アイリーンは反戦主義者
その後ピエロが狭い車の中で中腰になって他の皆にペコペコとお辞儀をしてる。
アイリーンはどこでお辞儀の仕方を覚えたのかしらと米搗き飛蝗の様にしているピエロを見て頬が緩むのを感じた。
笑顔になりそうなのをぐっとこらえて苦虫を噛み潰したような顔をして言い返す。
「まだ許すと言ってないわよ、でもまあ、あの観衆を蹴散らしてくれたら許してあげてもいいわね」
アイリーンの表情が『うちが主人よ』と言いたげだ。
「それについては私にいい考えがあるのだが聞いてもらえるか」
九論が楽しそうに助け舟を出してくる。
アイリーンは九論の提案に乗ってスターキッドのコクピットにテレポートして外部スピーカースイッチを入れた。
「私はスターキッドのアイリーン、あなた達の地球防衛連盟はこれから地球で生活している人類を滅亡させようとしています。産まれたばかりの赤ちゃんや遊び盛りの子供、これからの明るい未来に進もうとしている若者達を無差別に全員殺そうとしているのです。人として人を殺す行為は絶対にしてはならない事です。この宇宙に散らばる私の仲間達を結集し、地球人と協力し連盟軍に立ち向かう事も考えました。しかし、それは東域宇宙大戦争の始まりでもあります。人の命の貴さを知る者として戦争という愚行には加担致しません。ただこの宇宙に進出し平和に活動している10万の地球出身者を代表して言います。今回の連盟による攻撃は地球で暮らす人類への虐待行為にしか過ぎないと断固反対し強く抗議します」
スターキッドの周囲を取り巻いていた群衆は静かにアイリーンの演説に聞き入っている。
「アイリーンの奴、熱が入りすぎて私がした下書きの4万人を勝手に10万にしやがった。後からホラ吹きアイリーンと呼ばれても知らないからな」
九論はやれやれと首を振りながら感想を言う。
「でも初めての演説にしては中々良かったですよ、自己紹介で『麗しの…』って付けませんでしたしね、帰ったら褒めてあげましょう」
新月さんが先生らしい評価をする。
「いつも『うち』って言っている愛鈴さんが『私』なんて言うと全く別人のような気がするよ」
昴くんはアイリーンに生徒会長の姿をダブらせた。
みんなが思い思いの感想を口にする。
「早く次の行動に移りましょう」
ピエロが感心している3人を急かす。
「僕が最初に出て行くんだったよね」
「昴くん大丈夫、不安だったら一緒に出ましょうか」
新月さんが優しく声を掛ける。
「大丈夫僕はもう15歳なんだし大人だよ、いつまでも子供扱いされたくないよ」
そう言いながら足元のステップに爪先を引っ掛け飛び出しそうになり、慌てて手すりにしがみついた。
「大丈夫?」
車の中から新月さんが声を掛けると昴くんは振り向きもせず手を振って何事もなかったかのように歩きだす。
「きっと顔は真っ赤よ」
新月さんが小さく呟きながら車から降りていく。
スターキッドの周の人びとがざわめきだす。
「車から誰か出てきたぞ、子供みたいだけどあれがアイリーンか?」
「アイリーンはスターキッドの中に居るんだろう」
リフト車の周囲は購入者のプライバシー保護のためのスパイ防止装置により外部からはボヤけて見えているので昴くんの姿は小柄な人が立っている程度にしか見えない。
昴くんが前へ歩きだし、新月さん、九論、ピエロと続けて降りてきて昴くんの後を歩きだす。
4人がリフト車から少し離れると、姿がハッキリ見えだして群衆の注意が惹き付けられた時、アイリーンが昴くんの横にテレポートして並んで歩く。
「誰かテレポートして来たぞ、あの子がアイリーンに違いない」
スターキッドの周りで人々のざわめきが一段と大きくなる。
〈地球人類の未来を担って宇宙を駆けるキャプテン・アイリーンとその仲間達が光速宇宙艇スターキッドへ戻ろうとしている。皆道を開けて拍手で出迎えて欲しい〉
アイリーン達は集まっていた人達に手を振り拍手で迎えられながら無事にスターキッドへ入っていった。
「何事もなく搭乗できたわね良かった。みんなありがとうねピエロも資材搬入お疲れ様、あとは自分たちでやるから帰っていいわよ」
ピエロは納品伝票に赤ペンで印を入れてる手を止めて目をパチクリさせた。
「私はどこにも帰る予定はないですけど」
「ピエロは記者なんでしょう。うち達のことを記事にして報道してくれるんじゃないの」
(あんたには報道の義務ってもんがあるでしょう)
「私はある程度まとめてからコラム形式で発表しますのでまだお側に居るつもりです。何でしたら『アイリーンの一生』とタイトルを付けてもいいですよ」
「うちを早死にさせようっての、冗談じゃないわよ」
「そういうのではなく、それくらい長くお付き合いしたいなという事です」
アイリーンの背筋に悪寒が走った。
「それこそ冗談じゃないわ、うちはあんたとなんか結婚しないわよ」
「「はあっ!」」
今度はそこに居た全員の手が止まって目をパチクリさせる。
「アイリーン全然違う話になっているので元に戻すぞ」
アイリーンはふくれっ面になって黙り込む。
「ピエロよスターキッドの中にお前の居場所はないんだ、悪いけど一緒には行けない」
