オビス司令官の目論見
東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地のオビス司令官はまだスターキッドの中に居る。
彼は先日戦艦マリンのアリオン艦長に酒の席で愚痴をこぼしたことをこれ幸いと実行に移そうとしていた。
すなわち『司令官をエスケープする』と言うことだ。
アイリーン達にはオビス司令官がやろうとする事の重大さに口を挟む術もなく、ただ黙って従っている。
「そうだな有り難う。これからは気を付けるよ、皆も私のことを元司令官などと思わずただの新人だと思って気軽に接してくれると嬉しいのだが」
((思える訳ないでしょう!))
アイリーンと九論は今まで以上に困った人が同乗したなあと思った。
オビス司令官は新月さんとピエロを合わせた以上に扱いが難しい。
〈アイリーン出航準備整いました。ねえ、ピエロさんに連絡しなくて本当にいいのですか?〉
「大体ピエロはオビス司令官には会えないって言って別行動したんでしょう。戻ってくるわけないわよ」
(でも…そうよねもう司令官では無くなったのだから、誘ったら戻って来たかも知れないわね)
「そのピエロさんと言うのはどういう人なのかね」
オビスさんが当然のように興味を持って聞いてくる。
「最初に月で会った時はフリープラネットのエージェントって言ってたわ、次に月で会った時はフリーライターだって言ってたっけ」
(こういう問題は早めに方を付けとかないと後々面倒な事になりそうだから、無理してでも敬語抜きで話すのよ)
アイリーンは早速オビスさんを同等の仲間扱いするために頑張った。
「ああ、あの『邪眼の新田』とか言われて遊ばれてた人ですね。確かイノマンのクローンだとか噂されていましたね、会ってお話がしたかったです。そういえば九論さんもイノマンのクローン体でしたね」
「オビスさん、九論はちゃんとした人間なんだから、クローンの身体を持っている人って言わないといけないんだからね」
アイリーンは九論の今後を思って少し強い口調で言う。
「それは大変な失言をしました。九論さん、すみませんでした。これから仲良くできることを望みます」
「そのような些細なことは気にしてないが、オビス君はもっと気さくな話し言葉を使ってくれないかな、見てくれ、昴くんが固まったままだ。さっきから一言も喋ってないだろう」
昴くんがぎこちなく動く。
「僕は何ともないです。ただ、新月先生とお別れするにしたって、もう少し時間があっても良かったんじゃないかなって思ってしまって、オビスさんにしたってあんな言い方…他にはなかったのかなって…たった一言『成富支部長補佐を命じる』って新月先生も納得してなかったみたいだし、ウッウッ・・・」
「こらっ、男の子は財布を落とした時以外は泣いてはいけないんだよ」
〈「それは違うと思う」〉
アイリーンは落ち込んでいく昴くんを慰めようとしたけど上手にできない。
スターキッドAIと九論が同時に訂正を申し出る。
「新月さんが納得できなかったのは、お前達2人の教育が中途半端で終わってしまうからなんだ、いろいろ約束してただろう、アイリーンには社交辞令から言葉遣いまで、昴くんは護身術を教えてもらうようにしてただろう。それらを一方的に放棄するのが許せなかったからだと思うぞ」
九論が新月先生の気持ちを代弁した。
「そうだね新月さんは教育熱心だから、やっとこれから熱血教師になってうち達をしごけると思った矢先に引き離されるのが嫌だったんだ、きっと目の前のご馳走を前に『頂きます』をした途端空襲警報が鳴り響いてその場を後にしなければいけない。そんな気持ちだと思うよ」
〈「「絶対に違うと思う!」」〉
スターキッドAIと九論と昴くんが同時に否定して新月さんに同情する。
「アイリーンだけ新月先生の教育を受けさせるために置いてきた方が良かったかもな、そっちが新月さんも心残りが無くて良かったと思うぞ」
「え~っ、うちは絶対に嫌だからね、次にそんなことを言ったらうちはAちゃんと2人で駆け落ちするんだから」
アイリーンはほっぺたを膨らます。
昴くんは『僕とじゃないんだ』と少しだけ思った。
「アイリーン明らかに冗談だと思われる言動にいちいち正論で返す必要はないんだよ、親しき仲にもゆとりは必要さ」
オビスさんが新月さんを下ろした事に責任を感じてるのかは分からないが、アイリーンに優しく声を掛ける。
(オビスさん『親しき仲にも礼儀あり』だよ、まあ今の時代は礼儀よりゆとりの方が必要だとは僕も思うけどさ)
