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翔くんは夢の中

 昴くんを捕まえようとやって来たハントザETから2人はドラマの登場人物の様にタイミング良く現れた新月先生の車に乗って走り去って行く。

 その場に取り残された翔と宣子さんは豊福家の庭に建てられた勉強部屋で帰ってこない昴くんの心配をしていた。

 お互いの家には誰も居ないから翔が氷室家に押し掛けるのも宣子さんを自分の部屋へ入れるのも思春期の2人には抵抗があったので、小学校の頃まで入り浸っていた勉強部屋に来ているのだが、こっちはこっちで密室感があってお互いに気を使っている。

「久しぶりに入ったけど結構きれいにしているのね、昴くんが言ってた通りソファーには布団が敷きっぱなしだけどね」

 宣子さんはソファーベッドに敷かれたままの布団をパンパンと叩いて座った。

(昴くんの匂いがする)

「昴が昨日まで使ってたからな、奴はキレイ好きだからこまめに掃除してたんじゃないかな」

(そうみたいね)

「知らない人が家の外で見張っていたよね」

 宣子さんは家から出て左側にある電柱の影でサラリーマン風の男2人が立ち話してるのを2階の自室窓から見つけて見張られていると感じて少し怖くなっている。

「昴たちがまだ捕まってないからだと思うよ。新月先生が何であそこに来たのか分からないけど、それで助かったんだよな」

(それにしても昴の奴は新月先生とアイリーンとか言っていた美少女と一晩をどこかで過ごしたんだろうな羨ましいぞ)

「これからどうしたらいいの」

 宣子さんは何も思い付かない様子だ。

「昴のことだから連絡してくると思うんだ、何となくだけどそんな気がする」

「そうね手当たり次第に探し回っていて、すれ違いになったりしたら嫌よね」

 翔が冷蔵庫の中を覗くと1リットルのアイスコーヒーと溶けるチーズがあったので取り出す。

「トーストにしましょうね」

 宣子さんは食器棚の中から食パンを出して賞味期限を確認してからチーズを載せトースターに入れてタイマーを合わせる。

 2人してミニテーブルを挟んで冷たいアイスコーヒーを飲んでいるとパンの焼けた芳しい香りが部屋を包みだす。

 その頃、月面裏側地下にあるルナ・ターミナル駐機場のスターキッド内ではアイリーンの雰囲気がいきなり変わって、中年おっさんのような口調で喋りだしていることに昴くんと新月さんはまた新しいジョークを披露しだしたと思って笑うべきなのか否か対応に迷っていた。

 アイリーンの中のイノマンが昴くんに品定めをするかのような鋭い眼差しを向ける。

「愛鈴さんだよね、凄い迫真の演技だね良くわかったからもう止めようよ、少し怖いからねえ愛鈴さん返事くらいしてよ」

 昴くんは空恐ろしくなって新月さんにしがみつく。

 新月さんはというと長年の経験と勘により憑依に似た現象が起きているのではないかと思っている。

「今の私はアイリーンとは別人と思ってもらった方がいい」

 九論がアイリーンの身体を支配したイノマンに対して今までの経緯を説明しだす。

「ほう、九論とはいい名前をもらったな暗示の掛け方も初めてとは思えないほど見事だ。それでこの子が昴くんか君ならこの子の意識遡行も出来たのではないかね」

 イノマンには昴くんの心が落ち着くのを待ってあげようなんて考えはさらさらない、眼光をさらに鋭くして彼の目を射貫く。

「昴くん、意識を記憶の中へ誘いなさい…ここに翔兄さんはいないね、最後に見た姿を思い出して…笑っている姿を思い出して…一番最初に翔を見た時を思い出して…お腹の中で丸くなって聞いた兄弟から聞こえる心臓の音を思い出して…自分の中の翔を思い出して、翔の中の自分を思い出して、さあ、記憶という贈り物を交換するのだ」

 昴くんはイノマンの抑揚のついた言葉に抗うことなく記憶の螺旋を回りながら深く沈み込んで行くのを感じる。

(やっぱり翔兄さんは買い物した後の笑顔が一番輝いているよ、ふふふ、例えそれが焼き芋でもね…ふかふかの布団の中で僕の横に寝ているのは誰?もう1人のボク…お腹の中はせまいよー、あっちいって、あっ、痛いけらないでよー…目の前が暗くなっちゃった、停電したのかなぁブレーカーを上げてっと…ああこの勉強部屋が一番落ち着ける…あれ、宣子さん?いつから居るの)

『宣子さん』

 翔は弟の声を聞いた。

『お兄ちゃん』ではなくて『宣子さん』なのには少し『ムッ』としたのだが。

「昴、帰ってきたのか?」

 翔が勉強部屋への出入口を開けてみるけど誰も居ない。

「翔ちゃん、昴くんが帰ってきたの?」

 宣子さんはソファーから立ち上がって翔のそばに立つ。

「いや、違ったみたいだ」

 どこからか呼ばれている気がする。

『兄さん』

 またすぐそばで声が聞こえる。

「宣ちゃん呼んだ?」

 宣子さんが呼んだのでないことは分かっている。

(宣ちゃんが『兄さん』なんて呼ぶわけないからな昴と結婚しない限り…って、こんな時に何を考えているんだ俺)