九論が暗に降りるように勧告する。
「居場所と食料ならご心配なく、先程の雑貨屋で私専用のカプセルベッドと食料を仕入れて、スターキッドの倉庫へセッティングしましたから」
「「カプセルベッド!」」
若者達が歓声をあげる。
果たして、新月さんを若者の仲間に入れて良いものか一抹の不安が残るのだけど。
「お前は最初から計画してたのか用意周到な奴め、だから自ら雑貨屋で仕入れた物資の積み込みと整理を買って出たんだな」
アイリーンはブレインからカプセルベッドの情報を仕入れて考え込んでいる。
「ねえピエロ、あんた今から雑貨屋まで行ってカプセルベッドあと4台買ってきてよ」
アイリーンは『ちょっとお豆腐を4丁買って来てよ』のノリで言う。
「アイリーンいきなりどうした」
「ピエロだけカプセルベッドってズルいんじゃないうちもカプセルベッドで寝たいわ、だからみんなの分も買ってきて一緒に寝ましょうよ、そして今のベッドルームを片付けて休憩室にしたらいいと思うの」
アイリーンはピエロの件はどうでも良くなり、カプセルベッドのことだけで頭が一杯になって目を輝かせている。
「まあ、たまには贅沢をしてもいいだろう」
九論がアイリーンの提案を了承した。
「さっきのリフト車は帰ってしまってるけど、歩いていくの?」
優しい昴くんがピエロを気遣い声を掛ける。
「大丈夫よ」
アイリーンが昴くんの肩をポンと叩いてピエロの方を見る。
「ピエロはテレポートできるのよね雑貨屋までなら簡単に跳べるんでしょう、ちょっと行ってきてよ」
アイリーンがニヤニヤしながら言っている。
(お兄ちゃんの前からスパーンと消えた時みたいに遣って見せるといいわ)
「じゃあ行ってきますけど、私が出て行ったあとで飛んで行ったりしてもテレポートで戻れますから意味ないですよ」
「ちっ、見抜かれていたか」
4人の視線がアイリーンに集中した。
「冗談よみんなの期待に答えてやっただけじゃない」
((本気だったくせに))
4人とも同じように思った。
「アイリーン顔つきには気を付けろよ」
九論の怖い一言が返ってくる。
アイリーンがおもむろに頬っぺたのマッサージを始めだす。
昴くんがいつの間にか操縦席に座って操縦桿を持ってグルグル動かしている。
(バイオキッドがここに居たらニコニコしながら昴くんの相手をしたに違いないわね、何だか胸が苦しいわ)
「ねえスターキッドAIさん…」
この言葉を聞いたAIが昴くんの言葉を遮って歓喜の声を上げた。
〈昴くんはなんて素敵な少年なんでしょう、今まで何人もの人が私のことを色々な名前で呼びましたが、最初から正統な名前で呼んでくれたのは昴くんが初めてですよ。何でも望みを叶えて差し上げますから言ってみて下さい〉
「じゃあスターキッドAIさん、操縦席正面のモニターに今の地球を映し出すってできますか」
昴くんのその言葉でコクピットの中が静寂になり、正面モニターに地球がちょうど日本を中心にして映し出された。
「ねえ愛鈴さん、これから地球人が全員殺されるってのはウソですよね、翔兄さんや宣子さん父さんや母さんは僕たちがこれから助けに行きますよね」
昴くんは涙目になっている。
「私たちが迎えに行ったとしても疑わずに従ってくれるとは思えないです。昴くんの言うことも宇宙人に洗脳され操られていると判断するでしょう。説得してる時間はないので強制連行になります」
新月さんが自分の考えを言う。
「連絡を付けられないですか説得してみたいのですけど」
「日本支部があった頃は電話に繋げてもらえたけど…」
アイリーンは新月さんを見たけど首を横に振られるだけだった。
「通信手段はないわね」
みんなの間に諦めムードが漂った時、九論が話し出す。
「今から100年程前にイノマンが双子の同時性という研究に没頭していたことがあって、結論から言うと一卵性双生児は2人でも1人だと言うのだ。2人の人格に別れるのは外部からの影響によるものだと結論付けている。昴くんと翔くんもシンクロしている事があるのではないかね」
九論が鋭い眼差しで昴くんに問い掛けた。
「良く同じ事を同時に言ったりしたりするけど双子だから当然だと自分たちや周りの人は思っています。それだけです」
「これから先はイノマンに頼りたいところだが、アイリーンはイノマンがどこで何をしているか分からないかね」
九論がアイリーンを見つめた。
「うちが知るわけないでしょう」
アイリーンは調べる方法が何かあるのかなと考える。
「アイリーン聞きなさい。そして過去を思い出しなさい。イノマンが体に入った事がありましたね、だからアイリーンからも呼ぶ事ができるのです。ほらイノマンに呼び掛けるのです」
九論の言葉遣いと抑揚が変わったことにアイリーンは気づかないまま軽い暗示に掛かってしまう。
アイリーンの姿はそのまま雰囲気だけがガラリと変わったのに全員が気づく。
『ああ初めて我が娘から呼び出されて来たがなかなか気持ちが良いもんだな、しかし私が居る場が殆んど無くなりかけているではないか、これが最後かも知れんな。それで何のご用かな』
アイリーンの中にイノマンが現れるのは3度目だった。




