11,唯一の休日と最後の休日
食事を終え、恐る恐るベルを鳴らすと、今度は侍女が一人で来た。私はほっとして、食器を片づけてもらい、着替えを行う。都に暮らす娘たちの日常着で一日過ごすのは初めてだった。
太陽は高く昇っており、すでに昼ともとれる時間帯となっていた。気が抜けて、すっかり寝てしまったのね。
部屋を出て、広い居室に向かう。火のない暖炉前に置かれた一人掛けの椅子に座り、ダレン様は本を読んでいた。侍女は、「聖女様をお連れしました」と主人に挨拶し、出て行く。いつものように、隣に椅子が用意されているので「失礼します」と座った。
ダレン様はポンと本を閉じる。
「さあ、今日はどうする。部屋に引きこもるか」
さもおかしそうに、からかってきた。
さすがにむっとする表情を隠せない。
「……あんまり、過ぎますと、私、今日一日、寝てます……」
それでも十分、良い日だ。毎日勉強に、教会にと出ずっぱりであること考えてみたら、引きこもるのも一案である。
「怒るな。からかいすぎた」
肘掛けに身を傾けるダレン様が申し訳なさそうに眉を歪める。
「悪かった。俺のせいであなたの大事な休日を台無しにする気はないよ」
また、今さら何を言うかと思えば……。ちろちろと怒りの火が絶えない気持ちを込めた視線を、火のない暖炉へくべる。
「そうふてくされるな。もう、からかわない」
伸びてきた武骨な手が私の手をすくいあげ、持ち上げる。そのまま、引っ張られ、指先にあたたかく柔らかい感触が触れた。
顔をそらしたまま、目線だけ彼に向ける。目を閉じた彼の唇が私の指先に触れていた。
ぞくりとする。私の身にダレン様がキスをするのは初めてだ。
「……意地悪、しないでください……」
「過ぎた。もうしない」
握る手の力が弱まり、私は手を引き、膝にのせた。
「都を見てみたいのだろう。一緒に散策してみよう」
「はい」
柔らかい笑みを向けられれば、抵抗する意思も萎えてしまう。
ダレン様も街に馴染む装いに衣替えし、私たちは馬車にのり屋敷を出た。都の中心にある公園で馬車をおりる。御者と迎えに来る時刻を打合せし、別れた。
メイン通りにおり立つのは初めてだった。噴水を中心に円形の広場になっており、四方に道が広がっている。馬車が行きかう道がまるい公園の外側を囲み、そのさらに外側が歩道となっている。歩道は建物に面し、一階はすべて店となっていた。
衣類を売る店から、食事をとる店などさまざまだ。宝飾品を売る店や、本やおもちゃを売る店まであった。平日だというのに、人通りも多い。公園でくつろぐ人、道を歩く人、店に出入りする人。村では、女性なら雑務、男性なら畑と決まった仕事をしている。都と村では人の生活そのものも全く違う。
私は横に立つダレン様の袖を引いた。
「人がいっぱいですね。店もたくさん……」
今まで聖女として馬車から見てきたものの、実際におり立って、自分の目線で見ると、その活気に圧倒される。村から出てきたばかりの村娘に戻り、気後れしてしまう。
「村とは違うから、慣れないか」
「はい。人の多さと店ばかり並んでいるのも見慣れませんし、建物もすべて大きいですね」
きょろきょろしても、誰も私を聖女と気づかない。
教会ではいつもベールをつけてもらっていてよかった。あれがなければ、顔が知れわたり、このように出歩くこともできなかっただろう。
店に入り、商品を眺める。どんな品も見たことがない物ばかり。ダレン様に知らないことや品、店など説明してもらいながら歩く。見るもの、聞くもの新鮮で、すべてに驚く私を見て、ダレン様も楽しんでいた。
中央の広場にのりつける馬車を待つ時間が近づく。「馬車が来るまで、一休みしよう」と、ダレン様と待ち合わせ場所が見える店へと入った。
店内の二階に通じる階段をのぼり、公園を見渡せるテーブル席に向かい合って座る。店員への対応はすべてダレン様に任せた。不慣れな私に出る幕はない。
店の方と二三言葉を交わし、品を注文していた。
ダレン様は優しい。どうして、こんなにも優しいのだろう。見つめていると、「どうした」と笑む。心臓が跳ねて、ほんのりと頬が熱くなる。
「今日はありがとうございます」
かろうじて、お礼だけ言えた。
「俺も楽しませてもらった。良い休日だったよ」
「明日からまた前線に向かわれるのですものね」
「ああ、ナンナのおかげで、早く戻れる。ありがたいよ」
ちくりとする。痛々しい瘴痕を消しても、それが彼を厳しい前線に早めに舞い戻らせる一因になっていると思うと、心が痛い。
運ばれてきた紅茶に口をつけながら、「無事で、戻ってきてください」と呟くしかできなかった。
ダレン様は穏やかな表情を浮かべる。とても、明日厳しい前線に行かれるとは思えないほどに……。
馬車が到着し、私たちは乗り込んだ。日が暮れかかり、「帰れば、夕食の時間だな」とダレン様が呟く。昼を食べずに屋敷を出ており、時々、出店で食べ物を買い口にしていたものの、さすがにお腹は減っていた。
帰りの馬車内は、どこか居心地が悪かった。
ダレン様との距離感が難しい。私は聖女として働く上で、保護してもらっている立場だ。明日には彼は前線に行き、私は聖女としての仕事にまた忙殺される。
横に座るダレン様は優しい。時々からかわれるけど、こんなに親切な人だと思わなかった。前線からいったん引き、戻られるまでの間と割り切って、楽しまれているのかもしれない。
夕食もしっとりとした時間が流れた。からかわないと約束してくれたダレン様は終始和やかだ。
食後、湯あみをし寝衣を着てガウンを纏い、暖炉がある居室へ行けば、いつものように一人座り、ダレン様はワインを嗜んでいる。
ほんの少しだけ、心が躍る。誰にも邪魔されないひと時は、本当に楽しかった。それも今日でしばらくないのだと思うと、身を切るような、寂しさを感じる。
前線に向かう方に向ける顔でも気持でもないわ。私は、寂しいとか悲しいとか、心配だとか。彼の負担になりそうな気持ちを飲みくだした。とりあえず、いつも通りに……。
「ダレン様、お待たせしました。お隣失礼します」
ゆったりと座りながらも、うつむいている。こちらも見ない。口元がまっすぐで、なにか思うものを抱えているような雰囲気を醸す。
「ダレン様?」
いつもと違うのは、彼の方だった。
ワイングラスを手にしているのは同じでも、暖炉を見つめる瞳が沈んでいるように見えた。
「ナンナ。すまない……」
どうして謝られるのか、私には理解できなかった。
「いかがされましたか」
問いながら、彼の隣に座る。




