ピエロと『私』 1
一番近い食堂は案内所の2階にあった『地球に一番近いレストラン〖テラ〗』なんて歌い出したくなるような名前の店だけど、アイリーンのことを思って少し歩く距離の店にした。
それにしても流石に地球への最終観光地だけあって、地球の魅力が圧縮パックされている感じが半端じゃない。
「こんな風に歩きながらアイスを食べるなんて初めてだよ、ありがとうねお父さん!」
アイリーンは周囲の状況に応じて私への呼び掛け方を変えている。
2人っきりの時は『お兄ちゃん』、人混みの中では『お父さん』それ以外はまだ聞いていないので分からない。
「伯父さんさっきから変なオジサンが付いて来てるけど、付けられているのかなぁ?」
早速『伯父さん』と呼ばれた。
これは緊迫した時の呼び方なのだろうか。
「さすがアイリーンも気付ていたかい、でもここは人通りの多い繁華街の中だし無視しとけば何ともないよ」
しかし、のんきな言葉とは裏腹に声が掛かってくる。
「そこを行かれる地球人のお二人連れの方、少しお話をさせてもらっても良いかな」
仕方がない無視するわけにもいかなくなった。
「アイリーン僕の後ろにいてね」
何かあったら直ぐに近くの店へ駆け込める体勢を取る。
「そんなに警戒されなくても何もしませんよ」
『今はでしょう』と心の中で返事した。
見た目は人畜無害の様に……いやむしろ滑稽に見えるピエロ姿をしているけど、当然本当の顔を隠すための化粧姿なんだろう。
私は知っている。
ピエロ姿に変装している者の中には何かを企んでいる者が多い事を。
「何のご用ですか?」
決まり文句の定型文で話す。
「地球から出られましたねアイリーンさん、本当の名前は鈴木愛鈴さんさあ我の元へ来なさい((来るのです))」
アイリーンがフラフラと僕の後ろから出ていこうとするのを抱き止める。
誰だこいつ。
「アイリーンに何をした!」
私はピエロ顔に向かって叫ぶ。
アイリーンの目が虚ろになっている。
「精神支配を掛けたな!明らかな違法行為だぞ保安局に突き出してやる」
精神支配なら言葉が分からなくても有効だけど長時間ずっと掛かったままだと自分が誰だか分からなくなって精神崩壊してしまう。
((こっちへ来なさい。さあ一歩、もう一歩))
ピエロは光一の言葉を無視してアイリーンの目を見ながら手招きしている。
アイリーンは抱き締めている私を引きずって前へ進む。
仕方ないあまり野蛮な行為はしたくないとか言っている場合でもないし。
私は行動調査チーム任務遂行特権を行使する事にした。
常に携帯を義務付けられている行動調査チームの身分証兼手帳をTVドラマの刑事のようにかざして見せながら言う。
「私は公的機関の職員です。あなたの行う非合法行為に対しあなたを逮捕する権限を行使します」
引きずられる事により間近まで迫っていた相手に、内ポケットに忍ばせていたショックガンを目にも止まらぬ早さで突き付けた……はずなのに、私の手首はピエロの手に掴まれてピエロの首筋を僅かに逸れた位置で固定されている。
「HA、HA、HA、誰が誰を逮捕するって、生意気言うのにも程がありますねえ。しかしそうですかあなたは行動調査チームの人ですかちょっと面倒ですね」
「気に入らないな、無駄口叩かず投降したらどうですか」
気に入らない事が多すぎるが何が一番気に入らないって、笑い方に決まっている。
私は手加減無しの足払いをかます相手と手が繋がっているので逃げられないはずだ、ピエロが手を離せばショックガンを首筋に撃ち込めばいい。
ピエロとの距離が一気に離れた。
瞬間移動、多重能力者だ。
厄介事が増えた。
周囲に野次馬が集まりだして来る。
「喧嘩か?」
「喧嘩だ!」
「どっちに賭ける」
「ピエロだ」
「ピエロに決まっている」
「俺もピエロだ」
「誰か、あのおっさんに賭けないと成立しないぞ」
「あのおっさん弱そう!」
誰かが叫ぶ。
「誰も負けるほうに賭けるバカはいないさ」
野次馬がワイワイとピエロを応援しだす。
とばっちりを受けるんじゃないかと心配して見ると、本物の馬の頭を持つ宇宙人が目に入り、光一は一瞬吹き出しそうになって殺気が削がれてしまう。
その時を見計らったようにピエロがテレポートして消えて行った。
