本当に宇宙だよ~ 2
「じゃあ、コクピットに戻ろうかスイングバイ加速もそろそろ終わりに近づいている頃だろうと思うからね」
壁側にあるスイッチを押すとテーブルとイスが食器を乗せたまま床下に吸い込まれるように消えて行く。
「もうここには来ないと思うから片付けておくね」
「凄いねお片付けが楽チンでいいよ、あとさ、さっきから気になっているんだけどねこの宇宙船……艇?すごいスピードで飛んでいるんでしょう操縦席を離れてしまって良かったの」
「ああ、今回みたいに決まった事を何も考えずに行う時はオートパイロットにしておくに限るのさ、僕みたいな新米パイロットは直ぐに手を出したくなるからね、何か異常が発生した時には音声ガイダンスが教えてくれるからそれまでは何もしなくていいんだ」
「光兄ちゃん宇宙船の操縦は素人なの?うち達大丈夫なのかなぁー、宇宙のチリになったりなんかしないよね」
「ごめん心配させてしまったね大丈夫だよ、宇宙船の操縦免許は持ってないけど、と言うよりか免許そのものがないから僕は時々しか操縦しないからベテランの人に比べたら素人も同然と言う事なんだけどね」
「それじゃあ安心ね任せたわ、これから月に行って、そこで宇宙船に乗り換えて、出発までルナ・ターミナル観光して、それから基地に向かって飛ぶで良かったんだよね」
アイリーンが指折りしながら話す。
「はい良くできました。でも乗り換えるのではなくてこの宇宙艇で乗り込むんだよ、宇宙母船にね基地へは宇宙母船で行くんだよ…」
(危うく『基地に着くまでの間は母さんたちと通信できなくなるんだよ』と言うところだった。アイリーンは理解が早く物覚えもいいアンさんたちがどんな教育をしていたか教えてもらいたいな、末は博士か大臣かだよな。ハハハ)
〈Ⅹ型ジャンプ開始60秒前、変更指示なしカウントダウン継続します〉
音声ガイダンスによる警告と案内が始まった。
アイリーンを副操縦席に深く座らせボディーホールドを作動させる。
アイリーンが一生懸命もがいている。
「光兄ちゃん体が動かなくなったよ、大丈夫かなぁ息が出来なくなったりしないよね……おトイレ我慢出来なくなったらどうしよう」
ちょっとまて!
「今、何て言った?」
サアーッと血の気が引いていく。
〈ジャンプ30秒前、最終カウントに入ります。これ以後は変更指示は受付られません。解除は緊急停止信号のみです〉
私は何も考えないで緊急停止ボタンを押した。
〈緊急停止ボタンが押されました。これにより全てのコマンドが初期化されました。当艇はこれより慣性航行へ移行します〉
(やばいやばい、少し焦りすぎたかもしれない、優先順位が高いコマンドはっとオートパイロットON、オートコンディショナーON、残りの最優先事項は……)
「ア、アイリーン おトイレ行こうか」
私は平静を保つために最大限の努力をしながらアイリーンが副操縦席から立ち上がるのを手伝いコクピット後方右側のバスユニットへ連れて行く。
「うちとんでもない事をやらかしたんかなぁ」
アイリーンが悪びれた様子をする。
「僕がいけなかったんだ、僕は改造人間だから排泄……いや、おトイレにあまり行かないからねアイリーンの事に気が回らなかったよごめんなさい」
「光兄ちゃんは悪くないよ、ちゃんと言わなかったうちが悪かったんだよ、ごめんなさい。でも、あと1時間位なら我慢できたよ、もっと時間が掛かったの?」
「う~ん、そうだね」
曖昧な返事になってしまったのはおしっこ漏らす要因が時間だけに限ったものではないからと言う事。
本来はジャンプの前に飲食はしないで排泄は絞り出すようにしているはずなのに今回は何で失敗したのかなぁ。
艇内の重力制御も自動ONにしていたので歩くのに支障はないのだけど、自動なのでGが時々変化してしまい馴れないと凄く歩きずらかったり宇宙酔いしやすくなったりする。
地球標準の1Gで固定しておけば良かったかなとこれもまた少し後悔している。
「ここがトイレだから、入ったら内側からカギ掛けてね普通の洗浄機能付き様式トイレと同じ操作方法でいいからね、分かるよね」
(『分からないよ~』とかは空耳でも聞きたくない言葉だからね。アイリーンのことだからそろそろ何か嫌がらせを言いそうで……そらきた!)
