勉強なんか関係ないんだからね
「大変な事になりましたね、今日の授業はお仕舞いにします。アイリーンさんは脱出艇に乗っていたほうがいいかも知れませんね、緊急時の役割任務を与えられてないんでしょう」
キツネ顔のフォックス先生はバタバタと教壇の上を片付けている。
「うち、ちょっとタロウ船長の所へ行ってくるわ」
フォックス先生に制止する間を与えず船の後方倉庫の一角を間仕切って拵えたアイリーン専用勉強部屋を飛び出す。
(このマザーシップは大き過ぎるのよねハア、ハア、うち達が後ろのほうに居るのも良くないわ、こんな時の初動の遅れは命取りになるものねハア、ハア、この船にもエッグかスライドカーがあっても良さそうなのに、テレポートは禁止されているしまだやっぱり使うの怖いし、走るしか方法ないのよねハア、ハア、艦橋まであと約3キロ3000メートルも走るの無理、グリコ10粒食べたって走り通せるとは思わないわ)
ぶつぶつハアハア言いながらでも結構走っている。
(もう半分くらい走ったかしら)
後ろをチラリと振り替えり見てみたい衝動に耐えた。
(ダメよ…なにも考えずに走るの考えてはダメ)
なにも後ろを振り返らずとも真っ直ぐに前を見て走ればいいことに気付く。
(しかしあれよね…3キロの直線コースって残酷よね)
アイリーンの前方にはただただ白く照らし出されてるトンネルと言っても良いような通路が一点透視法で描かれているみたいに続いてる。
「もう限界かもハア、ハアハア、歩いても良いよね」
思わず言葉が口を衝く。
「へい、彼女、乗ってくかい?」
(何、乗せてくれるのハア、ハア、スライドカーとかは無かった筈だけどハア、ハア、この際自転車の荷台でも喜んで乗せて貰うわよ)
ハアハア言って早歩きみたいになりながら横を見てみるとケンタウ
ロスのモーリス星人が並足で並走している。
思考回路はショート寸前、反射神経が先に作動した。
「乗せて~」
手を伸ばすと、その手を取って背中側へ引き上げ乗せてくれる。
「ありがとう。うちはハァ、アイリーン、ハァあなたのお名前はハァ」
「私はテンマかなりお疲れみたいだけど大丈夫ですか」
「ちょっと待ってね水を飲ませて貰うわ」
アイリーンは結構大きめの袋を背中にぶら下げていて中らか水筒を取り出し直接口を付けて飲み出す。
「お願いたから背中の高級毛皮を濡らさないで下さいよ」
「ごめんなさい。気付かなくてすぐ降りるから」
「あっ、このセリフを一度言って見たかっただけですから気にしないで下さい。そのままでいいですよ艦橋へ行くんですね」
「こんな時にお願いできますか」
「実は私はアイリーンさんの監視役ですからね、お役立て下さい」
「えっ、うちの事ストーカーしてたの、ずっと?」
「この船に乗ってからですよ、ちょっと飛ばしますからしっかり鬣に掴まってて下さいね」
バサッと足元で音がしたので見てみると胴体に折りたたんでいた大きな羽を広げている最中だった。
「飛びます」
足並みが並足からギャロップになってジャンプする。
(えっ、飛びますって…本当に飛ぶ気なの? 鬣なんかを掴んでいるだけじゃ落ちるわよ)
アイリーンは人間のほうの胴体にしがみつこうとするけど胴回りが大きくて脇腹を思いっきり掴んでしまう。
「うひゃひゃひゃひゃぁ、やめてー止めてー」
テンマさんが大きく笑いだしてしまい、足並みが阿波おどりになってテイクオフに失敗した。
「胴体から羽が生えたよ~超能力者だったの」
「違うよ、私を一目見てケンタウロス族だと思ったでしょう。実はペガサス族だったのですよ、羽をたたんだ時に目立たない様にしていたから分からなかったでしょう」
「そうなのよねーケンタウロス族の人ってアイン星人と仲が悪いと聞いていたから何故かなって思っていたの、うちの監視をしていたって何でかなあ、理由を教えてもらえるかしら」
「仲が悪いと言うのは訂正ですね。過去の歴史の中でケンタウロス族がアイン星人に支配されていた時期があったので近寄ると本能的に嫌悪感が顔や態度に出るらしく、失礼のないように離れているのですよ。だから別に仲が悪い訳ではないのです。アイリーンさんが冥王星に来ているという情報が天皇星のレッド隊長に入って、うちの隊長にあなたの身辺警護を目立たないように行って欲しいと正式に依頼があったのです。それで私が派遣されたと言うことです。当然、冥王星のアンバ隊長には話を通しています」
「ふ~ん、難しい話だわね、それじゃあアイン星人の冥王星とケンタロス族の天皇星の間… だから海王星にあなた達が居るのね」
「海王星は別の種族が支配していてずーっと鎖国してますね。私達は大型宇宙母船で太陽系内を巡回していますから固定した場所には居ませんよ、じゃぁ今度こそ飛びます… あっ、ちょっと待ってね」
