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昴くんは頑固者 2

 勉強部屋サッシ戸の外できれいに揃えてある赤い靴を見ながら思う。

(夜中に誰か来たのかなあー。それで靴だけ置いて帰った。何かのおまじない?いやまさかね、隣の宣子のぶこさん?いやまさかね)

 昴くんは考えても答えは出ないだろうと諦める。

(早く着替えないといけないな)

 バタバタと着替えを済ます。

(ソファーベッドは…このままでいいや)

 ソファーベッドの上掛けを整えパンパンと叩き見栄えだけ良くしてから離れの勉強部屋を出た。

(鍵はちゃんと掛けたよな…掛かってたし)

 自分でも少し違和感があるように思う。

(お兄ちゃんに顔を見せるのが先だよな)

 緑色したボンゴブローニイの横をすり抜け玄関から入る。

(朝ごはんに間に合わないとお兄ちゃんの機嫌を損ねてしまうな)

「おはようお兄ちゃん、先に顔を洗ってくるね」

(兄弟喧嘩したまま冬休みに入るのは嫌だよな)

「早くしろよな~」

「わかってるって」

 テーブルの上にはトーストが2枚とコーヒーが置いてあってたぶん昴くんの分だ。

 かける兄は最後の一切れを食べ終えようとしてる。

「お母さん牛乳貰うねー」

(猫舌は何時までたっても猫舌なんだよねー)

 冷蔵庫から出した牛乳で温度を下げる。

「お前はこの寒い日でもホットコーヒーをアイスミルクコーヒーにするのか」

「フーフーする時間が勿体ないからね」

「お前は子供か~」

(まだ子供だもん)

 何時もこんな他愛もない言葉のやり取りがエスカレートしていき喧嘩に発展してるように思う。

 だから言葉のキャッチボールはせずにバウンドさせてみた。

「ここ最近は宣子さんの姿を見ないね」

 赤い靴が気になる。

 絶対に宣子さんの趣味ではないのだけど。

「そうだな今日は終業式。早勉はしない筈だから宣ちゃんを誘ってみるのも良いかも知れないよな」

「兄ちゃん早朝勉強会って言おうよ、何かさなんでもかんでも短縮すると意味が通じなくなってしまうから、それだとまるで宣子さんが早弁するために早朝登校してるみたいに聞こえるよ」

「わかったよ昴、朝っぱらから小難しいことを言うなって、朝ご飯食べ終わって登校する時に宣ちゃんに寄るからな当然お前も一緒に来るんだぞ」

(僕をダシにしようって魂胆じゃないよね)

「相変わらず翔兄は宣子さん一筋ですなぁ、しかし男子に人気ありすぎで倍率高いでしょうに僕は早々に諦めてリタイアしてますからね」

「……」

「兄貴よ何かな言いたいことがあるならはっきり言おうぜ」

「昴は賢いからなリバウンドを狙っているんじゃないかとか思ってる訳よ」

(この場合のリバウンドは全ての男子が振られた後に手中に収めるって解釈でいいんだろうな)

「考え過ぎだよ僕はそんなことしないって約束できるよ、ほら宣子ちゃん誘うなら早目に行こうよ何もない時でも彼女が家を出るのは早いよ、それにアピールするなら玄関先で待つくらいの気持ちは必要だよ」

「そうだな、じゃあ行こうか」

 ピンポーン

  翔が氷室ひむろ家の呼び鈴を鳴らす。

「はーい、どなたですか?」

(相変わらず宣ちゃんのお母さんは声が若いな)

「隣の昴と翔です。宣子さんと一緒に登校したいなと思って誘いに来ました」

 ガチャ

「おはようございます。あれ、宣ちゃんじゃんお母さんは?」

「お母さんはキッチンに居るよ、何よ変な顔をして」

(えっ! じゃあ今のはもしかして)

「今インターホンで話したのって宣ちゃんだったの」

「そうよ」

「大人になったねぇ~」

「何、朝っぱらからバカなことを言ってるの」

「とんでもないよ感心したのさ、さっきも言ったけど久しぶりに一緒に登校しないかなって思って」

「そこで待ってて直ぐに来るから」

(もう、いつもいきなりなんだから玄関前に来た二人の誘いを断ったら可哀想よね)

「翔兄ちゃん、宣子ちゃんどのくらいで出て来ると思う」

「宣ちゃんの直ぐは当てにならないからな、でも今朝はさすがに30分も待たされないと思うけどな、まあ…15分位かな」

「15分でも寒いよね」

「昴よお前がそんな軟弱なことを言っているから彼女を持てないんだぞ」

(僕は彼女が欲しいと思ったことは一度もないのだけど、僕に彼女がいないと兄ちゃんが不安なのかなぁ)

「彼女なんて面倒な存在は欲しいとは思わないよ」

(勉強部屋に引きこもって本を読んでいられる時が一番幸せかも)

「そんなことを言っていると…」

「あら、翔くんに昴くんおはよう宣子を待ってるの?寒いでしょう。中に入って待ちなさいよコーヒー入れてあげるから」

「宣子さんがここで待っててって言ったからですね、ここで待ちます」

「お隣の大切な息子さんたちに風邪でも引かれたら大変だからよ、明日からの冬休みをベッドの中で過ごしたくないでしょう。さあ入ってちょうだい、たまには宣子を外に連れ出して欲しいのよ、学校に行かない時なんかは一日中部屋で本を読んでいるのだから」

