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61.昴くんは思春期 1

 アイリーンはルナ・ターミナルへ降りる前に月面上空でスターキッドの飛行性能確認を改めてしたいと言い出している。

〈アイリーン無茶はダメだよ~、お客さんが2人もいるんだよ〉

(そのお客さんがどれくらいの加速度に耐えられるか知っておきたいのよ)

「大丈夫よ、新月さんには環境管理席に座ってもらうから九論はセッティングお願いね、うちは宇宙服に着替えて昴くんと一緒に座るからね……少し待ってて」

 スターキッドコクピットには操縦席と副操縦席の他に環境管理席と通信席が備わっているけどアイリーンが知る限りまだ誰も座ったことがなかった。

「僕は愛鈴さんと一緒に座るってどこに?」

(どこをどう見たって、並んで座れそうなスペースは無いんだけど…)

 昴くんはアイリーンが出ていったコクピット後方扉を見詰め不安を募らせている。

 アイリーンの操縦するスターキッドが月を周回しながら宙返りや錐揉み飛行を繰り返す。

 アイリーンを抱っこした状態で操縦席に座っている昴くんはとっくに限界を迎えていた。


  挿絵(By みてみん)


「愛鈴さん……もう無理……苦しいよー」

「男の子でしょ、このくらい我慢しなさいよー」

「アイリーン、私が操縦しよう」

〈僕もできるよ、もう〈30パーセントの確率で爆散します〉なんて言わないからさオートパイロットにしようよー〉

「あなた達の誰が操縦してもいいけど、捕まったり怪我したりするのは嫌よ」

(新月さんは思ってた以上にタフね、スターキッドの性能確認飛行中に一切音を上げないもんね)

〈そもそも昴くんの上にアイリーンが座るのが無理なんですよ、いくらアイリーンが軽くても加速時にはそれなりの加速度が加わりますから、せっかく宇宙服に着替えたんだから僕はてっきり服内気圧を高めた状態で昴くんを抱いて座るのかと思っていましたよ〉

「それじゃぁ操縦出来ないじゃない、宇宙服に着替えたのは汗臭い服を着たまま一緒に座ったら昴くんが嫌かなって思ったのよ、これでも思春期の2人なんだからね最初は昴くんの足の間に座って操縦出来ると思っていたのだけどこんなに加速度がきついとは思わなかったわ、重力制御装置は正常に作動してるのよね」

「重力制御装置に問題はないな普通にこんなもんだろう、そろそろ諦めてこっちに権限を譲ったらどうだ。それから思春期の2人らしく抱きしめ合って私の操縦を堪能すればいいだろう」

「そんなことするわけないでしょう、どうしてこううちの回りの男共はおやじくさいのかしらね」

「あなたが可愛い娘みたいに思えるからでしょう、きっと保護者気取りなのよ」

「うちの親ね……だったらお小遣いを貰える権利くらいあるかしら、もういいわ昴くんちょっとどいてくれるAちゃんがああ言ってるから入れ替わってみるわよ、操縦も九論に代わるわ」

「僕が上に乗ったら今度は愛鈴さんが苦しくならない」

「大丈夫よこの宇宙服はかなりの衝撃も吸収できるのだから平気よ、それにうちがシートに沈んでしまえば昴くんまで完全ホールド出来てより安全だわ、でもそうなるとうちはヘルメットのモニターでしか外の様子が見れなくなるのよね本当にジレンマだわ、でも仕方のないことなのよね」

「よし権限を頂いた……切り替え完了。私も少し感覚を掴むとするか」

(九論の錐揉みと宙返り、機体のあしらい方はうちより上手いわ、こうなるのが嫌だったのよね操縦権限を返してくれなくなるんじゃないかと不安になるわ)

「昴くん大丈夫、今度は苦しくないよね」

「全然平気みたい、最初からこうすれば良かったと思うよ。だけどね、僕は今日初めてここに座るのだけど前にも座ってた気がするんだよな……デジャブって言うのかな」

〈「……」〉

(よし2人共ちゃんと言い付け守って黙ってくれてるよね、よしよし)

「昴くんの中でキャプテンライトの自我が目覚めてきてるのかも知れませんね」

「あちゃー、新月さんなんで知ってるのよ」

「私は15年前に支部長からアイリーンさんが戻って来るまで昴くんを守るように命令を受けて地球に残っていたのですよ、あと久留米市内ではまだ10人の仲間が活動しています」

「うちしか知らないはずよ」

「アイリーンさんがお母さんを訪ねて病院へ行った後で行方不明になったと連絡が来てから足取りをたどって探し回ったのですよ、その途中で病院での出来事を知りました。支部長はアイリーンさんは絶対に戻って来ると信じてましたから、その時が来たら助けになってあげられるよう私に昴くんを見守りながら待機せよと命令されたのです。だからアイリーンさんと昴くんについては必要以上のことを知っています。奥の手を使って色々やって筑水中学校の学年主任にもなれましたからね」