「呼んでないけど、どうかしたの?」

 宣子さんは昴のことが心配なのか少し震えてた。

「宣ちゃん寒くない?」

 弟を心配してるんじゃないかと思ったことに嫉妬して妥当な理由を付け宣子さんに抱き着こうとする。

『だめだよ兄さんそんなことをしたら。聞こえてる?僕も一緒にいるんだよ』

 翔はビクッとして動きを止めた。

「昴?」

 思わず口に出して返事する。

「昴くん? どこにも居ないよ」

 宣子さんが不思議そうに周りを見渡す。

「いや、頭の中?僕の中に居るみたいだ」

 宣子さんは翔の正気を疑う眼差しをした。

「何よそれ、嫌よ翔ちゃんおかしくならないでね」

『兄さん返事して』

 やっぱり頭の中で声がしている空耳なんかじゃない。

「昴どこにいる無事なのか、助けに行こうか?」

 自分では助けに行けないけど警察に頼めば何とかなると思う。

『僕は大丈夫、今は月にいるんだけど』

 頭の中で『ブチッ』と音がしたのを聞いた。

「月だとぉー!お前は拷問とか受けて頭がおかしくなったんじゃないだろうな、それに何だ、お前はどうやって話しているんだ、姿見えないし、テレパシーとか言い出すんじゃないだろうな」

 翔はパニックになりかけてハアハア言っている。

 宣子さんは翔がいよいよおかしくなったと思い半べそ状態になっていく。

『今度会ったときに話すから、今は僕の話を聞いて、それと宣子さんを落ち着かせてこのままでは可哀想だよ』

 宣子さんを見ると泣きべそ顔になっている。

(可愛い、今ならいけるかも…)

 翔は両腕を広げて宣子さんを抱きしめようとする。

 宣子さんが腕の中に収まった。

 バチン!バチン!!

「あうっ!」

 翔は両頬に熱い痛みを感じて自分の手のひらで冷ます。

「翔ちゃん正気に戻った?もう一度する?」

 翔は何がいけなかったのかと考える。

 両手の広げ方が気に食わなかったのだろうか?

 とりあえず早く返事をしないと第2手がやってくる。

「宣ちゃん僕は最初から正気だよ~、何でぶつのさ。」

「うそ、いきなり居るはずのない昴くんと話し出したじゃない。放っておいたら翔ちゃんまでいなくなりそうで怖かったから連れ戻したの、戻って来れたよね?」

 翔はまだ熱が下がらない頬に手を当てている。

「でも往復ビンタしなくてもよかったんじゃない」

「片道だと帰って来れなくなるでしょう」

(ごもっともなご意見で)

  心の中だけで思うことにした。

『もういいかな?兄さん本題に入りたいのだけど』

 翔の中で翔と同じ体験(痛い目)をして、同じ感情を持った昴はいち早く話を進めることに集中したい。

『だいぶ違うけどテレパシーと思ってもらってもいいから、僕を感じて僕と1つになって、小さい時よくした遊びを思い出して、同じ服を着て同じ言葉遣いで『どっちだ』って言ってたよね、あの頃は2人が1人、お互いの意識を共有できたよねもう一度それをするよお兄ちゃんは僕になって』

 翔は昴くんとシンクロした。

 その瞬間にお互いの記憶の共有が行われる。

「あっ、頭がくらくらする…」

 ふらふらとソファーのそばへ行って布団の上にドスンと座り込む。

「ごめんなさい翔ちゃん、そんなに強く叩かなかったのだけど当たり所が悪かったかなぁ」

 頬の熱は冷めている。

 しかし今度は身体の中心から別の熱が沸き上がってくるのを感じた。

(あれはテレパシーじゃなくて肉体共有とか何とか、俺の身体の中には昴が居るってか、そんな荒唐無稽な~)

「翔ちゃん大丈夫?」

(これ以上心配かけられないな、頭の中で昴と話をしたなんて言ったら、更に心配するだろう…俺の頭の方のな)

「ごめん心配かけたね、もう大丈夫だから母さんたちは何時ごろ帰って来るんだったかな」

(昴の話題から遠ざからないとな)

「6時頃よ、どうしたの?お腹空いた訳じゃないでしょう、おやつ食べたばかりだしボケないでよね、さっき昴くんと話してたわね詳しく教えなさいよ」

 宣子さんは聡かった。

(そうよ思い出したわ、この部屋で読んだマンガに双子の兄弟でお互いが遠く離れた場所に居て片方が見た情報をもう片方に伝えて窮地を脱出するってのがあった。昴くんがそれをやったんだと思う)

「えっ宣子さんにも聞こえてたの?そんな筈はないんだけど」

(幼馴染みには聞こえるのかなぁ)

 翔はボーッとそんなことを考える。

「やっぱりそうね、翔ちゃんは私に嘘とか誤魔化しが出来ないのだから最初から正直に話せばいいのよ、それはいきなり突拍子もないことを言い出したら正気を疑ったりするけど、私が納得したら信じるよ」

(さすが、僕の宣子さんだ)

 宣子さんが理性的に落ち着いたのを見て翔は安堵した。

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