さよならバイオキッド 2
イノマンがアイリーンに対して行なっている行為を厳密に言い表せる言葉はないのだけど、敢えて言えば〖憑依〗が一番近いのかも知れない。
〈コールドスリープNo.100は一番左奥です。その右横にあるNo.99は僕の人型外部端末バイオロイドです。いま解凍完了したので起き上がるのを手助けしたいのですがドクターイノマンにお願いしても宜しいでしょうか〉
『あの時のバイオロイドか、まだ機能していたとは驚きだな何年コールドスリープをしていたのかね』
〈6年弱になります〉
『お前はAIなのだろう… なかなか人間臭いところがあるな6年もコールドスリープしていたのならもう限界超えているのは理解しているだろうに何を期待している。奇跡か? それとも私が何とかするだろうとでも思っているのかな?』
(やっぱりバイオロイドの試作体では寿命が短いよな、イノマンが見ても駄目なら諦められるよ)
『そうだな私もお前と同じくあの娘の泣き顔は見たくないから何とか考えてみよう一時凌ぎにしかならないと思うがな。それとNo.100は私が貰うが異存はあるまいな』
〈冥王星まではこの船で3年かけて帰るしか方法がないのでしょうかね〉
『私を誰だと思っている。そしてこの子は私の娘だ。さてバイオキッドを起こしてスターキッドに乗せるとするか、この奥のハンガーに停まっているのだな』
〈そうか僕で飛んで帰れば半分の時間で着きますね。この船はオートパイロットで飛ばせばいいし〉
『もっと早い方法があるのに気付かないのか、お前たちは2度経験済みだろう瞬き2回で冥王星に着けるぞ』
(2度も経験した事って?何だろう)
『AIが人間の様に振る舞うとエラーが蓄積され続けていくのだが、お前は分かっているのかな』
(これから先、面白い事になるかも知れないな… まあよかろう全ては神の導きのままにだな)
アイリーンは冥王星の地表ドームの中でスターキッドに寄り掛かり極寒の薄い大気の向こうで輝く小さな太陽を見つめている。
「地球にいた頃はこんなに小さくて弱い太陽を見るなんて考えもしなかったわ、あの赤くて大きな夕暮れ時の太陽が懐かしいわね」
〈何を年寄り染みたことを言っているのです、バイオキッドの傍にいてやらなくていいんですか〉
「イノマン先生に任せるわ、うちが傍にいたら泣き叫ぶだけだろうからね」
〈それでもあれは喜ぶと思いますけどね〉
「わかったわ、あなたがそう言うのなら行ってみるわ、泣き叫ばないように努力しないといけないわね、しかしイノマンのやる事って… 同じ体だったのに悔しいわ」
〈それはそうでしょう、アイリーンは幾つですかイノマンなんてアイリーンの10倍以上は生きているんですよ、それに冥王星にはイノマン本体がいたのだからアイリーンの身体に入ったままテレポートで戻るのは凄く簡単な事だと思いますよ〉
「そうよね、そのあとうちを覚醒させてから『アポーツはお前自身がやったほうがいいだろう』なんて言ってスターキッドを引き寄せさせるのだもの、移民船エム08の中にいる時に教えてくれてたらコールドスリープNo.100だけでなくてもっと色々スターキッドに積み込んでいたのに」
〈だから、わざと言わなかったのだと思いますよNo.100をリフトで積込みながら『研究所に多量のごみを持ち込まれても困るからさっさと片付けて帰るか』って独り言をニヤニヤしながら言っているのを僕のカメラが見てましたよ〉
「あのオヤジは自分の趣味のことだけしか頭になかったのよ、本当に心の狭いケチ臭い親父だわ」
〈そんなことは言わないで下さいよ、自分の娘の呼び出しに大事な研究を投げ出してやって来てくれたのですから。それにスッキリしませんか、あのイノマンにお前のほうが優れていると言わせたのですよ、いつもならピノキオになっているんじゃないですか〉
「そうよね多分バイオキッドを守ってあげられなかった事でいつまでも心がモヤモヤしてるの、なぜもっと大切にしてあげられなかったのだろうかって、あの時どうしてバイオキッドと一緒に久留米に行かなかったのかって不思議でたまらないの、それまではいつも一緒だったのになぜあの時だけ置いて行ってしまったのか、だからバイオキッドがこんな目に遭っているのは全部うちのせいなの」
〈アイリーン自分を責め過ぎて記憶の改竄までしているよ、あの時は成富支部長の要請で残ってもらったんでしょう。それに懺悔するならバイオキッドに直接言ってあげなさい。そうすれば気分も晴れると思いますよ〉
「そうね、あなたはどこにも行かないでよ、うちが戻って来た時に居なくなっていたら嫌だからね」
〈大丈夫だから早く行ってきなさいって)
(やっと行ってくれた…人の心に近づいていくのは楽しい事ばかりではないのは分かっていたさ、だけどいま我が身に染みて分かったよ、不安で切ない心、淋しい心)