テンマさんが飛び立つのを中断してショルダーバッグを外した。
それの肩紐を短く調整してお腹に巻いていく。
「ウエストバックにしましたから後ろでベルト部分を掴んでもらえますか」
「ありがとう。これなら大丈夫よ…」
(途中まで見てて、おんぶ紐にするんじゃないかって焦ったわ)
今度こそ無事に飛び立って艦橋へは直ぐに着いた。
「アイリーンさん?駄目ですよ今ここに来られては、相手が宇宙海賊だった場合は戦闘になりますので脱出艇に乗ってて下さい」
タロウ船長が苦い顔をして命令口調で言う。
「脱出艇に乗ってこの船を出たって相手が海賊なら却って良い獲物としか見なさないでしょうね、うちはなす術もなく一方的に殺られるのには堪えられないわ、だから攻撃艇を貸して貰えますか喩え一人でも打って出るわ」
「君の事だから操縦は出来ると思いますよ、だけど攻撃艇の予備は無いので駄目なんです。それに皆は組織的に連携して動いているからですねー、テンマ君こそ監視役兼護衛だろうアイリーンさんを危険から遠ざけるのも任務なんじゃないのかね」
タロウ船長は時間が勿体ないと言いたげな表情をして落ち着きがなくそわそわしている。
そんな船長を気にしてかテンマさんは少し早口で喋った。
「私もアイリーンさんと同意見で必ずしも脱出艇に乗る事が一番安全とは考えていませんので、攻撃艇を貸して貰えないのなら私と一緒に船外へ出る許可を下さい。状況次第でこの宙域から無事に単独離脱させて頂きます」
「君は確か戦士の資格も持っていたね。A級?だったかね、その言い方だとバトルバルーンも展開出来るみたいだね」
「ここに来る命令を受けてからS級を申請取得しました。元々資格はあったんですが、まあ個人的理由で申請してなかったんですよ」
タロウ船長はニヤリとした笑みを浮かべただけで、その件について意見を述べようとはしない。
「許可する。テンマ隊員にアイリーンさんを守護する全権を委任する」
これは凄い権力を手中にした事になる。
この瞬間アイリーンを守るためなら船長を拘束してこの船を頂く行為を取っても良いのだから、但し反逆者のレッテルは貼られるけど。
そんなことをしなくても十分、いやこの場合は単独行動したほうがこちらの有利になると思う。
「有り難きお言葉感謝致します。では、善は急げと言いますので取り急ぎ出立します。ご武運をお祈り致します」
「ありがとう頼んだぞ。そうだこれを預かってくれないか」
タロウ船長は首に掛けていたネックレスを外してテンマに渡す。
アイリーンは軍資金をくれたのかなと思ったけど。
「私の識別プレートだ、すまないけどお願いする。別に遺品のつもりで渡すのではないが返す必要もない。手形代わりに使えると思うので自由に使って欲しい」
「ありがとうございます。次にお会いする時まで預かっておきます、では行ってきます」
テンマが恭しくプレートを受け取る。
アイリーンも何か話したかったのだけど、口を挟める雰囲気じゃないのと時間を取らせてはいけないと思って沈黙に耐えた。
テンマはアイリーンを抱えて背中に乗せバッグから別のベルトを取り出しアイリーンと自分を一体化する。
(今度こそおんぶ紐だあ~)
「落ちるのを防ぐ為ではなくて離れ離れにならない様にする為だから」
アイリーンが意議を言い出す前に言い添えた。
アイリーンはこのような気遣いをされることで更に不安の度合いが増して仕方がない。
(さっき船長はうち達に貸し出せる攻撃艇は無いって言ってたよね。それに宇宙艇に乗るんだったらうちとあんたを一緒にきびったりしないよね、うちはあんたと心中なんかするつもりはないんだからね)
心の叫びは船内通路を飛翔しているテンマには届く筈もなく、ただウエストベルトを掴む手に力が入っていく。
『私もあなたとはまだ心中したくないですから全面的に信用してもらって大丈夫ですよ』
テンマの声が直接頭に響いてくる。
(これは、もしかしなくてもテレパシーよね、それじゃあうちも)
『テンマさんってテレパシー使えたんですね。すごいです』
『アイリーンさんもその年令で使えるのは凄い事なんですよ』
(この2年間、色々スパルタだったものね、あと3年間も勉強漬けから逃げられないのかと思うと嫌になるわ、あっ着地したわね格納庫に着いたのかしら、いっ、ここは昇降口じゃないどうする気よ)
「出入りするのはここが常識ですからね、あまり他人には知られたくないですからね、出ますよ」
一瞬だけ目の前が暗くなり星がちらつく。
(うっ、宇宙じゃん、大変じゃん、目と口を閉じて耳と鼻を塞いで…あと何するんだったっけ)
『大丈夫ですよ私のバトルバルーンの中ですから空気はあります』
テンマさんの涼しげな声が直接頭の中へ響いてくる。