「あっ、ピエロがいないぞ!」
「ピエロが消えた?」
「ピエロが逃げた?」
「不戦勝だ!あのおっさんの勝ちだ、大穴だ!誰か賭けた奴はいるか?」
「……」
「誰もいないのか、ちっ!解散だ解散、クソ、面白くない!」
((今日はお別れだまた会おう、お前がまだ生きていればがだな石井光一君、お前自身が知らない事情も知れたこの情報は大き過ぎる、勝手に手を出す訳にはいかなくなってしまった。これからが楽しみだ))
テレパシー?いや残留思念かあのピエロの奴一体いくつ能力持っているんだ。
騒ぎを聞き付けて本物の警察機関が来ると厄介な目に合うのは分かりきってる事なのでアイリーンを抱えて走り出す。
「すみません、通ります」
かなり強引に人混みを掻き分ける。
他人の不幸を遊びのネタにするような連中は、たとえ蹴り飛ばしてやっても気が病むことはない。
人通りが少なくなってきたのでアイリーンを降ろし様子を見るけど、普段と変わったところはなく瞳も正常に戻っている。
「うちが最初からお父さんに抱き付いとけば良かったかもね」
「バカな事言ってないで大丈夫なのかい、変な所はないかい?」
「変な事……お父さんに抱えられた!荷物みたいに!許せないわ普通はお姫様抱っこでしょ」
この子にとってはバカな事が普通の事なんだろうかと思ってしまう。
(私も何を考えているのやら、しかし、お怒りは沈めないとだな)
「ごめんよアイリーン急いでいたものだから、それといつ頃正気に戻ったんだい?」
「ごめんなさい。わかっているのに体が言う事を聞かなくなったの、そしてね、うちは嫌なのにピエロの方へ歩き出したの……本当に嫌だったんだからね、そしたら頭の中に別の人の声がしたの『面白くなって来たな、どうする、代わってやろうか?』って言ってたわ、その声聞いたらますます怖くなって力が抜けていったの、でもピエロがポンって消えたでしょ、その時に全部普通になったんだと思うよ。頭の中の声も聞こえなくなったし」
私の背筋に悪寒が走っていく。
引っ掛かる点がいくつも出てきて、考えなくてはいけない事が同じ数だけ発生して…イライラしてくる。
だから今は何も考えないことにした。
ピエロの言葉を思い出しながらアイリーンを宇宙に連れ出したのは間違いだったのだろうかと後悔しそうになったけど、誰にこの展開が予想できただろうか。
「もう大丈夫だからね、何も考えなくていいからね、僕も考えないようにするからさ、それよりそこのお店に入って休もうよ、もう疲れちゃって立っていられないや」
アイリーンに意識があったのはちょっと良くなかったかもしれない。
あまり聞かれたくないことを知られたように思う。
(ここで何か質問される前に目の前の、多分喫茶店みたいだけど、さっさと入って話題を変えよう、まあこの観光地で昼間から危ない店は営業していないはずだから。しかし、さっきは昼間っから危ない目に遭ったけど)
喫茶店の西部劇に出てきそうな玄関扉を押して開け中に入った。
「お帰りなさいませ~」
営業スマイルの?ウサギ顔が明るい声で出迎える。
当然バニーガールのコスチュームでだ。
この店大丈夫かなと少し不安にさせる。
地球観光に来た宇宙人には人気なのかも知れないと自分に言い聞かせた。
「何かすぐに出せる飲み物を…地球人用でお願い出来ますか」
「まずはお水を、そしてソーダフロートなどいかがでございましょうか?」
「じゃあ、それで頼みます」
「お腹空いたよ~」
「アイリーンは食事もしたいのかな?サンドイッチみたいなので良いかな」
「うん…」
相変わらず、こういう所に入ると無口になる。
どんなスイッチが入るのだろうか。
「すみません?サンドイッチ出来ますか」
「ミックスサンド承りました、全てお二人分で宜しかったですか?」
ミックスサンドしかできないのだろうかと思ったが指摘するのも面倒になっていた。
しかし、一つだけ言わなければいけない。
「はい、ニ人分でお願いします。ただ僕のソーダフロートはアイスコーヒーに代えて下さい」
(甘味と炭酸はダメなんだ)
「かしこまりました、お代は1600ポンタ現金になります」
「今ですか?」
「いつもニコニコ現金払いです。それとニンジン代をお忘れなく」