「一体何のことを話しているのですか、僕には全く意味不明なのですけど、僕の中でキャプテンライトの自我が目覚めてるってどういうことなんですか? 新月先生が僕のことを守るために地球に残たって宇宙人だったんですか、この前は何も知らないほうが身の為だとか言ってましたけど、もう話してもらわないことには気が収まりません」

「仕方ないわね……」

「新月さん言わないで、昴くんごめんなさい全部うちのせいなのだからうちから説明させて、でも今は時間がないから今度時間を取って必ず納得するまで話すからそれまで待って、いいでしょうお願いします」

「仕方ないわねぇ……」

 昴くんはアイリーンには妥協するしかないと思って新月さんの口真似をして諦めた。

 その言葉を聞いたアイリーンは少し心が安らぐ。

 効果はあったようだ。

「昴くんありがとう、それにしてもうち達がこれだけルナ・ターミナル上空で好き勝手やっているのに誰も来ないね、駐留してるっていう連盟艦隊は本当にいないみたいだけどAちゃんはどう思う?」

〈ルナ・ターミナルは中立自治区になっていてどこの法律も適用されないのです。だから犯罪者がここへ逃げ込んだら司法の手から離れてしまって手出しが出来なくなる。でもルナ・ターミナル内で犯罪を働くと治安員に拘束されてカプセルに入れられ宇宙へと放り出される。それを連盟艦隊が回収して法の裁きを受けさせる。だから必ず連盟艦隊1個小隊が駐屯してるはずなんだけど本当にいませんね。それだけ重要な任務がトンネル付近で行われているんじゃないかと思いますよ〉

(わかったわ、結局のところ何が起きてるのかわからないって事ね)

「だったらうち達を捕まえようとする人たちが居ない内にルナ・ターミナルに降りましょうよ、下で暴れたりしなければ捕まったりしないのよね」

「そうだな物資の追加補充も必要だからな、どのみち降りるしかないな」

 九論がスターキッドAIの音声が流れ出るスピーカーを見ながら言う。

(こいつも近々何とかしないとな)

  九論がこそこそっと思っている。

「あっ、そうですよね私が乗るのは予定に入ってなかったからですね、私にかかった費用分は自分で支払うから教えて下さいね」

「えっ、新月さんここでのお金持っているんですか?」

「お金は所々で種類が違うから換金出来る物を常に身に付けていますよ……これです」

「それプラチナですか、金の延べ棒……じゃなくてプラチナがカードになっているんですね、ちなみに全部でいくら位になるんでしょうか」

「想像にお任せしますわ」

「昴くんは意外とお金に弱そうね、弱点を1つ発見したみたい、うちも何か換金出来る物を探してみようかしら」

「アイリーンには倉庫に酒があるではないか、天王星の氷パンも一般人では手に入る物ではないから換金率は高いはずだ。全部時価だからな……AIと情報リンクしたまま私が交渉したほうがいいだろう」

〈そのほうが断然いいよ、アイリーン達だけだと足元見られて大損しそうだからね、それと僕のことAIって呼ばないでくれる〉

「そうねうちは値切りには自信あるけど、吹っ掛けるって事はまだしたことがないからね」

「ねえ、僕も一緒に月に降りていいんでしょう」

 昴くんが居残りを言われるのではないかと不安そうに言う。

「もちろんよ、うちと一緒にショッピングしましょうね」

(新月さんがさっき普通に買い物できるように言ってたわよね)

 アイリーンが安請け合いいちゃったかなと思って新月さんを見るけど表情に変化はない。

(大丈夫みたいね)

〈ちっ、また僕だけが留守番か悔しいよ〉

「仕方ないでしょ全長150メートルもある宇宙艇をマイカー代わりには使えないもんね、宇宙港で大人しく待ってなさいね」

「リアルタイムで情報リンクすると言ったではないか、一緒に行動するのと変わらないはずだ」

〈リアルタイム発言が出来ない〉

「我慢しろ!」

「うちに取っては12年ぶりの月だけど……もしも月に知り合いがいたら20年ぶりの再会になるのよね」

(知り合いなんかいるわけないけどね)

「私は初めてよ20年前って言ったら私が15歳の頃でちょうど迎えに連れられてアステロイドの基地へ行った頃ですね」

(新月さんは初めてなんだ……それよりそんなこと言っちゃって年がバレてしまったじゃないってここには気にするような人はいないわね)

〈僕も月面着陸は初めてだよ20年前はドロンパ号のハンガーで寝てたよ〉

「20年前なんて僕はまだ生まれてもいなかったよ」

「さあ下りるぞ、何やら出迎えが来てるみたいだしな」

「ねえ九論……下に降りた途端に拘束って事はないよね」

「さっきも言った通りたとえ指名手配中の犯罪者であってもここでの規則を守って生活していれば捕まることはないな」

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