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拾われた聖女は、正体を隠した腹黒騎士様に奪われる  作者: 礼(ゆき)
本編

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12/20

12,休日の夜

「すまない」

 ダレン様はもう一度、私に謝罪した。


 何かあっただろうか。謝られることなど……。私一人、楽しんで、ダレン様は楽しくなかったのだろうか。

 暖炉の前で、楽しかった今日を振り返ることができると思っていた私の気持ちがしゅんと小さくなる。


「どうされたというのですか。今日は楽しくありませんでしたか。私、なにか気にさわることをしてしまいましたか」


「まさか」

 ダレン様は静かに頭をふる。

「ナンナ。あなたと一緒にいるのは、心より楽しかった」

 切なげな視線が落ちる。こちらを向いてくれない。ちくりと胸が痛む。


「ダレン様、私も楽しゅうございましたよ」

 ダレン様の顔を少し覗き見る。

「なのに、なぜ、その様なお顔をされているんですか」

 瘴痕に病んでいた時より、苦し気な表情を浮かべている。楽しんでしまったことに罪悪感でも感じているのだろうか。

 ダレン様が苦しみ、悲しんでいると、私まで同じような気持ちに浸食されてしまう。


「あなたの立場もあるというのに。前線から離れたことをいいことに、私も羽を伸ばしすぎた」

「お休みなのです。羽を伸ばすのは、当たり前でしょう」


 暖炉を見つめる目が、切なげに歪む。

「幸せとはこういうひと時の中にあるのだと初めて知るようだった」

「幸せな時間だった。楽しかった。それは良かったことなのではないでしょうか」


 長く前線で戦ってきた方だ。今日のような安息など無縁だったのでしょう。もしかすると、前線に残る方々を慮り、自分だけ、楽しんでいることに罪悪感を感じているのかしら。


「ダレン様。私にとって、強いて謝っていただきたいことなど、今朝の一幕ぐらいしかありませんよ」

 本当に、あれぐらいしか、ダレン様へ不満を抱くようなことはなかった。あのひと時だとて、今思えばあれはあれで……幸せと言っていい時間だった。

 

 ダレン様は口元をほころばす。目は悲し気で、寂し気だ。

「それもあるか。すまない」

「……ダレン様、私は謝られる理由がとんと思いつかないのです……」


 ワインを注いだグラスをくるくると回す。

「……明日、俺は前線に行く。戻る時は、すべてが終わる。今後はこちらの内勤が増える」

 話題が転じて、私は少しほっとする。


「落ち着かれますね」

 二十年続いたことにやっと終止符が打たれる。ダレン様だとて、騎士となり十年も携わってきているのだ。それこそずっと戦い続けていらしたとしたら、状況や環境が大きく変わる間際でもある。

 聖女と呼ばれ状況が急変した私と同じような戸惑いを抱いていてもおかしくはないのではないかしら。


「前線に出る身では、戻れるときも限られるうえ、戻ってこれないことも考えられる」

「さようでございますね」


「前線と都との往復も長く、家族や結婚、恋人など、縁のない暮らしだった故に、こういう楽しみとは無縁だった」

 厳しい仕事をされているから、家族を持つことをためらわれていたということでしょうか。


 陰鬱な彼の表情がさらに陰る。

「すべてがやっと収まると言うのに、何をそんなに苦し気なお顔をされるのですか」


 ダレン様が私を見ない。それは今まであまりないことだ。彼は暖炉の火を見つめ続ける。爆ぜる音が耳に痛い。


「俺の勝手で、あなたに優しくしたかったんだ」

「意味がつながりません。優しくしていただいて、うれしかったし、楽しかったのに……」


 共有している気持ちは一緒なのに、どうして?

 前線に行く立場上、家族を持たないという矜持に反してしまったから?

 

 ダレン様が楽しんでくれると嬉しい。悲しんでいると苦しい。

 この人の気持ち一つで、私も川に浮かべられた花弁のように揺れている。


 思い悩むなら、いっそ寝てしまう方がいいのかもしれない。寝れば、悩みなどすっと飛んでしまうことも多い。


「ダレン様」

 私はそっと、彼の腕へと指先を寄せた。

 彼の体がビクンと緊張する。

「今日は休みましょう」


 そう告げると、ふっと彼の肩の力が抜けた。


「とても楽しい一日でした。明日からはまたいつも通りの一日が始まります。ダレン様に至っては、明日からは前線に旅立たれるのです。

 いつもより早い時間ですけど、互いの明日を考え、休みましょう、ねっ」

「そうだな。今日は、そうするか」


 どことなく、ほっとする。明日の前線への出立を思い、ナイーブになっているのかもしれない。


「私もまた明日から忙しくなります。先に、休ませていただきます」

 私はそっと立ち上がった。

「今日はとても楽しゅうございました。ありがとうございます」


 ミザリーに教わった美しいを礼を示し、私は一歩引いた。


 顔をあげると、ダレン様がこちらを見ていた。視線が絡む。

「俺も、楽しかったよ」

「失礼いたします」

 笑んで、私は居室を後にする。


 寝室に戻り、カーテンを開きそっと外を眺めた。きれいな月が出ていた。


 この十日ばかり、ダレン様と共有させていただいた時間は楽しかった。ずっとこの人と一緒に、永遠にこの時間が続いてくれますようにと願うほどに……。


 暖炉に炎が揺らぎ、オレンジの光がさす。互いに笑んで、陰りの中にうつる美しい影を見つめる。穏やかな表情を確かめて、他愛無い言葉をからませ、紡ぐ。


 ささやかな幸せがふんわりと花咲き、甘い香りがかぐわしい。愛おしいという言葉を添えたくなる。


 ダレン様が楽し気に喜んでくれたらうれしくて、悲し気で切な気だと苦しくなる。

 懸想しているのは私の方ね。気づけば、簡単なことだわ。


 ダレン様が苦しまれるのは、前線に行かれるからかしら。終焉間際と言えど、前線は厳しいのかもしれない。


 私は、ダレン様が好き。

 十年、騎士として働き、命をかけ、家族を持たずにきた方に、今はまだ悟られるわけにはいかないわね。


 翌朝目覚めると、ダレン様はすでに出立した後だった。日ものぼる前に、挨拶もなしで出て行かれたのが、とても悲しい。無事を祈りつつも、涙がこぼれそうだった。


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