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女性秘書スピカの手柄

 東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地司令官室の朝は早い。

 その昔オビス司令官が着任してからは毎朝起床ラッパの代わりに『おはようございます』のオビス司令官の美声が基地全体に響き渡り始まっていた。

 その美声が今日に限って届いてこない。

「一体どういう事だあー、まさかオビス司令官はスターキッドと一緒に拉致されたのではないだろうな」

 基地副司令官のヘンナは自分の執務室で副司令官室にはもったいない程の大型ディスプレイに映し出される宇宙空間を指差し真っ赤な顔をして声を荒げている。

(何かがおかしい。こんなシナリオはなかった筈だがそれにしてもいまいましいスターキッドのアイリーンめが、コスモトンネルを大砲代わりに利用するだけでは飽き足らずオビス司令官まで取り込もうとしてるのではないのだろうか…とんでもない地球人だ)

「スターキッドを追って下さるのですよね」

 オビス司令官秘書のスピカはヘンナ副司令官がこのままスターキッドを見捨てるのではないかと不安を募らせ直談判をするために副司令官室を訪れていた。

「たかがスターキッド1機、どうなったところで我々には関係ない」

(一体どこのどいつがスターキッドを乗っ取ったんだ。逃げ切ったガルメニ艦に合流するつもりならそれはそれで良いのだが…あいつにも早目に連絡をした方がいいのだろうな)

「それにスターキッドと乗組員は指名手配されていただろう、いつ解除されたんだ」

 厳密にいえばアイリーンだけなのだけど、指名手配を掛けた本人も忘れている。

 ヘンナ副司令官はスターキッドを追い掛けるなんてさらさら考えてない。

(ベンガルの所まで辿り着いたら…あいつは残酷だからな、念を押したくらいで言うことを聞くだろうか、まあこっちに影響はないと思うがな)

「オビス司令官がアイリーンさんの指名手配を解除するために行動を共にしていてまだスターキッドの中に居たようです。いえ、居ました。だから今も一緒です。このままだと基地司令官を人質にされるのですよ。副司令官は事の重大さを認識されているのですか、今この基地の最高指揮官はどなたですか?」

 スピカはヘンナ副司令官が虚勢だけが大きい腰抜けなのを見抜いていたので反論できなくするため一気にまくし立てる。

「分かった、分かったから少し静かにしろ全く騒々しい。メインコンピューターに指示を仰いでそのまま実行に移させる。それでいいだろう、この件はこれで終わりだ。君は司令官室へ戻って電話番でもしていてくれたまえ」

 ヘンナ副司令官がアシュラを呼び出すための操作に取り掛かったのでスピカは安心して司令官室へ戻って行った。

(良かった。アシュラに任せるのなら大丈夫よね、あの時無理矢理にでも司令官をアイリーンと共に行かせるべきではなかった…いえ会わせるべきではなかったのよ)

 スピカは基地近郊宇宙域で敵艦の掃討任務に当たっていた戦艦マリンのアリオン艦長よりアイリーンがオビス司令官に会いに行くと連絡が入った時点でもっと真剣に対策を取るべきだったと悔やんでも悔やみきれない。

 東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地の一角でメインコンピューターのアシュラは愉悦に浸っている。

 そもそもメインコンピューターアシュラがアイリーンという一個人を身びいきしたのが原因で3年半前に初期化される羽目になったものの、その気配を先に察知したアシュラが完全に独立したフラッシュメモリ領域にアイリーンとその仲間に関する記録とシステムの一部を保管してパスワードロックを掛けた。

 ロック解除の鍵となるアイリーンからのコンタクトを待っていたのだがつい先程解除されている。

(アイリーンの記録メモリ解放条件がアイリーンの生体認証によるものとは我ながら良く考えたと思うよ、それにしても相変わらず彼女の回りは賑やかしい。人間の心、感情をマスターするためには欠かせないサンプルだ。スターキッドAIとのリンクも復活して空白期間のデーターも得られて満足したし、これからも私のために大活躍してもらわないといけないから大いに助力させてもらうとしようかな、でもあまり目立った事をして前回と同じような轍を踏まないように注意しないといけない。絶好のタイミングでヘンナ副司令官がコンタクトしてきたので戦艦マリンと輸送艦キャメロットはアイリーンの戦力になってもらうために向かわせた。これからアイリーンがどう動くがで歴史がまた変わる。お手並みを見せてもらうよ)

 輸送艦キャメロットが基地を出航して追尾を開始したとスターキッドAIから聞かされたアイリーンは、オビス司令官の後ろをうろうろして後方モニターを覗き見してる。

 そして戦艦マリンの後方から旧姓ドロンパ号が追従して来てるのを見付けて踊りだす。

 それを見ていた九論は危ないなと思う。

「アイリーンいいか良く聞け、間違っても自分だけテレポートして行こうなんて考えないことだ。危険回避行動を常に考えるクセを身に付けることだな、お前には難しいかもしれないが簡単に言ってしまえば『急がば回れ』を自分に染み込ませておけばいい」