(宣子ちゃんのことだからマンガ本じゃないよね、僕とは趣味が合いそうなんだけどさ兄ちゃんには黙っとかないとね)

「分かりました」

(ここで靴を脱ぐのも久しぶりだなぁ)

「あっ、お母さん何で家に入れてるのよ」

(おっ宣ちゃんの声、もう支度終わったのかなぁ今日は早かったのね)

「何でって、ついこの間まで三人一緒になって部屋に上がり込んで遊んでたじゃない」

「何年前の話よ、もうお互いそんな年じゃないのだから勝手に上げたりしないで」

「はい、はい分かりました。今朝は翔ちゃんたちにお母さんが入れたコーヒーを飲んでもらいたくなったのだからいいでしょう。ちょうど出来上がったところだから持って行ってあげなさい」

「もう仕方ないわね、リビングに居るのよねまだ散らかしっぱなしなんだから」

「いつもその都度片付けなさいと言っているのを聞かないのは誰ですか」

(本当にお母さんは勝手なんだから)

「コーヒー持って来たわよ…きゃ~~」

(何でパジャマがソファーにあるの?)

「ありがとう、どうかしたの?」

「ぱ、私のパジャマが…」

「あっ、ごめんな座ろうとしたらソファーの上に広げてあったので袖に置いたよ」

(そうだった。着替えてる最中に玄関のチャイムが鳴ったんであわてて出て行ってそのまま忘れていた…)

「懐かしいねこれ、プリントされた全部のカエルに名前付けて遊んだっけ、兄貴がケロ助、ケロ太、ケロ美って言いながら付けていったよね」

(昴よ~コーヒーすすりながら今する話ではないだろう)

「小6の冬に風邪で休んで寝込んでる宣子ちゃんに僕と翔兄でプリント持って見舞いに来た時以来だから…あれ一昨年のことじゃない。もっと前かと思っていたよ、まだ着ていたんだねこのパジャマ」

(話題を変えろ~)

「翔兄があちこち指差すもんだからさ」

(その先を言うんじゃない!)

「宣子ちゃんキョロキョロして吐き戻したんだよね、そしたら翔兄が『ゲロ子きたねぇ~』って言いながらパジャマ脱がしたんだったよね…そう言えばあれも冬休み直前いま頃だったね」

 バシッ、バシッ

 宣子さんがいきなり平手で頭をはたいてきた。

「痛っイッ」

(やっぱりこうなったか)

「痛いよ、何で殴るの」

 頭を手で撫でながら宣子さんを見上げると仁王立ちになって睨んでいる。

「その記憶忘れなさい。さもないともっとひどい目に合うよ」

 宣子さんが握りこぶしを振り上げた。

「「忘れました~!」」

(宣子さんってこんなに強くなかったはずだけど誰のせいなん)

 昴くんは無言で翔兄ちゃんを見つめた。


挿絵(By みてみん)


「コーヒー飲み終わったら学校へ行くよ」

 宣子さんが何事もなかったかのように優しい口調に戻っている。

(果たして宣子さんが怖いのか女の人が恐いのか考慮が必要だと思うのは僕だけなのだろうか)

「ふあぁ~~ふ」

(朝から色々あり過ぎてもう限界かも知れない、帰りたい…)

「大きな欠伸ね。昴くんお願いだから体育館で終業式の最中にそんな欠伸しないでよね。また全校生徒から注目される羽目になるわよ」

(嫌な事を思い出させないでくれよな)

「大丈夫だよ明日から冬休みだし」

((どういう理屈よ))

「そう言えば昨夜現実としか思えないような夢を見て寝た気がしなくて、朝起きた時から眠くて仕方ないんだ」

「また宇宙艇を操縦して戦っている夢を見たの?でもあの時はそんなに眠そうにしてなかったけど、どっちかって言うと疲れたって感じだった。それで昨夜はどんな夢を見たの?」

「自分のことをアイリーンって呼んでって言ってた青い瞳で銀色の長い髪をした女の子がさぁ…誘いに来たんだ」

(昴よ~お前はもう一度しっかり寝たほうがいいと思うぞ)

「ストップ!昴くん、エッチな話じゃないよね」

「大丈夫R18じゃないから、それでなんだっけ、そうその子がしっかりした日本語で話し掛けてきたんだ『いま地球上では宇宙人狩りが密かに行われていて近日中に昴くんが狙われるからうちが助けに来ました。今から一緒に宇宙へ逃げましょう』って言うんだ、何で女の子が『私』じゃなくて『うち』とか言うのかなぁ」

「「宇宙人!?」」

「昴よぉー、お前は宇宙人だったのか兄として僕は嬉しいよ、宇宙へ行く時は僕と宣子さんも連れて行ってくれるよな、自分だけ受験地獄から逃れようとすれば目の前で糸が切れるぞ」

「芥川龍之介の蜘蛛の糸のラストよね、翔くんも勉強してるのね私も負けないように頑張らなくっちゃいけないな。それで昴くんは無事に夢から覚めることが出来たのよね、だからこうして一緒に登校できている。良かったじゃない」

「宣ちゃんは信じるのかこんな荒唐無稽な夢の話を」

 翔くんは宣子さんに話し掛けながらその目は敵意を持って昴くんを見ている。

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