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アイリーンの中の『私』

 アイリーンと私は予定よりかなり遅れてルナ・ターミナルの宇宙港に到着していた。

 色々あって宇宙母船への着艦は後回しにする。

 小型艇を三段跳びジャンプさせ月に着いたのがかなり遅い時間になってしまったので、アイリーンが起きない事をいいことにそのままコクピットで一夜を明かした。

 昼前の人通りが多い時間帯になってからルナ・ターミナルへ降りてアイリーンは観光を私は探索と安全の確認をするように予定変更する。

 もちろんニ人一緒に手をつないでだ。

 アイリーンのトイレ騒動の後、私が地球軌道上で月までの軌道計算を最初から入力し直ししていて、もう少しで終ろうとしていた頃いきなり自動音声が流れ出してビクッとして飛び上がってしまう。

『しまった』と思った時は遅かった。

 アイリーンが副操縦席からこっちを見ていてニヤッとしたのを見てしまった。

 私は自動音声の内容を知って2度びっくりする事になるが、アイリーンに今は知らせないほうがいいだろうと判断し、知らん振りを決め込んだまま再出発準備を進め実行キーをリターンする。

 これでジャンプ前のアナウンスが流れるのを待つだけになる。

 今度のジャンプは石切ジャンプではなく三段跳びジャンプにした。

 目的地までの到着時間が長くなるが安全性が格段に向上するので今は安全優先にしたい。

「お兄ちゃん、最初にやってた時と手順が違うね」

「どうして……アイリーン分かるの? その通りなんだけどさ凄いねハジメちゃん以上だよ」

「誰それ?」

「あ、何でもない忘れて誰も知らないだろうバカポンの弟のことなんか」

  そっぽを向いて誤魔化してアイリーンのほうへ向き直る。

「手順が違う理由は例え話でもいいかな?」

「いいわよ」

「じゃあ答えるね、東京に行くことになったので飛行機のチケットを買って乗ろうとしていた時に嵐が来て飛行機が飛ばなくなったから、仕方なく電車で行くことにしました。これで分かるかなぁ」

 自分でもかなり乱暴な説明だと思う。

「そうね大体ね、例えば月に行くことになったので地球軌道で充分加速して、いよいよ石切ジャンプしようとした時に誰かがトイレと言ったから緊急停止して石切ジャンプ出来なくなったので違う方法で行くようにしました。でいいのよね」

「さすがはハジメちゃんだね」

「違うよ! うちはアイリーンだよ、それで本当に違う方法で行くの? うちのせいだねごめんなさい」

 アイリーンはテレパスか予知能力に目覚めたのではないかと思ってしまう。

  たまに宇宙へ飛び立つと特殊能力が目覚めると言う人の話を聞くことがあるが、まさかアイリーンもその類いなのだろうか、そうだとすれば下手に隠したままにしておくと却って悪い事が起きそうな予感がする。

「気配りが足りなかった僕の責任でもあるよ、それに緊急停止しなかったら僕たち、本当に宇宙のチリになっていたかも知れなかったんだよ、実は最後のジャンプ地点でジャンプのタイミングに合わせたように宇宙嵐が起きていたんだ。そんな所にポンって飛び込んでいたら僕たちはタダでは済んでなかったと思うんだ、最悪宇宙艇毎バラバラになっていたかもだね、だからアイリーンは命の恩人なんだよ」

「えっ!宇宙のチリってジャンプに失敗していたってことなの?そんなこと起きるの!」

「成功率は一般的にテン・ナインと言ってね凄く正確に実行されるね。失敗の確率は1億分の1だから滅多に失敗することはないよ、普通はね……だから今回は誰かが何かの目的のために仕組んだ事故の可能性があるんじゃないかと考えてるんだ。だけど僕達は生きているよね、もし、あの宇宙嵐を誰かが仕組んだものだとすれば何処かで僕たちの無事な姿を見掛けると凄く驚くと思うんだ。街中で偶然にでもアイリーンがそんな人に気付いたら知らないふりして直ぐ僕に教えてね。僕が対処するから」

「わかったわ、でもそれが本当の事なら凄く怖いね、うち達を宇宙のチリにしようなんてさ、光兄ちゃんは悪の組織に狙われている人なの?うちはねもし光兄ちゃんが悪の組織の人でも……逃げたりしないから、ちゃんと付いて行くからね、でもそんなことはないよね」

(ああ、アイリーンは正義の味方側に付きたいんだね。良かったよ)

「僕は正真正銘の正義の味方さ、これから月に行くんだから月光仮面のお兄ちゃんと呼んでくれてもいいよ」

(アイリーンからはまぁ冗談でもおじさんとは呼ばれたくないなぁ、でも百歳過ぎてるのバレてる訳だし仕方ないかも知れないな)

「月では誰もそんな人知らないと思うよ、うちにとっての光兄ちゃんはどこまで行っても光兄ちゃんだからね」

(嬉しいことを言ってくれるね、涙が出そう)