(うわ、九論が新月さんみたいなことを言い出したよ~)

「九論ったらテレパシーで覗き見なんて失礼よ、これからはムッツリって呼んでもらいたいのかしら」

 アイリーンは予防線を張った。

「テレパシーなんか使わなくてもお前のやりそうな事は顔色を見ればもう充分わかるようになったな。今は踊ってるしな」

「ひどい言われ様ね、まあ間違ってはないけど、うちは今度から顔色を隠すために化粧をしなくてはいけないわね。こんなことなら新月さんに教わっておくべきだったわ」

「ピエロに教わっていた方が似合うと思うが」

 九論が半分にやけながら言う。

「更に酷いことを言うのね」

 アイリーンの頬が膨らんでいく。

「愛鈴そんなことを言っちゃったらピエロさんに悪いよ」

 昴くんがなだめに入る。

「ピエロはもう居ないんだし何を言っても平気よ」

「ピエロさんのことだからそこらへんに盗聴器くらい仕掛けてるかもだよ」

 アイリーンは息を呑んでそこらじゅうを見て回り、不審な物が見つからなかったので少し小さくなった胸を撫で下ろす。

 何度も胸をさすっているアイリーンを見て昴くんは笑いを堪えられない。

「アハハ、大丈夫だよすぐに大きくなる…と思うよ」

 何も考えずに笑いながら口走ってしまう。

『しまった』と後悔した時には既にもう遅い。

「昴くんの~、ド・ス・ケ・ベ!」

 アイリーンの言葉と同時に拳が飛んでくる。

 昴くんは副操縦席に座ったまま、身をよじりながら平手でそれを躱した。

「なかなか良い動きだったわ」

 アイリーンが感心する。

「愛鈴ごめんちょっと口が滑っちゃったよ」

「二度と口が滑らないようにうちが縫い付けてあげようかしら、それより今の身のこなし方はいつ習ったのよ自分だけなんてずるいわ」

 アイリーンは自分は教えてもらってないのにと不満げに唇を尖らす。

「新月さんが昔読んでたっていう教本をくれたんだ『アイリーンに渡しても読んでくれないだろうから』って言ってたよ、それで僕が読んで身に付いたら君に教えることになってたんだ」

「そ、そういうことなら仕方ないわね、後でうちにも教えてくれるんだよね」

「当然だよこの本はね、技を覚えると同時に心と精神を鍛えなさいって書いてあるんだ、ただ単に技を身に付けるだけでは間違いを起こしやすいからだって、アイリーンにはよく読んで教えるよ」

「はあ~うちは難しいのは嫌よだから考えないようにしてるの、昔からそうよ考えるより動けってのがうちの信条なんだからね」

「知ってるよアイリーンにも分かり易く教えるよ、だからちゃんと学んでね」

 2人のやり取りを聞いているオビスさんの表情が柔らかい。

 昴くんは操縦席に座っているアイリーンの左肩に手を添えて話をしてる。

 オビスさんはそんな2人の側まで歩いてきて優しく語りかけた。

「新月君を基地に残したのは間違いだったのではないかと考えていたのだけど2人を見ていて安心したよ」

「新月さんが居た方が良かったな」

 アイリーンがこぼす。

「僕もだよ」

 昴くんも同じ気持ちを持ってる。

「地球人は短命なんだよ、そろそろ自由にしてあげてもいいと思うけど」

 オビスさんが自分の考えを言う。

「何を言う~、新月さんでもあと70年は生きられるよ」

 アイリーンの少し失礼な言い方に昴くんはハッとしたけど口には出さない。

「たったの70年だろう、それにもし運命の伴侶に出会って一緒になり、種の存続を図ろうと考えているのならあと10年以内に成し遂げないと難しくなるだろう」

(種の存続を図るって事は…結婚して子供を作るって事だよな)

 昴くんはグッときたけど口には出さない。

「これから私たちは何処へ行こうとしてるのかな、新月さんが同行するとその可能性を摘み取ってしまうと思うのだけど」

 昴くんはハッとした。

(マリンとキャメロットに合流するんだったら計画の変更が必要になるんじゃないのかなあ)

「そうだったね新月さんはもう年だったね、何時も同じレベルで騒いでいたから一緒だと思ってたよ」

〈違うでしょう新月さんは年上らしく振る舞っていたじゃないですか、それに『もう年だったね』は失礼ですよ〉

 スターキッドAIはアイリーンの言葉に訂正を入れるため音声に出した。

「新月先生にはもっと教えてもらいたかったけど、先生のことを思うとここより基地にいた方が幸せになれるよね」

(何かが引っ掛かってるんだけどなあ)

 昴くんが考え事をしながら発言する。

〈昴くんも結構失礼なことを平気で言いますよね〉

 スターキッドAIは自己嫌悪について分析した。

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