昴くんは心の中だけで突っ込みを入れた。
〈僕はねオビスさんが新月さんに口頭で辞令を渡した後、新月さんに相談されてたんだ新月さんに内緒にしてくれるなら話すけど…〉
「内緒にするから聞かせて」
アイリーンは即答する。
「凄いAIだな『これは内緒の話なんですけど』と言いながら秘密を漏らすのか」
スターキッドAIとの付き合いが始まったばかりのオビスさんは驚きを隠せない。
「オビスさん、こんなん序の口ですよAちゃんは自分の命に危険が迫ってくるといの一番で逃げ出そうとするんだからね」
アイリーンが中指を立て…ようとして止めた。
「それは命より大切な物は無いからだろう、安全第一で良い事だと思いますよ」
オビスさんは命が一番大切だということをアイリーンにも分かってもらいたいと切に願っている。
〈そ、その通りですよ、やった!やっと僕の味方となる人が乗船してくれて嬉しいです。心から感謝の気持ちを…〉
「Aちゃんのはそんなんじゃないでしょう、全く小心者なんだから」
アイリーンが辛辣にでも愛情を込めて言い放つ。
〈ぶー、もう時間ですからね、最初の予定通り無断出航しますよ、本当にいいんですよね〉
「指名手配再びだね、その方がスターキッドらしいと僕は思うよ」
「どの辺がよ、昴くんはたまに変なことを言い出すわね」
(アイリーン程じゃないさ)
3人は同じようなことを心の中だけで思った。
〈準備はいいですかぁ~〉
スターキッドAIが調子良く言ってくる。
「レッツゴー!」
アイリーンが同じようなノリで合わせた。
「ロースさんお願いします」
昴くんがガルメニ人の甲殻を纏ったロースさんを画像通信機の前まで連れてきて、さりげなく映り込む様にスイッチを入れる。
妖精のロースさんはガルメニ人の甲殻の中に居ないと体力の消耗が激しいとか何とかの理由で、長時間に渡って外に出ていられないらしい。
その時アイリーンが『宇宙服の中は居心地が良くて脱ぎたくないものね』なんて言ったものだから、又しても皆の顰蹙を買う。
「救難信号発信、妨害電波展開」
オビスさんがパネル操作して指差し確認しながら言う。
「これで少しは時間が稼げるな。そして追い掛けて来るのはスターキッドの一番近くで警戒任務にあたってるアリオン艦長の戦艦マリンになるな」
九論が『戦艦マリンの近くを通るコースを狙ったのも計画通りだな』と言いたげだ。
「後はドロンパ号、じゃなかったキャメロットが後から付いて来てくれるようにすれば良いんだよね」
「そうですね、アシュラにこちらの計画を入力しましたけど何回驚けばいいのやらスターキッドAIとアシュラが裏で繋がっていたなんて、これではアシュラを初期化した意味がないではありませんか」
オビスさんは笑いながら怒った様な複雑な笑顔を見せる。
〈僕とアシュラが地球人アイリーンに興味を抱いている間は誰にも邪魔をさせませんよ〉
「AIもそんな危険思想を表に出すと初期化されるかも知れんぞ」
九論が嗜めるように言う。
「あーっ、九論はむっつりすけべなんだ」
アイリーンが明るく言っている。
「やっぱり新月先生には居てもらった方が良かったと思うよー」
昴くんは心底そう願った。
〈だから新月さんは自ら下船するのを選んだんですってば、普通の地球人だからこれから先に進む事には躊躇するんだって、だからAIである僕に皆と一緒に行けば良いのか行かないかの2択で選んで欲しいと依頼してきたんです〉
「それで行かないを選んだわけ?フ~ン選んだのはAちゃんなんだフ~ンAちゃんが新月さんを下ろしたんだね」
〈違うよ~アイリーン、ああ、どう説明したら良かったのかなあ〉
スターキッドAIは頭をかきむしりたい衝動に駆られる。
「愛…アイリーン、あんまりスターキッドAIを苛めると可哀想だよ」
昴くんがぎこちなく言う。
「Aちゃん、冗談よ冗談オビスさんが言ってたでしょう、ちゃんと冗談として受け取りなさいよね」
アイリーンがさっきの意趣返しをスターキッドAIにした。
〈アイリーンのは全然冗談に聞こえないんだってば〉
スターキッドAIが反論する。
「おっ、予定通りマリンが追って来ましたね」
オビスさんが少し楽しそうに言う。
「Aちゃん分かってるわよね、攻撃されない一定の距離を保って離さず追い付かれずで行くのよ」
〈分かってますって、汽車ごっこですよね〉
「いやだわー、Aちゃんが可笑しくなってる~」
自分たちが置かれている立場のことなんか棚に上げてふざけ合う若者がここに居る。