 秘密を打ち明けるのは今がベストなタイミングのように思えてくる。

「アイリーン、お兄ちゃんはどこまで行ってもお兄ちゃんと思ってくれるんだよね、たとえグロテスクなお兄ちゃんになったとしても?」

「グロテスクなお兄ちゃんは嫌だな~ 出来たら白馬のお兄ちゃんがいいよ!」

「ハハハ、白馬の王子様はちょっと無理かな、白馬のおじ様に変身するからね、驚いちゃ嫌だからね」

「うん分かったー、 期待して光兄ちゃんの手品見るよ」

 手品かよ! と思いつつも操縦席を立ち上がり少し離れた場所で集中する。

 頭の中に白いもやが立ち上ぼり白一色の世界になった。

 そこで30歳になった全身像をキャンパスに描くようイメージする。

 出来上がった姿をコクピットに立っている自分に重ね合わせると体が熱くなっていく。

 これで30歳に見えてるのだけど、変化している最中は体の輪郭がぼやけて見えている筈だ。

 意識を集中して変化し終わるまでに一秒と掛からない私の自慢の技になっている。

「どうだい白馬のおじさまに見えるかな?」

「うわー どうやるの、白馬は出てこなかったけど光兄ちゃんがおじさんに変身しちゃったよー 凄い凄いよ! うちも出来るようになりたいな。そしたらうちは凄くグラマーな美人になるから、光兄ちゃんもそっちが良いでしょう。ねえ、種明かしお願いしますから教えて下さい」

 アイリーンは副操縦席の上で跳び跳ねんばかりに絶賛し興奮気味になっていた。

(何だか少し恥ずかしいな、手品じゃないんだけどどうしようかな)

「そうだね直ぐには無理だけど、今度落ち着いた時に教えるよアイリーンは出来る様になるかもね、僕はグラマーな女の人は苦手だから……誤解しない内に言っておくね」

「絶対だよ、絶対約束だからね、指切り! 指切りしとくの、ほら、こっちに来て指出して…? 光兄ちゃん? 指が変だよそこにいるよね?」


挿絵(By みてみん)


 指切りしようとした時タイミングが合わなくて実体と光学擬態にズレが生じてアイリーンの小指が私の小指の中に入り込んでしまった。

 相当早いタイミングで手品の種明かしをしなくてはいけなくなったみたい。

「ごめんなさいちょっとタイミングがズレてしまったね、これが手品の種なのさかなりのコツがいるけどね、ほらその人の雰囲気とか気配とかオーラをまとっているとか言うでしょう、それを意識してもっともっと具現化するんだ、そうすると自分のイメージした姿に見えるんだよ、僕たちは光学擬態と呼んでいるよ」

 アイリーンの目がキラキラ輝きだす。

(やはりちょっと早まったような気がするのは後悔先に立たずと思いたくないからだろうな)

「うちもやる! 出来る気がする。頑張るから! う~ん! う~ん!」

 アイリーンがすごく興奮している。

「アイリーンダメだよ! 訓練を先にしないと本当に出来た時に元に戻れなくなってしまって大変な目に遭うんだ。危ないことなんだから軽はずみな気持ちでやらないで。お願いだから先に訓練と手順を受けてからにして」

 アイリーンの表情がしおしおのぱーになっていく。

「わかった~ 今日は止めておく」

(今日だけかよ~)

「明日からも、お願いだから自分勝手にしないで、先生にちゃんと習うまではダメだからね」

「……」

(ブースカとか言い出すんじゃないだろうか)

「それとアイリーン……さん、自分のことを『うち』って呼ぶの止めませんか?」

 アイリーンがじと目になる。

「光兄ちゃんはうちのことをボクっ子にしたいわけ?」

(どうしてそうなる?)

「いえいえ決してそんなことはありませんよ、ボクっ子だなんて『私』が普通なんじゃないですか」

「兄ちゃん! それは偏見と言うものですよ、いけないことですからね! そう言う個々人の豊かな個性をなくしてしまうような押し付けはやめましょうね」

(幼子に道徳を教えてもらっているよ~)

「それと、これは大切なことだからお兄ちゃんには言っておきます。 うちがうちのことを『私』と呼んだ時、うちは『魔人』に変身しますからその時は直ぐに離れて下さいね。食べちゃいますよ」

(何の漫画の影響だろう、それにほとんどの女子は自分のことを私と言ってるんだから、私と言うようになったら『真人』に進化するんじゃないかな、まあ言ったりしたら怒りだすんだろうけどさ、それにしても、まあいいか)

「お兄ちゃん! わかりましたか、それとも、光おじさんですか?」

(私は30歳のままなんだよな)

「わかりました強制はしません。すみません、ごめんなさい……あれ? 何かデジャブーな」

「わかればいいんですよ、それと光おじさんでいいんですよね。これから行くルナ・ターミナルでは子供ニ人連れより親子? のほうが…」

 アイリーンの顔色がみるみる内に青ざめていき、立っているのもやっとみたいにふらつきだす。

「アイリーン大丈夫?」

 私はアイリーンを抱き抱えた。

(身体が熱い、一体どうしたんだ)

 休憩室にメディカルポットが備わってたのを思い出す。

 アイリーンを抱えたまま一歩を踏み出したその時、アイリーンが私の腕を掴んで床の上に降り立ち一歩下がって私を見つめる。

『ニィ』って、口角が吊り上がるのはまだいい。

 とても、同じアイリーンとは思えない雰囲気を漂わせている。

 その表情に私の背中に氷柱が走った。

(別人になった? 誰だ?)

「初めてお目に掛かる。石井光一さんで宜しかったかな」

「そうですけど……あなたは誰なんですか」

「私はアイリーンの中から世界を見ている者」

 1オクターブ低い声が言う。

「アイリーンの中の二重人格者ですか?」

 私は閃いた言葉を口にした。

「いや違う。私がアイリーンの外に出た時、この世界を裁いてみせよう」

「あなたはもしかしたら……あの」

「今日は挨拶だけ。近いうちにまた会おう」

 そこまで言うとアイリーンが床の上に崩れ落ちる。

 私は身体が固まって動けない。

「アイリーンの中の『私』に出会ってしまった?」

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