〈一人ぼっちになるのは淋しいよ~〉
スターキッドは月より暗い太陽に向かって吠えた。
「イノマン… 博士、バイオキッドの具合はどんなですか…」
「やあアイリーン元気がないみたいだな、正直に言わせてもらうとあのバイオロイドは最初から短命だったのだよ悪い言い方になるけど試作品だからな、でも良く出来ていたのは確かだ」
「バイオロイドは死んじゃうの… そんなの嫌だよ嫌だからね!」
(駄目だ叫んでしまった。涙も止まらないよー)
「お前は私の研究のことを知らない訳でもあるまい、お前の大好きな石井光一は私のクローンだったのを忘れていないか」
「うっぐ、イノマンの姿は光一兄ちゃんだもん、そうだよあの時アステロイドの基地に行けばお兄ちゃんのクローンがあるからそれにお兄ちゃんの魂を入れれば再生出来るって、サロメに捕まってここから逃げ出す時に言ったよね、でも基地に着いたらあれはイノマンのクローンだからって言われて近づく事もできなかったんだよ、だからお兄ちゃんは小さくなっちゃつて… 地球人の昴って赤ちゃんの… うわーん…」
「その件に関しては私の認識が甘かったと謝っておこう…すまなかった。だからあまり大声で泣かないで欲しいのだけど聞いてはもらえないだろうか、それに今はバイオロイドの記憶と魂を新しく私のクローンにコピーしている最中なのだから悲しい心が伝染ったら困るのだよ」
「バイオキッドが元気になるの? クローンにコピーって何?」
「このバイオロイド(キッドって呼んでいるのか)は元気にならないので諦めるしかない。その代わり同じ姿と記憶を持つクローンになってお前の前に立つことになる」
「同じ姿と記憶って? イノマンのクローンでしょう」
「私の造るクローンは最後に魂と記憶をコピーして誕生させている。その辺が今までのやり方と違うとか倫理に反すると言うことで中央には認めてもらえない。このバイオロイドは何時もお前の側に居るのだろうから私の姿のままでは嫌だろうと思ってな…出来るだけ同じ姿に整形した。なぜかバイオロイドが無生殖だったのが気になったのだが私のクローンは男性なので言っておく、だから今までのバイオロイドが男性になって戻って来たと思えばいい」
「ぐすっ、はぁ~何ですかその性転換して帰って来ましたみたいな説明は、全く分からないわ、それじゃバイオキッドも元気になったらキッドが2人になるんだ」
「残念だがバイオロイドは元気にならない。詳しく説明してたらお前はさっき以上に泣き叫ぶからな、もう直ぐ目を覚ますクローンを今までのスターキッドの完全人型外部端末と同じように接すれば何も問題はないはずだ。ちょっと余談になるのだが、今このバイオロイドを2体のクローンにコピーしたら一卵性双生児と同じ扱いになる。目を覚ます迄は肉体、記憶、感情が全く同じ2人なのだが目を覚ました瞬間、別々の2人になる。その瞬間を見たくて堪らないのだが、これはさすがに私も倫理に反すると思うので今はまだ我慢している」
「そんな事はどうでもいいよ、それじゃあお父さんはバイオキッドのことを忘れろって言うの!」
「違う! そこで今、目覚めようとしている彼の名前はバイオキッドだ」
「たとえ、肉体、記憶、感情が全く同じでもバイオキッドじゃない、クローンよ、クローンキッドだわ」
「お前がそう呼びたいのなら私は止めない好きにすればいい但しバイオみたいに短命にしたくなければ5年以内に私の所へ連れて来て検査を受けなさい…これだけは言うことを聞きなさい」
「分かってるわ、でもなぜ誰もバイオロイドが短命だって教えてくれなかったの」
「教えたからと言って延命出来るものでもないからな、ただ結果論から言えば悪いことをした。すまなかった」
「そうよ知っていたら絶対に離れたりしなかったわ、最後の瞬間まで一緒に居れたのよ、でももういいわ… 謝ってくれたし時間を戻せないのも知っている。もし戻せてもそれはパラレルワールドの中だって分かっているから」
「分かってくれたのならいい事にしよう。そろそろお腹が空かないか晩ご飯を食べに行こう」
(うちをここから遠ざける為のエサがそれですかいつまでも子供じゃないってのに、まあいいわエサに釣られてあげましょう。うちのお父さんが言うことですから)
「ハンバーグランチって出来る?」
アイリーンは甘えてみた。
「やってみよう。今晩はここに寝具を用意するからこっちで寝れば良かろう、いつも宇宙艇の中では疲れも取れまい」
「大丈夫疲れてなんかないよ、AIキッドが淋しがるからご飯を頂いたら直ぐ戻るわ、ごめんなさい食い逃げみたいな事をするけど」
(ごめんねバイオキッド、最後を看取れなくて)
アイリーンの悲しみに満ちた足音が地下室の閉まる扉の音と重なった。




