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メダカのリタ  作者: 秋乃ゆき
9/14

頼って欲しい




 日本の四季とは梅雨と夏、そして秋と冬である。

そんな皮肉を言いたくなるほど、温かい陽気に包まれた心地よい季節は瞬く間に過ぎていってしまった。

 四季が選挙を行えば夏と冬に圧倒的な大差を付けて春と秋が当選するだろう。となれば春と秋の季節が短いのも頷ける。

 もともと国民に大人気の春と秋は選挙演説に時間を割かずとも良く、少し民衆の前に顔を出すだけで歓声が上がり票を獲得できるのだから。

そうなれば当然夏と冬は少しでも長く留まって存在をアピールするしかない。

 夏と冬にとっては不公平感は否めないだろう。

まるで本当の人気者は努力とは関係なく成るべくして成ると言われているようなものなのだから。


 進級してもう一ヶ月が経とうとしている中、同じクラスになった雪乃は今、クラスの人気者に成ろうとしている。


「三枝さんって早川さんと中学校から一緒なんだよね? 早川さんって明るいしノリ良くておもしろいよね。」


 教室でクラスメイトの一人がそんなことを言ってきた。雪乃は明るくてノリが良く人気者らしく見えるらしい。

確かに明るい表情でクラスメイトと談笑している彼女の姿はその言葉通りの人間にしか見えない。

 私が返答に困っていると、視界にいる雪乃がこちらに歩み寄ってきた。

そして着席している私の背後に回ると、突然そのまま両腕を回して私は抱き締められた。


「明里好きだよー」


 雪乃のその行為に面食らっていると、先程まで雪乃と談笑していた女子達から黄色い声上がった。


「ちょっと雪乃……!」


 回された雪乃の腕を解こうとする。

 すると、雪乃の口元からスッと息を吸う音がした。


「明里とは親友だもん! もう4年も友達やってるから夫婦感出てきたかも。普通にハグできちゃうもんね」


 雪乃の発した声は控えめでありながらも教室全体に行き渡るようだった。

 クラスメイトの女子達に囲まれた。


「やっぱ噂は噂でしかないか〜。」

「男子の妄想か。気持ちわる〜。」

「じゃあ三枝さんとキスしてたっていうのも?」


「え、キス?! ていうか何なのさっきから。」


 そう言った私の反応を見てか、耳元でフッと雪乃が笑ったような音がした。


「前から噂でね、明里と私が付き合ってるとかキスしてたみたいなのが広まってたみたいなの」


「はあ!?」


 驚きを隠せず少し過剰に反応してしまった。

 年初に雪乃がレズビアンだとかいう噂があったことは知っていたが、そんな所まで飛躍していたとは知らなかった。


「まあこんな仲良いと噂も立つよね。」

「男子も羨ましいんでしょ。妬みよ。」

「あんた男子に恨みでもあんの?」


 そんな会話でクラスメイト達が笑い合っている。


「私は明里ならキスしてもいいけどね」


 雪乃が満面の笑みを浮かべてそう言った。


「噂……ホントの事にしちゃおっか」


 私を見つめてながらそう続けると、今度は歓声に近い声が教室に響いた。


 私は状況を理解するのに少し時間がかかったけれど、雪乃は今きっと広まっていた噂を処理したのだろう。

 輪の中心で黄色い歓声を浴びる姿はさながら新しい革命家が登場したかのようだった。

立派な公約を掲げ、実現には皆さんの協力が必要だと唱えるお手本のような演説者の横で、巧みに言葉を弄し民衆を誘導し支持者を獲得した。

 けれど大抵、革命を掲げた演説者の発する言葉にはインパクトはあれど中身が無かったりする。

見抜けない者は盲目的に信じるようになり、見抜ける者は何をしたって見抜いてくるから切り捨てる。

その時間を見抜けない者をどれだけ多く集められるかに割く方が効率的だと考える。

 雪乃は敢えて私達の親密さをアピールすることで皆の知的欲求を満たし、疑念を払いつつ噂を否定してみせた。


「やっぱ早川さんっておもしろいね。」


 こんな人を食ったようなやり方をする雪乃を私は知らない。




* * * * *



「明里ッ!」


 白線の外側で花菜から受け取ったバスケットボールをリング目掛けて放る。

宙を舞ったボールはループを描きリングに当たりながらもネットを突き抜けた。


「ナイッシュー!」


 バチンと花菜とのハイタッチが決まる。


「はーい10分休憩!」


 3年の女子バスケ部キャプテンから告げられた休憩の合図で、校庭と繋がる体育館扉の前に座り込んだ。

外から吹き込む風が汗で濡れた身体を洗うように流れて心地いい。

 今日は第1体育館を男子部と女子部とで半面ずつ使って練習をしている。

 ちょうど隣のコートの男子部も休憩中のはずだけれど、一ノ瀬先輩は1on1を行っていた。

 ドリブルしている先輩と、先輩より背の高いディフェンスが睨み合う。

右に左にとフェイクを仕掛け、ディフェンスの逆をつくと高く跳び上がった。

空かさずディフェンスの長い腕がボールに伸びていく。

 すると先輩の上体はディフェンスから遠ざかるように後ろに倒れながらシュートを放ち、リングを掠りもせず突き抜けていった。


「今のは凄いの?」