「光兄ちゃんそこにいるの?」
アイリーンの心細い声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ、早く扉閉めてロックしなさいよね」
「光兄ちゃん、扉開けといたらダメかなぁ」
「絶対ダメ! ちゃんと閉めて扉の前に居るからロックして」
(な、何を考えているのやら、ふう……こっちが赤面してしまうよ、もしかしてアイリーンは不安なのかなぁ、それとも私が困っている顔を見てストレス解消してるのかも知れないけど一体なんなんだろうなぁ)
「光兄ちゃんいる?」
さっきと同じトーンの声がした。
「ちゃんと居るから大丈夫だから……扉を開けたままだし」
「……」
「何かな?」
声が小さくて聞こえない。
「光兄ちゃん改造人間って 何?」
「ああ、もう少ししてから言うつもりだったんだけどね、バレちゃったんなら仕方ない」
「光兄ちゃん自分から言ったんだよ、バレちゃったんじゃなくてバラしちゃったんだよね、どんな理由があるのかは知らないけれど光兄ちゃんキカイダーだったの?」
「アイリーンはお見通しだね恐れ入りました。その通り改造人間だけど機械人間ではありません」
「サイボーグとか改造人間はみんな事故に遭って死にそうになった命を助けるためになったんだよね、あっ、仮面ライダーは違ったかな、お兄ちゃんもそうなのかなあ」
「その通りだよ聞きたいかい」
「うん、聞きたいな」
「少し長い話になるけどいいよね、かなり以前100年位前かな僕は15歳の誕生日に地球から宇宙に連れ出されたんだよ」
「うちみたいに?お兄ちゃんも大変だったんだね、でもうちは4歳なんだからうちのほうが大変なんだよね」
「そ、そうだねそれでこれから行く基地で3年間、立派な宇宙人になるための教育と訓練を受けて……ね」
話の途中なんだけどアイリーンの瞳が潤んできてるのが気になった。
「どうしたの、お話が詰まらなかったのかい」
「ううん、お兄ちゃん頑張ったのに立派な宇宙人になれなかったんだね」
「どうしてそう思うんだい」
「だって、どこから見ても地球人のままだよ声だって普通だし」
(おい、アイリーンの想像している宇宙人ってなんなんだあ)
「立派な宇宙人になったって姿はそのままなんだよ、ほら立派な社会人になるために学校に行くでしょう。あれと一緒だよ」
「そうなんだね良かったよ、うちもこれから基地って所で教育を受けたら立派な宇宙人になるんだと思ってたんだよ、そしたらさ、足が細くなって8本に増えてから震える声で((うちは宇宙人だ地球人はうちに従うのだ))とか言うのかなって想像してたら悲しくなってきたんだ……」
アイリーンが泣き笑いみたいな表情になってる。
「そんなことはないから大丈夫だよ」
(突っ込みどころ満載でどこから手を付けたらいいのか分からないから黙っておこうっと)
「え~っと、それでね僕は立派な宇宙人になって仕事をするようになったんだけど優秀な成績を出してたから冥王星の調査任務に行かされたんだ」
話の途中でアイリーンが片手を上げて発言を求めてきた。
「うちのママがねいつも言ってたの『人前では仕事ができない人だと言われるほうが良いのよ、そうしないとお前は出来るんだからと言って仕事をどんどんどんどん押し付けてくるんだから』なんだって『能ある鷹は爪を隠す』ってことわざをしっかり覚えておきなさいとも言ってたわ。お兄ちゃんにはもう遅いかもしれないけどこれからはそうすればいいかもね」
(その諺の意味も少し違う気がするのだけど……指摘はしないでおこう)
「うん分かったよありがとう。それでね冥王星探索任務中に事故があって死にそうになったんだ。もう99%死んでいたんだけどね、たまたまその時その場所で実験用に造られていたクローンなんだろうけど、その脳に僕の脳を完全コピーした人がいたのさ、その事故で助かったのは僕1人だけだったよ。救助隊が来た時に僕は惑星軌道上をコールドスリープカプセルで回っていたらしいんだ。後で聞いた話しでは指名手配中のマッドサイエンティストの実験基地があったんじゃないかと言う事になっていたよ、捜索時は空っぽだったって」
「それこそ最初からマッドサイエンティストの基地を探るのが目的だったんじゃないかと思うわ、それにしても大変な目に合ったんだね99%死んでいたんだったらコピーする前の光兄ちゃんは死んでしまったんだよね、じゃぁさ……」
「アイリーンお話しは後にして今は用を先に済ませなさい!」
(僕はうら若い乙女がいつまでも便座に座ったまま長話をするのはどうかと思うよ)
「はい、よ~い……どん、じや~」
シリアスな空気が押し寄せていたのが一瞬にしてコメディに変わってしまう。
それはそれで良かったのかもしれない。




