10,休日の目覚め
陽光が差し込むなか、目が覚める。まどろんで、寝返りを打つ。柔らかい寝具を寄せて、ぬくもりにすり寄る。あたたさに、暖炉の炎が呼び起こされ、自身の体温がしみ込んだシーツに顔を埋めた。
深く息を吸い込んで、いまだぼんやりとする意識を楽しむ。村で暮らしている時も朝をこんなにゆっくり過ごすことはなかった。
こちらに連れられ、聖女と呼ばれるようになっては尚更だった。時間をからめとられるように、忙しかった。
再び、寝返りを打つ。天井を見上げた。もぞもぞと這い出て、ベッドの上に座る。大きく伸びて、腕をぶらんと下げる。
ベッドサイドに置かれたベルを手にした。起きたら鳴らすように言われている。いつもなら、定時に動き出すものの、今日に限ってはいつまでも寝ていてよいので、必要になったら呼ぶようにと手渡されていた。
カランカランと鳴らしてみる。こんな音で誰か気づくものかしら。念のため、二度振り鳴らして、元へと戻す。
窓に目をやれば、カーテンに光が透けている。太陽がくっりきとのぼるほど、寝てしまっていたのね。うんと背筋を伸ばすと、あくびが出た。まだぬくもりが残る寝具が愛おしくなる。もう一度、掛布を羽織ろうかと思った時だった。
扉のノック音が響いた。
「どうぞ」
ぼんやりとした声で答えた私は、てっきり侍女が入ってくるものだと思い込んでいた。
きいぃとゆっくり開いた扉から覗いたのは、ダレン様だった。
ぼわんと頭に湯気が昇りそうになる。未だ、寝起きという顔でうすぼんやりしていた意識が一気に覚醒した。手繰り寄せようとしていた掛布をばっと私は身に纏った。
「ダレン様! いかがされたのです」
まるで人を恐れる野良猫のような気分で、声を張り上げてしまう。
ダレン様は、面白いものを見たとばかりにいたずらっぽく笑う。
「随分、長く寝ていたなあ。待ちくたびれたぞ」
「……でっ、ですからってえぇ」
突然、ダレン様が顔を出す必要はないではないですか。驚きのあまり最後まで言い切れない。
「邪魔するぞ」
ダレン様は涼しい顔で歩いてくる。くるまる掛布を掴む手に力がこもった。ベッドサイドに片足をあげて腰かけたダレン様はどこか楽しそうだ。
横から侍女が現れる。彼女は食事を運んできていた。
私は、てっきり着替えて、食堂で朝食をとるものだと思っていただけに、いつもと違う雰囲気に戸惑う。聖女としての教育ばかり受けていたためか、ここで朝食をいただくことは、お行儀が悪いのではないかと訝ってしまう。
侍女は、ベッドにサイドテーブルを寄せて、軽食を並べた。最後に、ダレン様にティーカップを渡して、退出した。
渡されたカップからふんわりと紅茶の香りが漂う。楽しむように、ダレン様はカップに顔を寄せた。
カップを下げ、私を見つめる目が優し気で、私の心音はかき乱される。
「お腹、空いてないか」
「空いてって……」
どんなに空いてても、ダレン様がいたら、一杯になってしまいます。言いかけた言葉を飲み込んだ。あなたがいるせいで緊張して食べ物が喉を通りませんなんて、どこの少女かと愕然としてしまう。
視線をダレン様から下げて、ベッドに落とす。どうしていいかわらからず、更に掛布を握る手に力がこもった時、私のお腹の方が正直だった。
色気のかけらもない音に、私はかっと頬が熱くなり、改めてダレン様を見たら、彼はもう楽しそうに笑うばかりだった。
「お腹は、正直だなあ」
しゃべりながら、笑みを噛みつぶす。どことなく、意地悪されている気分になる。私の卑屈さが嫌だわ。
ずいっとダレン様が近づいてきて、私は気持ち後ろに引いてしまう。
「どうした、食べないのか」
緊張し、掛布を手放せない私と違い、ダレン様の穏やかな表情が……、心臓に重い。手にしていたカップをサイドテーブルにのせて、覗き込むように、身をかがめる。
視線のやりどころに困って、寝具のぬくもりだけでなく、体温の上昇が感じ取られても、逃げる意味も場所もない。
「食べさせてやろうか」
私は我慢の限界に達し、体がぶるんと震えた。身をかがめ、たった一言を絞り出す。
「……からかわないでください」
意を決し、きっと目の前のダレン様を恨めしくに睨みつた。
「これでは、落ち着いて食べれませっ!……っん」
開いた口に、匙が差し込まれた。柔らかく煮詰めた根菜がころんとこぼされる。
反射でもぐもぐと咀嚼すれば、引き抜いた匙を手にしたダレン様がそれはもう、悪戯が成功した少年のような悦な笑みを浮かべていた。
恨めしい気持ちも空腹には勝てず、根菜を咀嚼し飲み込んでから、私はばっと手を伸ばす。
「もう、自分で食べれますからぁ!」
こらえきれない捨て台詞だった。
ダレン様が手にしていた匙を高く掲げてしまい、私の手は空振りする。勢いもそのまま、纏っていた掛布が後ろに流れされ、寝衣が露になる。慌てて、掛布を手繰り寄せようとしたものの、片手を匙に、もう片手を掛布に伸ばせば、態勢に無理がかかる。
バランスを崩し、横倒しした体がダレン様の胸にぶつかった。
ダレン様は匙を持った手を高らかとあげながら、私の身を胸でうけとめ、ころんとベッドに仰向けにころがった。
私の腰に掛布はぱさりとかかり、二人重なってぬくもりを共有するかのような態勢に、かあっと一瞬にして身が火照る。
「匙は落とさなかったぞ」
飄々としたダレン様の一言にかちんとくる。
私はダレン様の胸にひじをつき、身を起こした。
「そっち? 言うにことかいて、そっちですか?」
叫ばずにはいられなかった。
赤くなっているであろう私の顔を、おっと興味深げに眺める視線が絡んできて、直視することがはばかられ、自分一人浮足立つ感情を持て余す。
ダレン様の手がそっと背に触れ、落ちた。
「色々柔らかいな」
臀部をきゅっとつかまれる。
「色々って、何ですかあぁぁ」
大声で叫びながら、両足をひき、座り込む。掲げられていた匙に手を伸ばし、奪い取った。
「ここで、出て行ってくれないなら、私今日一日、部屋に引きこもります!!」
目いっぱい叫んで、肩で息を繰り返す。体もあっついし、涙もあふれそうだし、寝起きから、とんでもないわ。
「ああ、それは困るなあ。出てくから、どいてくれ、なっ」
組み敷いて座っている私の腰を掴み、横にひょいっとずらされる。
すぐさま、ベッドから立ち上がったダレン様は「じゃあ、ゆっくり食べておいで、待っているから」と出て行った。
ぽつねんと残された私は、匙を握ったまま、身をかがめ、打ち震えた。
半泣きになりながら、とりあえず一心不乱に朝食を胃に詰めこめば、喉につまりかけ、カップにそそがれた冷めた紅茶を飲み干した。
飲み干して気づく。これは、ダレン様が手にしていたカップだ。
彼は飲んでた、飲んでなかった?
記憶はない。
「あああぁぁ」
誰も見ていないのに、一人で呻いて、自滅する。
これから、今日一日、どうやってダレン様と一緒にいたらいいというの。




