそのような慣例を見る機会はなくなってしまったが、この度、平民出の聖女様が現れた。
あなたもまた、どちらかの貴族の妾となる未来がまっている」
「……だから村娘であっても、徹底的に礼儀作法を教える必要があったのですね……」
私は愕然と呟いていた。
その後、大事な話もあったような気がするが、貴族の妾、というインパクトが強く、記憶にはあまり残らなかった。
魔法省から出て、聖女としてあてがわれた部屋に戻っても、意識はぼんやりとしたままだった。