「うわっ。雪乃!? いつからいたの?」


「昔からいたよ」


 声に驚いて振り向くとバッグを肩にかけた雪乃がそこにいた。

 この第1体育館は校庭に直接繋がっているため、扉を開放しているとたまに通りかがった生徒と交流することがある。

見たところ下校時に寄ったみたいだけれど、校門に向かうのにこの場所は通らなかった。


「今から帰り? どうしたの?」


「んー。明里の顔を見たくなって?」


 雪乃がニコッと微笑む。


「ところで。あれって一ノ瀬湊さんでしょ?」


 雪乃の視線が一ノ瀬先輩を追っていた。


「名前、覚えたんだ。」


「うん。あれだけ身長高くてイケメンなら誰だって覚えるよ」


 雪乃が凡そ雪乃らしくないことを言っている。

 その発言にとても驚きを隠せず咄嗟に雪乃の細い肩を強く掴んでいた。


「雪乃さ、やっぱ春休み何かあったでしょ。」


「痛いよ」


「あ……ごめん。」


 雪乃は春季休業中に何かがあって変わってしまった。

いや()()()()というべきなのかもしれない。

 何かあったのか訊いてもまるでこれ以上踏み込むなと壁を作られているようにはぐらかされてその理由を見つけられずにいた。


「明里は一ノ瀬さんのことが好きなんだっけ?」


「違うって。本当に何とも思ってないよ。」


「そう」


 どことなく気まずい雰囲気が漂っていると、雪乃が不意に口を開いた。


「一ノ瀬さんはたぶん姉さんのことが好きだね」


「……え?」


「あの人顔に出やすいな〜。バレバレ」


 突然の出来事に理解が追いつかなかった。

 今も夢中でバスケットをしている彼を見てまるで実況するように話している。


「えっ。なに? 急にどうしたの?」


「ああごめん。あの人と話した時のこと思い出して」


 私から喉元がゴクリと鳴った気がした。


「そういえば明里、図書館で私と一ノ瀬さんが何を話したか、気になってたよね?」


「まあ……それなりに。」


「言えないよ」


 雪乃は私を見てキッパリと言い切った。


「誰にも言わないでって言われてるから一応言わない。けどそれと私が感じたことを明里に話すのは別。だから"一ノ瀬さんは姉さんが好きだよ"」


「えっと。まず姉さんって雪乃のお姉さんのこと?」


「うん」


「先輩は雪乃のお姉さんのことが好きで、雪乃に相談してた……ってこと?」


「違うよ。あくまで話を聞いて感じた私の感想、勘かな。もし相談とかだったら今約束破ってることになるでしょ?」


「そっか。」


「姉さんは一ノ瀬さんの家庭教師してるみたいで――――」


 雪乃はそこまで言いかけると不思議そうな表情で私を見つめていた。


 緊張していた肩から力が抜け、全身を包み込むような安心感が湧き上がってきている。

"嬉しい"。一言で今の感情を表すならこの言葉しかない。

 でも何が嬉しいのか、自分でもさっぱり分からなかった。


「さて。いいモノも見れたし帰ろうかな」


 ふわふわとした心持ちで去っていく雪乃の後ろ姿を見守った。

 なぜだか今なら空を飛べそうなほど気分が軽くなっていた。



 練習を終えると明るかった空はすっかり茜色に染まり、そろそろ日の入りを迎えようとしていた。

 最終下校時刻に間に合うよう急いだつもりだったのだけれど、部室を出ようとすると花菜と沙織に話があると呼び止められていた。


「明里さ……。」


 他に誰もいなくなった部室で、神妙な面持ちの花菜がポツリと呟いた。


「好きな人できたでしょ。」


「……は?」


「だって今日めちゃくちゃ浮ついてたじゃん! シュート1本も入らないしさ! 絶対恋じゃん!」


 もう少し深刻な話をされるのかと身構えていたのに拍子抜けもいいところだった。

 沙織は今まで花菜に合わせてましたと言わんばかりに表情を崩して笑っている始末。


「そんなこと訊くために残ったの?」


「大事なことでしょ。」


「鍵返すのめんどくさいから早く出ようとしたのに〜。」


 しかし花菜の言ってることは全てが間違いというわけもでなく、確かに今日は集中力に欠けていた自覚があった。

 

「明里にも調子の出ない日くらいあるでしょ。」


 沙織が諭すように言った。


「明里が? あはは! 沙織じゃあるまいし。」


「なんでさらっとあたしがディスられてんの?」


「2人とも仲良いねー。」


 ハッキリした性格の花菜と何でも受け止められる包容力のある沙織はとても相性がいいといつも感じていた。

 そしてそれを見て自分と雪乃の姿を重ねていた。

全く同じように重なりはしなくても、私達にはこの2人とは別の形があると、それはそれでいい関係だと以前は思っていた。

 けれど今では重ねる以前の問題だ。

 私は早川雪乃という人間を知ろうとする前に、まず自分自身に蔓延る問題から片付けなければならない。

それはもう目前までその正体に迫っている得体の知れない何か。


「じゃあさ。ちょっとだけ相談してもいいかな?」


 花菜と沙織はどこか嬉しそうに小さく頷いた。





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